18.世界の浄化の始まり
聖力の雲は、なかなかの妙案だった。
遠くに散らばる聖力を「こっちこっち」と引っ張っぱると素直に集まってくれる雲は可愛いし、集めた雲をちぎって、ふわふわと舞う雪に変えるのも面白い。
降り注ぐ聖力の雪で、剣を光らせて先陣を切るロイやガクをはじめ、騎士が皆元気になってくれる姿にも安心が出来た。
聖力で魔物が退治できるわけではないが、それでも少し動きが鈍くなるようで、退治しやすくもなるらしい。
さらに魔物駆除を終わった後に聖水を撒かなくても、降り注ぐ雪の聖力で、魔物の駆除が終わる頃には土地の浄化は終わっていた。
穢れた地の魔物駆除は、通常ならば何日もかかるらしいが、聖力の雲を使うと数時間もあれば終える事が出来た。なので移動時間がかかるような場所でも、土地の浄化は日帰りで帰る事が出来ている。
行き帰りの馬車の中で、ルイの隣に座って、ロイやガクとおしゃべりする時間も楽しい時間だった。
「みんなサーヤ様に深く感謝していますよ。我々の故郷を真っ先に浄化に回ってくれていると。
俺の故郷も、誰もいない荒れた地になっていましたが、それでも生まれ育った場所が安全な場所に戻ったというのは感動しますね。ありがとうございます」
帰りの馬車の中、ガクに感謝の言葉をかけられた。
「魔物を退治してるのは騎士団のみんなだからね。それくらいの優先権はあってもいいと思うよ。
不安がない方が、みんな安心して魔物退治に集中できて、怪我も防げるかもしれないしね。
神様もどの場所から浄化を始めても構わないって話してたし」
騎士団の故郷から浄化を始めたのは、貴族を優先する義理がない紗綾に取っては、当たり前の選択だった。
初めて魔物駆除の見学に行ったあの日。
紗綾はランやユリとのおしゃべりの中で、騎士の中には魔物の出没のために故郷を追われ、騎士の道しか選ぶ事が出来なかった者も多い事を知った。
だから紗綾は神に「世界の浄化は、この騎士団のみんなの故郷から回ってもいいですか?」と尋ねて、神の快い了承を得ていた。
神は紗綾に、浄化の全てを一任すると言ってくれて、貴族の圧力がかからないように、『世界の浄化に関して、決してサーヤに口出ししない事』と教皇エーヴェイルにもお告げとして伝えてくれた。
神はいつでも紗綾に好意的だ。
世界の浄化さえ進むならば、好きにすればいいという事だろう。
ライオネルや教皇エーヴェイルからは、「都合がつき次第でいいから、王都に来てほしい」と控えめな言葉の手紙を受け取ったので、「今優先するべき浄化を終えたら向かいます」と返事を返していた。
経験を積むほどに聖力の扱いにも慣れて、駆除の流れは良くなっていった。
ロイとガク以外の騎士たちと会話をする機会も増えて、皆との仲も良好だ。彼等を知るほどに聖力も大きくなっていくし、サクサクと浄化は進んでいく。
そして今日、皆の故郷の浄化を問題なく終える事ができた。
「みんなの故郷が綺麗になって良かったね。王都の浄化に行く前に、何日か休憩しようね」と話しながら騎士団に帰ってくると、神殿の前に豪奢な馬車が止まっていた。
紗綾の動きを把握したライオネルが迎えに来たのかもしれない。
「休みを取る事はちゃんと伝えるからね」
馬車を見て眉根を寄せたロイに、紗綾は「任せて!」と胸をたたく。
「皆、毎日十分休めていますから、休みなど取らなくても大丈夫ですよ。
――それより、あの馬車に描かれた紋章は、我が国セイクリド国のものではありません。隣国ローテッド国のものでしょう。
聖女サーヤ様は、ローテッド国のフクフォルト王子と懇意にされていたと噂で聞いた事があります」
「他の国の王子様と?」
聖女サーヤは、他国の王子とも交流していたようだ。
だけどライオネル達の事を考えると、聖女サーヤと仲が良かったと言われても怪しんでしまう。
