17.騎士団の女騎士
魔物というものを初めて見たが、人間よりもはるかに大きく、人とも動物とも言えないその姿は、遠目にも恐ろしく感じるものだった。
あんな怖いやつに追いかけられたら、一生夢でうなされそうだ。
そんな魔物に怯むことなく、ロイとガクが先頭に立って、魔物に切り込んでいっている。
二人が剣を振るうとキラキラと残像が残るので、遠目に見ていても、彼等がどこにいるのか一目で分かった。
そんな二人に続く聖騎士達も、危なげなく次々と魔物を倒していっている。
「頑張れー!!」と応援する紗綾は、後方の安全な場所で女騎士達の厳重な警護の中にいた。
ルイの他に、ランとユリという名の美人騎士に囲まれて、紗綾は場違いにも少し浮かれているところだ。
ぜひとも紗綾も役に立つところを見せて、これからも魔物駆除に連れて行ってもらいたいと張り切っていた。
「みんなすごいね。勇敢だよね。ロイさんとガクさんは剣がキラキラするから、どこにいるかすぐ分かるね。二人が先頭であんな怖そうな魔物をザクザク倒してるのが見えるよ。二人とも強いんだね」
紗綾は感心しながら女騎士達に話しかけた。
「ロイさんとガクさんは、昨年行われた剣術大会での優勝者と準優勝者ですから」
「昨年はロイさんが優勝しましたが、その前の年はガクさんが優者しましたよ」
「え!ロイさんとガクさんって、そんなにすごい人だったんだ!」
「色のない者達の剣術大会ですけどね。国の剣術大会は貴族のみが参加できるものなのです」
「国の剣術大会ではライオネル王子様が毎年優勝を飾っていますよ」
「身分で大会が分かれるんだ〜。まあでも確かに、あんな強そうな魔物と戦うような騎士さんとは、誰も対決したくないよね。身分で分けたくなる気持ちは分かるよ」
貴族の聖騎士の気持ちは、紗綾にも分かる。
誰だって負ける予感しかない試合などしたくはないだろう。
スラリとしたライオネルが毎年の優勝を飾るのも、『彼が王子様だから?』と失礼な八百長疑惑をかけてしまう。
「それにしてもランさんもユリさんも格好いいね。ルイさんと三人で騎士団の花だよね」
紗綾を囲むキリッとした美人女騎士が尊かった。
話をしながらも、危険がないか常に周りに気を配る彼女達は本当に頼りになる。紗綾が魔物に不安を感じる事もない。
「騎士団の中では男も女もないですよ。それでも私は女騎士という立場に誇りを持っています。
剣士を目指したのは、故郷が魔物の出没で帰れなくなった事がきっかけですが、こうして女の私が騎士団に入れたのはサーヤ様のおかげなんですよ」
「聖女サーヤが何かしたの?」
以前の自分が何かしたらしい。
『聖人ぶっていたら嫌だな』と恐る恐る聞いてみた。
「数年前までは、この国では女騎士の存在そのものが認められていなかったのですが……。
サーヤ様が他国の浄化中に女騎士と出会って、その国の王子に女騎士を認める寛容さを褒めたらしいのです。それでライオネル王子様もこの国での女騎士を認めると法令を変えてくれたのですよ。
その時にサーヤ様が莫大な私財を投じて、「女騎士がいる騎士団には援助をする」と女騎士の推奨を進めてくれました。だから少数ではありますが、それぞれの色のない騎士団には女騎士が在籍する事が出来ています。
サーヤ様が投資してくれたおかげで、騎士団の環境や食事なども改善されたのです」
ランが教えてくれた話に、紗綾は「あ〜そういう事か」と納得する。
「聖女サーヤが私財を投じて騎士団の援助をした」というガクの話は『絶対間違った噂だ』と思っていた。
だけど援助の目的が、善意の施しではなく女騎士を認めるためだと言うなら分かる。
趣味が入っての援助だったらしい。それなら納得だ。
