26、この世界と元の世界
ローテッド国だけではなく、他国の浄化も順調に進み出している。
聖騎士達と共に魔物駆除の地に向かっていた浄化は、今はもう紗綾が現地にまで行く必要もなくなっていた。
紗綾は今、世界各地の聖騎士達のために、濃い濃い聖水を作るだけでよかった。
フクフォルトの、「聖水を各騎士団に送る方が効率的じゃない?送ってあげるよ」という提案に頷いた事もあるが、騎士団をまとめる立場のロイやガクやデルも、紗綾が危険な場所へ赴がなくてもいいように取り計らってくれている。
紗綾はただ聖水を送ってもらうだけで、土地の浄化はもちろん、聖騎士の怪我も疲労も回復させる事が出来ていていた。
「こんな楽ちんでいいのかな?」と不安になるが、「怠惰な元聖女」と後ろ指を指される事はなかった。
フクフォルトとの共同開発のカップラーメンなども配った事もあって、「慈悲深い聖女と王子」の名をあげていた。
「世間の誤解がすごいよね。私が『慈悲深い聖女』だなんて。誤解で協力してくれる聖騎士さんに申し訳なくて、送る聖水に「みんなごめんね!!」って強い思いが入っちゃうんだ。それで濃い濃い聖水になってるだけなのに……」
今日も城に遊びに来た紗綾は、濃い濃い聖水をフクフォルトに渡しながらため息をついた。
「え〜。お互いに幸せな誤解ならいいじゃん。世界の浄化が早く進むから、神様も喜んでくれてるんでしょう?」
「それはそうだけど。なんか嘘ついてるみたいでさ〜。
………あ。そういえば聖女カナエ様、送った聖杯で上手く聖水作れてるかな。セイクリド国で変な病気が流行ってるって言ってたの、聖水で治ったかな?」
「嘘ついてる」という自分の言葉で、紗綾は聖女カナエを思い出した。
紗綾の話にフクフォルトが「あ〜それ?」と反応する。
「その流行り病って神罰だったみたいだよ。サーヤちゃんを貶めてきた者への罰が現れたみたいだね。
嘘をついたり広めたりした人の口と、嘘を鵜呑みにしてきた人の耳が黒く染まったんだって。
『聖女信仰が厚いはずのセイクリド国民が、聖女を貶めていた』なんて他国にバレたら立場がないからね。国内でずっと隠蔽してたみたいだけど、最近世界中に広まってるみたい。
――あ。ただ黒くなるだけで痛みとかはないみたいだから、心配しなくていいよ。
それがさ、自分の過ちを多くの人に懺悔するほどに口周りの黒ずみは薄くなってくんだって。同じように懺悔の言葉を聞くほどに耳周りも薄くなってくみたいだから、そのうちセイクリド内でも落ち着くんじゃない?
みんな、話せば話すほどに口の黒ずみが薄まるから、そこらじゅうで懺悔してて、セイクリド国外にも広まってきたみたいだよ。
サーヤちゃんの間違った噂が完全に否定されていくだろうし、本当に神様良いことするよね。それ聞いてお供え張り切っちゃったよ」
初耳だった紗綾は驚きながらも、神に感謝してしまう。
「そんな事になってたんだ。わ〜神様ありがとう。
えへへ。私は心が清らかじゃないから、神罰で喜んじゃった。
そっか。神様神罰下してくれるって話してたの、これだったんだ〜」
「カナエさんは耳以外、全身真っ黒になったんだって。懺悔してるけど、嘘をつきすぎてて、全部の嘘は思い出せないみたいだよ。彼女の神罰が完全に消えることは難しいんじゃないかな。もう聖女って呼べないよね。
あ、そうそう。ハーバルトって聖騎士が懺悔した言葉なんだけどさ。カナエさんの聖女の力が発揮できなかったのは、彼のせいだったみたいだよ。
カナエさんがこの世界に来た日に手を出しちゃったんだって。カナエさんが誘ったっていう懺悔内容だったみたいだけど」
「ハーバルトさん?誰だろ……?カナエ様、アグレッシブな人だったんだね。
そういえばライオネル王子様も言ってたよ。聖女と結婚するまでは関係を持っちゃダメって。神様が決めた戒律――――え?違うんですか?…………あ、そうなんですね」
フクフォルトとの会話途中で、神と話し始めた紗綾だったが、もう慣れてしまったらしいフクフォルトは普通に会話を続けてくれる。
