24.聖騎士デリ
「ちょっとデリさん。こんな雨の中、外で待ってたら濡れちゃうでしょう?馬車はピッタリの時間に着かないんだよ。出迎えはいいから、ちゃんと建物の中にいなよ。風邪ひくよ」
魔物駆除の打ち合わせにデリの騎士団を訪れると、今日も雨の中だというのに、デリが外で待っていた。
彼は傘を差しているといっても、この雨だ。風もあって今日は肌寒い。
風邪を引いたら魔物駆除に影響するだろうと、紗綾はデリを注意した。
「私は丈夫なので風邪などひきませんよ」
「風邪ひかなくても濡れたら寒いでしょう?はい、ハンカチあげるからちゃんと拭きなよ。肩とか濡れてるし」
「濡れる肩があるのは、幸せな事ですよ。サーヤ様にいつも感謝しております」
紗綾の差し出したハンカチを受け取って、デリが嬉しそうに笑った。
大切そうにハンカチを持ったまま使おうとしないので、やれやれと紗綾はビュッと聖力の風を作って、服についた雨粒を払ってあげる。
また嬉しそうに笑う背の高い彼は、手のかかる子供のようだった。
デリとの出会いは診療施設だった。
紗綾が施設を訪問していたのは、聖女らしい善意を見せたからではない。
魔物駆除に協力してくれたローテッド国の騎士から、「多くの仲間が怪我で騎士を辞めざるを得なかった」という話を聞いたからだ。
魔物駆除で生計を立てている身分のない騎士などは、剣を持てなくなると、ほとんどの者が生きる手立てを失ってしまうらしい。
国が生活を保障してくれるものでもなく、ただ弱っていくだけだという話を聞いて、さすがに「大変なんだね」と感想だけ伝えて流す事はできなかった。
紗綾にとって聖水を作る事は大変な事ではない。
苦労なく作れるもので怪我や病気が治るなら、この世界にいる間くらいは、届けられる範囲で聖水を提供しようかなと考えるくらいの良心はある。
広大なローテッド国の魔物駆除に協力してもらっているお礼として、通える範囲の診療施設で聖水ドリンクを振る舞うことにした。
デリは、その流れで訪問した施設のひとつの、重症者施設に入っていた者だった。
出会った当時、彼は肩から先を失っていた。魔物と対峙した時に、仲間を庇って負った怪我だったらしい。
重症者施設では、体の一部が欠損した者が多いという話を聞いて、その日は通常より濃い聖水を用意した。
紗綾の周りに漂う聖力だけではなく、建物の周りくらいからスィーッスィーッと聖力を引っ張り集めて、ウォーターサーバーの中に集めた聖力を溶かしこんでグルグル混ぜ込んでみたのだ。
スイーッと集めてグルグル混ぜる。
またスイーッと集めてグルグル混ぜる。
もっとスイーッと集めてグルグル混ぜる。
グルグルグルグルと合わせていくと、少しトロミのついた超濃い聖水ドリンクが出来上がった。
「せめて痛みが消えるといいな」と思って作った超濃い聖水ドリンクだったが、キラキラ輝くその聖水は、痛みが消えるどころか、失った手足までもが綺麗に戻るほどの力を持っていた。
聖水を飲んだ途端ニョキニョキと生えてきた手足に、驚き感動する患者達を見て、紗綾の方がすごい光景に驚きすぎて声が出なかったくらいだ。
顔色を悪くして帰った紗綾に、「あのように無理をしてまで自分達を救ってくださった!」と、患者達から崇拝される事になったが、それも全くの誤解だ。
手足が生えてくる様子が、実は見てて少し怖かっただけだった。
デリの腕も、以前の剣の才能を持ったものがよみがえり、デリはまた聖騎士となった。
彼は皆に慕われているリーダーだったようで、デリが騎士として復帰すると、ますます騎士達の士気が上がり、魔物駆除もますますスムーズに進んでいった。
デリの騎士団は、精力的に魔物駆除に取り組んでくれるので、スケジュールの打ち合わせも兼ねて、なるべくこまめに騎士団に聖水を作りに行っている。
そしてデリはどんな日でも、必ず紗綾を出迎えるために外で待っているのだ。
今日のスケジュールの打ち合わせも終わり、紗綾はいつものように、帰る前に騎士団の食堂で聖水ドリンクをたっぷりと用意した。
「ようし、聖水ドリンクの完成!デリさんもちゃんと飲んでおきなね。はい。これちょっと濃いやつだから。
腕が治ったからっていっても、聖水を過信しないでちゃんと様子を見ないとダメだよ。誰かを庇うのはすごい事だけど、デリさんは騎士団にとっても大事な人なんだから、自分が大丈夫な範囲にしときなね」
「ありがとうございます、サーヤ様。――はい。この身はサーヤ様をお守りするためのものですから。いつでもサーヤ様をお守り出来るよう、怪我のないように気をつけます」
紗綾の差し出した濃い聖水のカップを受け取りながら、デリが嬉しそうに笑う。
「違うよ。私を守る前にデリさん自身を守りなよ。そうやって人を優先させるから危ないことになるんだよ」
にこにこと紗綾の話を聞いているデリが、あまりにも良い人そうで心配になる。そのうち誰かに騙されそうな人だ。
困った子だとデリを見つめていると、ロイとガクが紗綾に同意してくれた。
「そうですよ。大きな怪我は後々に体に響くと言いますから。サーヤ様は私がお守りするので、どうぞ御身を大切にしてください」
「俺もついてますからご心配なく。それよりデリさん、女性騎士があちらでデリさんを待っているようですよ」
ガクの指差す方を見ると、この騎士団の女騎士達がソワソワとした様子でこちらを見ていた。
デリは時間がある時は、女騎士達にも剣の訓練指導をしているようなので、デリを待っているのだろう。
ローテッド国での女騎士の地位は、身分のない者でも男性と同じように確立されている。
なのでローテッド国ではどこの騎士団でも女性騎士は多いようだが、この騎士団はデリが所属している事もあるのか、特に女性騎士が多いそうだ。デリはその実力と人柄で、多くの人に慕われているらしい。
イケメンで剣の実力者で人格者でもあれば、デリがモテモテなのも当然だろう。
女騎士達が紗綾に敵意を向ける事はないが、それでも紗綾とデリの距離が近ければ、あまり良い事はないはず。
人気者は誰か一人のものではなく、みんなのアイドルであるべきなのだ。
「あ。みんなデリさんを待ってるね。ロイさん、ガクさん、もう帰ろっか。じゃあデリさんもまたね」
『みんなのアイドルのデリさんと、私だけが特別に仲良しなわけじゃないですよ』とさりげなく女子にアピールできるように、さらりとデリにお別れをつげて、ロイ達と馬車に向かった。