女騎士は紗綾の憧れだ。きっと当時も、この世界の美人女騎士に痺れちゃったのだろう。
『お金もいっぱいあるから援助しちゃえ』とか思っていたに違いない。
聖女らしくない投資理由で、紗綾は逆に安心できた。
『清廉潔白な聖女』なんてしていたのなら、過去の自分に「目を覚ませ!」と言いたいところだった。
「でもそのせいで、サーヤ様は貴族の騎士達との間に亀裂が入ったとも聞いています」
言葉を続けたルイに、紗綾は昨日の聖騎士の冷ややかな視線を思い出した。
なるほどね、と紗綾は頷く。
彼等が紗綾に冷たい目を向けた理由は、聖女カナエを虐めたという噂だけではなく、聖女サーヤの言動が彼等にとって疎ましい事だったのだろう。
貴族であり男性の騎士である彼らにとっては、女騎士の推奨など迷惑な改革だったろうし、聖女の援助先が、身分の低い者達だったというのも気に入らなかったに違いない。
聖女サーヤが貴族にどう見られてきたのかが見えてきた。
聖女サーヤへの不満は、貴族の騎士にとどまらず、貴族全体のものになっていたんだろうなと予想する事ができる。
「私は身分の高い人とは考え方が違いすぎて、元々合わなかったんだろうね。援助の件がなかったとしても、貴族とは結局決別してたんじゃないかな」
庶民の紗綾が聖女になった時点で、決別は始まっていたんだろうなと思ってしまう。
「話変わるけどさ、みんなの名前は呼びやすくて可愛いよね。ロイさん、ガクさん、ルイさん、ランさん、ユリさん、って」
「身分のない者は、名前も簡素であるべきだとされていますから」
「名前も身分なんだ!そっか〜。私もサとヤの二文字みたいなものだから一緒だね」
徹底した差別に、ここまでくるとおかしくなって、紗綾はあははと笑ってしまった。
「ねえ。もう一時間くらい頑張ってるよね?」
「お疲れになりましたか?馬車で休みましょう」
ずっと魔物と戦い続ける騎士達が心配になって、紗綾がルイに声をかけると、ルイに心配されてしまった。
紗綾はただ見ているだけで、何も頑張ってはいない。
「違うよ。疲れているのは騎士さんだよ」
「まだ一時間くらいしか経ってませんよ。このくらいなら、毎日の鍛錬時間よりもはるかに短いです」
ルイになんでもない事のように流されたが、鍛錬と魔物退治では緊迫感が違うだろう。鍛錬よりもはるかに大変なはずだ。
「え〜私なんて駅まで五分も走れないのに……。うーん。騎士さん達が元気になれるように、聖力を雨みたいに上からかけちゃおっか。魔物に聖力をかけてもそんなに効かないと思うけど、少しは弱ってくれるかもしれないし。――よし、試してみよっと」
この穢れた地では、神殿のように周りに聖力は漂っていない。
もっと空の高い所。もっと山を越えた遠い所。
あちこちからグイグイ聖力を引っ張るイメージで、この地の上空に聖力を集めてみる。
グイグイ、グイグイと集めていくと、この辺りの上空だけ明るくなってきた。
ルイ達にも聖力が見えてきたようだ。「あれは……!」と空を見上げている。
「みんなにも見えてきた?よーし!じゃあ降らせてみるね!聖なる雨よ、降れ〜!」
声をかける必要はないが、魔法使いに成り切って、紗綾は空に向かって声をかける。
さらに聖力の雲を細かくちぎっていくイメージを持つと、細かい雨―― にはならなかったが、細かい雪のような聖力がふわふわと降っていった。
ふわふわと舞うように落ちていく聖力が、戦う騎士にも、魔物にも、紗綾達にも降り注ぐ。
「何もしてない私の疲れまでが取れていくね。聖騎士さんにも―――あ。効いてるみたいだね。なんかみんな元気になってるね」
わあああああっと騎士達に歓声が上がり、彼等が今までより勢いをつけて剣を振い出した。