ライオネル達が聖女サーヤに親切だったのは、聖女の力があったからで、彼等とはその間だけの仲の良さだった。利益がある時だけ仲良くされても迷惑なだけだ。
『嫌だな』と思う気持ちが顔に出てしまったようで、ルイがフクフォルト王子について説明してくれた。
「ローテッド国は女性騎士を世界で最初に認めてくれた国なのですよ。フクフォルト王子がそれを推奨したそうです。
サーヤ様は、男女の差別なく女性騎士をも認めるフクフォルト王子に感銘を受けたという噂は、騎士の間では有名な話です」
「あ、前にランさんが話してた話?じゃあ本当に仲が良かったのかな……。
あ。誰か馬車から降りて来た。なんか高そうな服着た男の人だね。王子様かな?」
豪奢な馬車から降りてきたのは、明らかに騎士ではなく、身分の高そうな恰幅のいい男だった。
急いで紗綾も馬車から降りて挨拶に向かった。
「やあ、サーヤちゃん久しぶり。―――あ〜記憶を失くしちゃったって本当だったんだ。僕の事が分からないみたいだね。僕とサーヤちゃんはすごく仲良しだったんだよ。
………あ。信じてないよね。も〜すぐ顔に出るんだから〜。
僕はローテッド国のフクフォルト。話があるんだけど、少し二人で話せないかな?
………ちょっと止めてよ。そんな不審者を見る目で見ないでよ。
も〜神様交えて話せば大丈夫でしょう?サーヤちゃん、神様と仲良しなんだから」
フクフォルトの言葉に、紗綾はじっと彼を眺めた。
可愛いストロベリーピンクの髪は、原色カラーではないが金色が入って輝いている。この高貴そうな髪色を見て、蔑む人などいないだろう。
白いもちもち、ぱんぱんとした肌は大福のようでとても柔らかそうだ。
胸に当てながら話すその手は、ふくふくとした赤ちゃんの手のようで可愛らしい。
「二人で」と話す言葉に警戒したいところだが、彼が話すほどに警戒心は薄れていった。
紗綾が神の「お気に入り」かどうかは分からないが、確かに神はいつでも紗綾に好意的だし、彼の言葉に間違いはないだろう。
それに、彼の話を聞いた方がいいと、紗綾の勘が告げている。
神の前では彼の方が立場は不利だ。
ここは話を聞くべきだろう。
「分かりました。では聖堂でお話を伺いましょう」
「サーヤ様」
フクフォルトに返事を返した紗綾は、心配そうにロイに呼ばれて、『大丈夫だよ』と手でロイを制した。
それでも心配そうに紗綾を見るロイの前に、フクフォルトの後ろに控えていた女騎士が進み出た。
「聖騎士のロイ様ですね。聖騎士ガク様と聖騎士ルイ様もはじめまして。私はフクフォルト王子の護衛のウェンディと申します。
ご安心ください。サーヤ様にはいつでも神が付いておられるのは知っていますし、二人でのお話は少しの間です。私達は部屋の前で待ちましょう。
――サーヤ様、ご無沙汰しております。私の事もお忘れになってしまったと思いますが、以前サーヤ様がローテッド国にいらした時は、とても仲良くしてもらったのですよ。またお会いできて本当に嬉しいです」
紗綾にも挨拶をしてくれたウェンディに、フクフォルトが重ねて説明をしてくれる。
「ウェンディは、前にサーヤちゃんがローテッド国の浄化に来てくれた時に、護衛に付けていた騎士なんだよ。すごく仲良くてさ、当時は「世界の浄化が終わったら、ウェンディさんのいるローテッド国に住もうかな」ってまで話してくれてて、ライオネル王子が慌ててたよ」
「うーん……。記憶ないからよく分からないけど。確かにウェンディさんは感じが良いよね。仲良くしてもらえてたなら、聖女サーヤも楽しかっただろうね」
「サーヤちゃん、本当に他人事みたいに話すよね。
も〜ライオネル王子なんかと付き合わないで、うちに来ていれば、記憶を失くす事にもならなかったのに」
やれやれとフクフォルトが首を振っている。
フクフォルトとは初対面のはずだが、『彼と仲良かったというのも本当かも』と思えるほどに、気負わずに話せそうな人だった。




