20.その頃のライオネル
セイクリド国の重鎮が集まる会議室で、ライオネルは苦々しい顔を隠し切れないままに、ローテッド国から届いた書状を読み上げた。
「フクフォルト王子が、サーヤとあの騎士団の者を連れて、すでにローテッド国へ渡ったらしい。
サーヤが聖女の称号を失くしたことをあげて、『セイクリド国の聖女はやはりカナエ様だという神の思し召しだろう』と言ってきている。
『ローテッド国にとっての聖女は変わらずサーヤ様だから、サーヤ様を我が国に招いて浄化してもらおうと思う。我が国ローテッドは一刻をも争う状況だから理解してほしい』との事だ」
読み上げた書状に貴族たちが騒つく。
「そんな!聖女カナエ様は元々浄化に積極的ではない上に、最近は部屋からも出てこられないというではないですか」
「流行り病にかかったといっても、体調が悪いわけでもないでしょうに……。部屋からも出ないなんて、少々無責任すぎるのではないですか?」
「教皇エーヴェイル様の聖水を飲んでも聖女カナエ様の不調には効かないという噂だが、聖女カナエ様に効かないなら、聖水はこちらの方に回してもらった方が良いのではないか?」
貴族達がカナエを責める言葉に、バン!と机を叩いて、王立騎士団のハーバルトが立ち上がって声を荒げた。
「聖女カナエ様を愚弄するおつもりですか!なんて罰当たりな!
あの方が伏せられているのも、サーヤ様が原因なんですよ!サーヤ様が聖女の称号を剥奪されるほどの無礼をふるったせいで、聖女カナエ様のご気分が悪くなられたのです!
こうして王都に原因不明の病が流行っているのも、サーヤ様の呪いに違いないと聖女カナエ様は私に教えてくださいました!」
憤るハーバルトから、集まった者達は何も言わずに目を逸らした。
話すほどにハーバルトの口周りの皮膚が、黒ずみを深めていっている。「私に教えてくださいました」という言葉を話した時に、口だけではなく、黒ずんでいたハーバルトの耳もさらに黒さを深めていき、目を逸らさずにはいられなかったのだ。
ハーバルトが話すように、確かに最近の王都の貴族の間では原因不明の病が流行っている。
病といっても体調に影響が出るわけではなく、耳や口の皮膚が醜く黒ずんでいくのだ。
その黒ずみの程度は、聖女カナエに陶酔する者ほど濃く色づいているという噂だった。
この会議室にいる者も、少なからず同じ症状が出ていて、自分とレイノックスとウォレントの三人も例外ではない。三人とも口周りこそ異常は見られなかったが、耳が真っ黒に色づいていた。
他の貴族達は、耳は一堂に黒ずみを帯びていたが、口周りに関しては色の差がそれぞれといったところだ。
この突然に流行り出した奇病は、ライオネルやバーバルトがサーヤを尋ねた日から症状が現れ始めた。
まるでそれは教皇エーヴェイルが、神から『過ちを聞き、悪意を持って過ちを口にした者には罰を下す』とのお告げを受けた内容を表すようだった。
それに―――神と対話している様子のサーヤは、「神罰」という言葉を口にしていた。
神はサーヤを貶める者を許さないようだ。
過ちを聞いて信じていた者の耳、過ちを語る者の口に、ハッキリと神の意思が表れていた。
「こんな恐ろしい呪いをかけるなど、サーヤ様は魔女にまでも堕ちてしまったのでは―」
「口を慎め、ハーバルト。その言葉で今、口周りだけではなく首まで黒く染まったぞ。
バーバルト、お前はサーヤに会いに行った時も、サーヤに何か余計な事を話したんじゃないのか?カナエとマーガレットに次いで、お前の症状が一番酷いぞ。
その腕も、サーヤに会ったあの日からだろう?
首まで黒く染まった侍女のマーガレットの、あれほどの家が厄災続きで傾きかけている。お前の家の商会の方も危ないそうじゃないか。神の怒りに触れたのではないか?」
ライオネルが「その腕」と差したバーバルトの、長袖と手袋の間の隙間から見える手首が真っ黒だった。
まるで聖騎士として剣を持つ資格がないと告げられているかのようだ。
「教皇エーヴェイルも、大神殿の神官も、皆聖力が弱ったそうだ。神官達も皆、耳や口が黒ずむのは、神罰だと気づいたようだぞ。今は必死にサーヤを貶めてきた事を神に懺悔しているらしい。
これ以上神の不興を買ったら、この国は終わりだ。ハーバルト、それ以上サーヤを貶める言葉を話すなら、セイクリド国を危険に落とす者とみなすぞ。
お前は今のカナエに会ったんだろう?カナエの耳以外の全身が、これ以上もなく黒く染まっている事に示す意味が分からないのか?」
「それはサーヤ様が―」
「もういい。お前はもう何も言うな。――とにかく、フクフォルト王子とサーヤは気が合いすぎる。
教皇エーヴェイルの力が弱った今、万能薬といわれる聖水を作れるのは今はサーヤだけだが、少なくともローテッド国の浄化が終わるまではサーヤは帰ってこないだろう。
……ローテッド国の浄化が終わっても、フクフォルト王子がサーヤを手放すかどうか。以前もサーヤをあの国から離すために、セイクリド国の女騎士を認めたというのに……。
女騎士の件で、貴族にサーヤへの反発を煽っていたのは、女騎士反対派のハーバルト、お前だったそうだな。
カナエの周りにいる使用人の懺悔の言葉で、マーガレットやお前がサーヤに向けてきた嫌がらせが明るみになってきてるぞ。
……なにが「カナエへの嫌がらせで、サーヤがわざと水晶を割ったところを見た」だ。カナエの妄言に加担した罪は重いぞ。
お前をこの場に呼んだのは、お前からも話を聞こうと思ったからだが、聞くまでもないようだな。その顔の色が何をしたかを語っている。
処分が下るまで地下牢に入っていろ」
ハーバルトの言葉を遮って、ライオネルは控えていた騎士に合図を送り、ハーバルトを地下牢まで連行させた。
ハーバルトが騎士と共に部屋を出ていくと、貴族達はバツが悪そうに黙り込んだ。
耳と口が黒ずむ原因がサーヤに関する事での神罰だというならば、皆に心当たりがあるはずた。
皆が黙り込み静かになった部屋で、ライオネルは自分の耳に触れてみる。
何も違和感も感じられないが、耳はきっと相変わらず真っ黒に染まっているのだろう。
自分の耳は、あまりにも長い間カナエの嘘を聞きすぎていた。




