02. 夢で呼ぶ彼②
『またか……』
紗綾は夢の中でうんざりしてため息をつく。
緑の髪の男が消えてからここ一ヶ月以上、イケメンの夢を見なくなって安心していたら、今夜はまた別のイケメンが現れた。
少し離れた所に立つ今日の彼も、顔立ちが整った男だ。
安定の「夢×イケメン」だ。ブレがない。
だけど今日現れた男は、いつもより少し違っていた。
今まで現れてきた男達のように派手派手しい髪色をしていない。今日のイケメンは薄茶色の髪だ。
バイト先や職場によっては注意されるような色だろうけど、カジュアルな飲食店くらいでなら見かけるくらいの色合いだ。
今までがミュージシャンのような派手な髪色だったからこそ、彼は落ち着いて真面目そうな人に見えた。
それに彼は今までの男達のように、自信に満ち溢れた堂々としたオーラを放ってはいない。
遠目でも彼が緊張している事が伝わるし、ビシッと姿勢正しく立っている。
『あの人も「じゃあな!」って言い出すのかな?』
薄茶色の髪の彼がこれからどう動くのか見守っていると、どこか違うところを真剣な目で見ていた彼と目が合った。
『あ。目が合った』と思ったら、彼は紗綾に向かって深々と丁寧にお辞儀をした。
礼儀正しいイケメンだ。
夢の中のイケメンは、運気の上昇を表すという。
イケメンの彼が紗綾に礼儀正しい態度を取ってくれる夢は、きっと良い夢だ。
紗綾も丁寧なお辞儀を返す。
幸運を運んでくれるかもしれない縁起の良いイケメンには、丁寧な態度を返すべきだろう。
「こんにちは。あなたは私に幸運を知らせに来てくれたのですか?」
紗綾が問いかけると、薄茶色の髪の彼が『なに?』と問いかけるように小首をかしげた。
可愛い仕草をするイケメンだ。狙ってない自然な感じに好感が持てる。
『少し遠いから聞こえないのね』と、紗綾は薄茶色の髪の彼に近づく事にする。
しょせんこれは夢だ。
何もない、どこかぼんやりした世界がここは夢だと語っている。知らない人に近づいたところでなんの問題もないだろう。
目が覚めれば、いつもの朝がくる。
そう思って薄茶色の彼に近づくと、淡く優しい光が体をまとい出した。
キラキラと繊細に輝く光が美しい。
『早速の運気アップ!』と喜んでいたら、突然にスッと周りの景色が変わった。
紗綾は目を瞬かせる。
今さっきまで何もない空間にいたというのに、今はどこか広い部屋の中だった。
紗綾が今いる場所は、見た事のない部屋の中で、目の前には見た事がない衣装をまとった多くの人達がいる。
そして彼等は揃って、髪を思い思いの色に染め上げていた。
ミュージシャンのオーディション会場に、いつの間にか参加してしまう夢のようだった。
『もちろんそういう夢もあるよね』
――そう思いたかった。
だけど分かる。
これは夢なんかじゃない。
裸足の足の下に触れる絨毯の感触も、部屋に立ち込める高貴なお香のような香りも、目の前に立つ人々の姿も、全てが鮮明だ。
さっきまでのどこかぼんやりした感覚ではない。
『これは夢じゃない』
紗綾はそうはっきりと感じていた。
呆然と立ち尽くしていると、まるで聖職者のような衣装を身にまとった、黄色い髪をした初老の男が彩綾の前に進み出た。
「聖女サーヤ、お久しぶりですね。………ああ。やはり」
初対面の男に「久しぶり」と挨拶をされて、『誰?』という思いが顔に出たらしい。
何故か男が「やはり」と納得して頷いている。
「私はこの大聖堂の教皇エーヴェイルです。そして聖女サーヤ、あなたはこの世界で大聖女だったお方です。
以前この国を救われた聖女サーヤは、この世界の忘却と、元の世界への返還を神に願われました。
元の世界の、この世界に来る前の時間に戻ったと聞いております。
今は記憶を失くされていると思いますが、どうぞまたこの世界にお力をお貸しください」
そう話すと、教皇エーヴェイルを名乗る男は紗綾に深々と頭を下げた。
短い挨拶の中に、多すぎる設定が詰め込まれていた。
どこからつっこんでいいのか分からないくらいに盛りすぎだ。
「大聖女サーヤという人がこの世界を救った」というの話は、ファンタジーチックだけど、まあ分かる。
世界を救った後の大聖女が、元の世界の元の時間に戻りたいと願う事も、まあ分かる。
だけどそんな偉業を成し遂げたにも関わらず、忘却を望んだという点には不穏な理由が隠されているように感じる。
どうして全てを忘れたいと願ったのだ。
――忘れたいと願いたくなる何かがあったとしか思えない。
そして偉業を成し遂げたその大聖女が私だと、目の前の教皇を名乗る男が言っている。
それだけでも信じられないが、さらに信じられない事に、また聖女として働いてほしいと頼んできている。
全ての話が到底信じられないけれど、そんな設定を真面目に話す教皇はもっと信じられない。
教皇の話が本当だとしても、人としてあり得ない。
やっとの思いで元の世界に帰れた大聖女を、また呼び返すなんて、鬼畜の所業だ。
聖職者の格好をした鬼でしかない。
作り話にしてもやっぱり酷い。
記憶喪失者のように扱って、紗綾を洗脳して危険な仕事をさせようというのか。
今いるこの場所に不吉な予感がした。
不信感しか感じられず、怪しい者を見る目で教皇を見ていると、誰か他の男が焦れたように紗綾の前に進み出てきた。
以前夢の中に出てきた、赤い髪の男だった。
「サーヤ!やっと会えた!……安心してほしい。俺はサーヤの恋人だった、このセイクリド国の皇太子のライオネルだ。
サーヤ、こんな大勢の前で話しても落ち着かないだろう。ちゃんと説明するから、場所を変えてゆっくり話そう」
「え。絶対に嫌です」
考える前に言葉が出た。
いくらイケメンでも、その提案には危険しか感じない。知らない人と話すなら、大勢の人の前の方がまだマシだ。
だいたい皇太子を名乗られても、そんな言葉ひとつで初対面の目の前の男を信じられるわけがない。
紗綾は驚いた顔の赤い髪の男を見ながら、『え、なにそのびっくりした顔』と、断られる事を思っていなかったかのような彼に驚くしかない。
この世界大丈夫か。
私はヤバい所に来てしまったようだ。
やっぱりイケメンの夢は運気の下降を予言していたらしい。