「何?神様はなんて?」
「うん。それ神様の決めた戒律じゃないかったみたい。昔の聖女さんが、聖女ってだけで色んな人がグイグイ来るから怖くなって、当時の教皇様に戒律って事にしてもらったみたいだよ。
神様は別にその辺は厳しくないみたい。自由恋愛オッケーらしいよ」
「え!そうなの?」
「うん。この世界の神様、おおらかでいいよね。私神様好きなんだ〜。
カナエ様が聖女の力を出せなかったのは、嘘のせいだって。他の人の運命を変えるような嘘は、聖女としての力が弱まっちゃうみたい。
カナエ様がこの世界に来た早々についた嘘が、どんな嘘かは分からないけど……聖女サーヤを最初から嫌いだったのかもしれないね。第一印象から合わない人っていると思うし」
「カナエさんが懺悔した内容の噂も色々聞くけど、相当なものだよ。聖女が嘘をつくはずがないって、みんな簡単に信じてたみたい。
まあ向こうの貴族は、信じたかったのかもしれないけどね。サーヤちゃん、貴族のタブーを簡単にスルーしちゃうから」
そこには心当たりしかなかったが、聖女サーヤは良い仕事をしたと紗綾は思っている。
聖女サーヤが女騎士推奨に力を入れてくれたからこそ、紗綾はルイにも会えたのだ。
「まあでも結果的には全部良かったんじゃないかな。
前は16歳でこの世界に来たけど、今の18歳の方が、向こうで茶髪にしてる人が周りに多いし。薄い茶色の髪色で差別される意味が分かんないもん」
「向こうの世界……サーヤちゃん、元の世界で何してたのさ。聖女サーヤだった時は高校生だったでしょう?サーヤちゃんにとっては、そこから二年が過ぎてるんだよね」
「私?私は高校卒業して、地元の大学進学したんだ。お父さんの海外赴任が決まったから、家族みんな付いて行っちゃって、一人暮らししてるとこ」
「「一人暮らし?!」」
「わっ!」
ロイとガクとルイに急に大声で反応されて、紗綾はビクッと体が跳ねた。
「一人だなんて危険です!護衛は何をしてるんですか?!」
「護衛なんていないよ……。元の世界では私は平凡な学生なんだよ。財産があるような家じゃないし、危険ゼロだよ」
紗綾は『フォル様も知ってるでしょう?』という思いでフクフォルトを見る。
「え〜でも夜中に泥棒とか入ったら危険じゃない?部屋を出たら廊下に立ってるかもしれないよ」
「怖っ!ちょっとフォル様やめてよ。うちは何も盗る物ないけど、夜中に思い出したら怖くなるじゃん。それ部屋から出れなくなるやつだよ」
フクフォルトが怖い話をしてきた。
「サーヤちゃん、こっちの世界に残りなよ。一人暮らしするよりこっちにいる方が楽しいでしょう?向こうの事は神様に丸く収めてもらいなよ」
「うーん……。まあ確かにこっちの方が楽しいけどさ……。でも世界の浄化が終わったら、何したらいいか分かんないし……」
「向こうの世界で何するつもりなの?」
「え?……何しようかな……」
「一緒じゃん!」
フクフォルトのつっこみに、『確かにそうかも』と納得してしまって、反論の言葉は見つからなかった。
この世界に残ることは、紗綾も考えない訳ではない。
聖女として呼ばれたこの世界には、ロイやガクやルイ、そしてフクフォルトがいる。
周りにいる皆が親切で、聖力を扱うのも面白い。
この世界の紗綾は、称号を失くしても聖女として大切にされている。
だけどそれが少し怖くなるのだ。
この世界では聖女的立場でも、元の世界では紗綾はただの学生だ。
この世界には呼ばれただけの紗綾は、この世界で生まれ変わったフクフォルトとは違う。元の世界の学生としての立場が、紗綾の本当の立場なのだ。
今は家族と離れて暮らしているが、関係が悪い訳でもない。
ただ父親の海外赴任が決まった時期が、ちょうど地元の大学に合格したばかりの時で、合格を手放すのが惜しくなっただけだ。もう少し落ち着いた時期だったら、海外暮らしもいいなって思っていたと思う。
紗綾は元の世界の事を思い出すと、完全に元の世界を離れる決心もつかなかった。




