表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/38

01.夢で呼ぶ彼①


夢の中で私に手を振るあの人は誰なのだろう。


少し離れた場所で、腕を上げて大きく手を振りながら、私に向かって何か叫んでいる。

だけど声は聞こえない。


口の動きを見る限り、おそらく彼は「じゃあなー!」と別れを叫んでいるようだ。



彼は髪を赤色に染めたミュージシャンだ。


楽器を持っている訳ではないが、あんなに派手な髪色をしているなんて、彼はミュージシャンに違いない。

――派手な髪色に私が持つイメージはミュージシャンであり、赤い髪の手を振る彼は、平凡な私とは違うとても遠い世界の人だった。


遠目で見る感じだが、夢の中の彼は身長は高そうだし、スタイルも良さそうだし、かなりのイケメンっぽい。

だけどテレビやネットでも見た事がない人だ。


おそらく、だけど。

彼はミュージシャンの卵なんだろう。

これから成功の階段を登って行く人ではないだろうか。

あれだけのイケメンなんだから、ステージに立つだけで話題になるはず。


有名人手前の彼がどうして私に手を振っているのかは分からないが、手を振られるなら、振り返すのが礼儀だろう。


私も大きく手を振って、誰か知らない彼に「じゃあねー!」と別れの挨拶を叫ぶ。





そこで目が覚めるのだ。


「あ。またあの夢だ……」


目覚めて紗綾は呟いた。


彼はここ半月以上も、毎日のように私の夢に出てくる人だ。

初めて夢を見た時は、「夢でイケメン見ちゃった」と少し浮かれながら目を覚ましたものだが、これだけ続くと少し気持ちが悪くなる。


毎夜夢に出てきて、毎夜紗綾に別れを叫ぶ彼。

まるで不吉な前兆を告げる予知夢のようではないか。

夢が何かを暗示しているように思えてしょうがない。


せめて彼が笑顔で手を振ってくれていれば、「今日もイケメンに手を振られちゃった♪」と浮かれ続けることも出来るが、彼はいつも必死の形相なのだ。

まるでこれから迫る危険を告げるような顔で「じゃあな」と別れを告げるのだ。



紗綾は携帯で「イケメン」「夢占い」と検索してみる。夢の意味が知りたかった。

検索して出てきた情報で、イケメンの夢は運気の上昇を表す事が分かって、紗綾はホッと安堵する。


だけど安堵してから気がつく。


紗綾の夢は安心していい夢ではない。

夢はイケメンが「じゃあな」と別れを告げている内容だ。

上がるはずの運気が別れを告げている夢。

それはつまり「運気を逃す」という意味に繋がるのではないか。


そう考えると気分が落ち込んだ。

夢の中のイケメンに縁起の悪い物を感じてしまう。


『今日また同じ夢を見たら、私の方から「じゃあね!もうここに来ないでね!」って伝えなくちゃ!』と紗綾は考えた。







今日もいつの間にか、周りには何もない空間に沙綾は立っていた。


紗綾はすぐに『これはあの夢の中だ』と気がつく。

何もない空間に立っているところから始まる、いつもの夢だ。


夢の中で夢と気づく事が出来たら、夢の中で思い通りの事が出来ると聞いた事がある。


きっと今日もあの赤い髪のイケメンは、沙綾に別れを告げに来るだろう。

今日こそは別れを告げられるよりも先に、別れを告げてやろうと考えた。

少し離れた所に、もうすぐ彼は姿を見せるはず。



「大きな紙と極太マジックよ、いでよ!!」


紗綾は魔法使いのように、何もない空中に向かって声を出す。


すると彩綾が願った通りに、大きな紙と極太マジックが現れた。


『思い通りになるって話は本当だったのね』と夢の中で驚きながらも、紗綾は早速紙にイケメンに伝える言葉を書き出した。



〈さようなら。もう二度とここに来ないでね〉


知らない人にかけるには、少し冷たい言葉だろうか。



だけど彼と私には少し物理的距離がある。


〈こんにちは。はじめまして。突然ですがお伝えしたい事があります。

あなたのように格好がいい人が夢で手を振る夢は、私にとってはすごく縁起が悪い夢のようなのです。

申し訳ないですが、もう私の夢に出てこないでもらえませんか?〉


そんな長文では、もし彼が近眼だったら読む事はできないだろう。


〈立入禁止!!〉と書くよりはマシなはず。


「そう考えると、なかなか上手く伝えられる言葉じゃない?」


何もない空間で紗綾はひとりごとを呟いて、自分の言葉に思わず笑ってしまった。






『彼だ!』


メッセージを書き終えてしばらく経つと、少し離れた所に今日もまた彼が現れた。

紗綾は急いで手に持つ紙を、精一杯上に掲げてみせる。


彼はメッセージを書いた紙をじっと眺めて、悲しそうな顔をしてフッと消えた。


『良かった。伝わったみたいね』


紗綾はホッとした。

イケメンの彼の顔は寂しそうだったがしょうがない。

運気を逃してしまうような彼でも、イケメンの彼が出てくるなら喜ぶ人もいるだろう。


『イケメンを素直に喜んでくれる他の人の夢に行ってあげてね』


夢の中の紗綾は、消えたイケメンを思い静かに祈っだ。







確かに赤い髪のイケメンには、紗綾のメッセージは伝わったようだ。

あれから赤い髪の彼が、沙綾の夢に現れる事はない。


だけど今度は違うイケメンが出てきて、沙綾に別れを告げてくる。


今度は濃い紫の髪のイケメンが「じゃあな!」と紗綾に手を振ってきた。


紗綾も負けずに、「じゃあね!もう来ないでね!」とミュージシャンの卵の、紫の髪のイケメンに手を振り返す。


赤い髪のイケメンのように、彼も何日も続けて現れるので、紗綾はまた大きな紙に別れの言葉を先に見せつけた。

――そして紫の髪のイケメンも消えてくれた。





だけど今度は緑の髪のイケメンが手を振りだした。


別れを告げても告げても、違うイケメンが現れる。

緑の髪の彼もやっぱり「じゃあな」と別れを告げてくる。


なんの呪いだと言いたくなってしまう。私の未来に運はないのだろうか。


「じゃあね!もう来ちゃダメだからね!」


紗綾も負けずに緑のイケメンにお別れを告げて、とりあえず今日の夢を終わらせる事にした。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