31.カナエの願い
「え……戻ってる………?ああ……私の肌の色だわ。
神様ありがとうございます……!
ああ……普通でいられる事がこんなにも幸せな事で、色で蔑まれる事がこんなにも苦しい事だなんて……。
あの肌の色になってみて、普通ではない色の人達の気持ちが本当に分かりました。
ごめんなさい。ごめんなさい神様。私、もうこれから絶対に嘘なんてつかないって誓います」
大粒の涙を落としながら神に誓うカナエを、紗綾は微妙な気持ちで見ていた。
肌の色で周りに蔑まれる事になっていたなら、それは「色」で蔑まれたのでなく「嘘」が原因だ。
それに薄い髪色の人を「普通ではない色」と言うところも気になった。
茶髪なんて元の世界では見慣れた色だ。二年もの間貴族に囲まれる事で、普通基準が変わってしまったのだろうか。
「嘘が危険だったんだよ」と訂正したいところだが、結論として「嘘をつかない」と誓うならば、泣いて謝罪する人にかける言葉ではないのかもしれない。
カナエの言葉を聞いているはずの神は、もう何も言わない。神が何も言わないのなら、紗綾も言うべきではないのかもしれない。
涙が落ち着くと、カナエは紗綾の目をまっすぐに見つめた。
「サーヤ様。私、今度こそ聖女として相応しい人物になれるように努力しようと思います。
だから……だからサーヤ様。神様からの願い事を一つだけ、私のために使ってくださいませんか。私に聖女としてやり直す機会を、神様に願ってもらえないでしょうか」
「え〜……」
急なカナエからのお願いに、紗綾は思わず心底嫌そうな声を出してしまう。
さすがにそれはお断りしたいところだ。
紗綾の願い事の権利を譲ってまで、願いたいことではない。
「それはちょっと……」と渋る紗綾にカナエが食い下がる。
「私もサーヤ様に習って全ての私財を投じてでも、色のない人達に救いの手を差し伸べる事を誓います。
サーヤ様が元の世界に戻っても、この世界に聖水が尽きる事がないように聖水を作り、身分の差別なく全ての人に無償で分け与える事も誓いますから……!」
「―――本当に?」
重ねて告げられたカナエの言葉に、紗綾の心がグラリと動く。
もしカナエの言葉が本心ならば、確かに元の世界に戻ると決めても、この世界への心残りはなくなる。
「色のない者」と呼ばれる人達は皆、紗綾を慕ってくれて親切だし、大切にしたい人達だ。
まだ会った事がない人達も、身分などで差別を受けてほしくないし、怪我や病気になったなら、高額なお金を取られる事なく聖水などで治療してほしい。
カナエが私財を投じてでも彼らを助けると誓うならば、神への願い事を譲る価値はある。
「――本当に全ての人を助けてくれるの?身分のない人も貴族の人も、世界中の困ってる人みんなに、利益なんて考えずに聖水作ってあげるの?」
フクフォルトのお城に遊びに来ると、いつでも歓迎してくれるお城の人はみんな貴族だ。
フクフォルトの護衛のウェンディだってそうだし、この国の貴族には良い印象もある。何か困った事があるなら、貴族だって助けてあげてほしい。
カナエの言葉が本当ならば、願い事を譲ってもいいかな?と思えるが、カナエはすごくたくさんの嘘をついていた。
簡単に信じて、カナエの軽々しい嘘で騙されたくはなかった。
カナエの様子を注意深く観察しながら尋ねると、カナエは強い意志を持った目で紗綾を見て頷いた。
「約束します。必ず、身分に差別する事なく、全ての人に救いの手を差し伸べます。必ず、聖女として相応しくあるように務めます。
あれだけの思いをしたのです。もう同じ過ちを繰り返したりはしません」
カナエの決意の言葉に、神は相変わらず何も言わない。
何も言わないところに、カナエの言葉に嘘はないと見ているのではないだろうか。
それでも紗綾は決断がつかなかった。
人はそんなに簡単に変われないのではないんじゃないかと疑ってしまう。紗綾は簡単に人を信じるようなお人好しではない。
じっとカナエを見続けていると、ライオネルから声をかけられた。
「サーヤ。俺が――セイクリド国が、カナエの取り組みに力を貸す事を誓おう。
だからカナエにチャンスを与えてやってくれないか?
……セイクリド国には聖女が必要なんだ。
カナエが聖女に戻る事が出来れば、荒れ出した国も落ち着く。サーヤが望む、色のない者達への支援にも早急に力を入れる事が出来る。
カナエが聖女としての力を戻す事は、今サーヤが共にいる者達が、安心してセイクリド国に戻って暮らせるためのチャンスにもなるはずだ」
「え〜……。うーん……」
ライオネルの言葉に、さらに紗綾の心がグラグラと動く。
今紗綾と共にいる人達。
騎士団のみんなは、紗綾にとって一番身近にいる特別な存在の人達だ。
みんなが安心して暮らせる環境作りは、確かにライオネルが請け負ってくれれば、現実になりそうな気がする。
神への願い事として、「髪色の差別がなくなりますように」と願うのが一番簡単な事だが、この世界のバランスを壊すほどの願いは危険があるようにも感じていた。
だから少しずつでも、世の中を変える力がある人が動いてくれるのが、現実的なベストだろう。
本当はカナエのために願い事を使いたくはないが、ここでごねてライオネルとの関係を悪くして、ロイ達が帰国しづらくなるのも困る。
うううん……と悩みに悩んで、紗綾は結論を出した。
「分かったよ。願い事を譲ってあげるよ」
「……本当に……?」
カナエが顔を輝かせたのを見て、釘を刺す。
「この世界に来た時の状態に戻してもらうだけだよ。
以前の私は、相当な努力をして力を付けたって聞いてるよ。修行修行で遊んでもいなかったって。……神様の話だけど。
当分遊べなくなるけど、本当に大丈夫?」
「……!!もちろんです!これからの人生は、サーヤ様のような立派な志を持って頑張ります!」
「サーヤ……!ありがとう。サーヤはやはりセイクリド国の聖女だ。その尊い決断は、国の貴族達にも必ず伝えよう」
ライオネルの言葉に「それは別にいいかな」と遠慮して、紗綾は神に願った。
「神様。二つ目のお願い事です。世界の浄化は終わってないけど、世界にとって良いお願い事になるはずなので、早く叶えてくれたら嬉しいです。
カナエ様に、聖女としてやり直すチャンスをあげてください。カナエ様が神様に誓った言葉が現実のものになれば、みんなが幸せになれると思うんです」
―――『それを願うのですか?』と神が問う。
紗綾が神に願い事を伝え出した時、フクフォルトが「え、今言っちゃうの?もうちょっと―」と言葉を挟みかけていた。
フクフォルトが紗綾を心配してくれる気持ちは嬉しいが、騎士団のみんなが安心出来る環境が整うのは、早ければ早いほど嬉しい。
だから神の問いに「はい。お願いします」と、決めたからには迷いなく紗綾は答えた。
紗綾が返事を返すと、カナエがさあああっと淡く優しい光に包まれた。
神は二つ目の願い事を叶えてくれるようだ。




