16.聖水
次の日を待つまでもなく、夕食前には騎士全員の参加の意思が紗綾に伝えられた。
浄化の練習にもぜひ参加したいと言ってくれているらしい。
「みんなサーヤ様と世界の浄化が出来ることを喜んでいましたよ」と聞いて、紗綾は思わず目が潤んだ。
「神様が味方してくれたし」と、ライオネル達の言葉や貴族の騎士の態度を気にしていないつもりだったが、意外とダメージを受けていたのかもしれない。
騎士達の気持ちが胸に響いて、恥ずかしいけど涙が止まらなかった。
そっと差し出してくれたルイのハンカチは、石鹸の香りがした。
「私もみんなに何か出来るといいな。何か使える力ないかな……」
紗綾も感謝を伝えたいと思った時に、聖水を振る舞うことを思いついた。
紗綾は聖水を作ることが出来る。
今は教皇エーヴェイルしか作る事が出来ない聖水は、聖女サーヤも作っていたらしい。
そしてそれは聖力の使い方を思い出した紗綾にも作る事が出来る。
神から贈られた聖杯を手に取ると、「こうすればいいんじゃないかな?」と使い方が自然と分かった。
聖水を作るのもイメージだ。
『これを飲んだ人が元気になるといいな』とか『土地が綺麗になるといいな』とか思う気持ちを、器に注ぐだけで聖水が出来るはず。
『ありがとうって思ってる事が、みんなに伝えられるといいな』と願うと、繊細な輝きを持った水が溢れ出す勢いで湧き出てきた。
「こぼれちゃう!」と慌てて口をつけて飲んでみると、気持ちの疲れまでもがスッと消えて体が軽くなる気がした。
「あ、口つけちゃった。湧かし直しだね。これみんなに飲んでほしいけど、全員分湧かすのはちょっと難しいかも……。
食堂に置いてあった水に、聖水を混ぜてみようかな。聖水薄まるから、聖水風のドリンクになっちゃうけど、置いたら飲んでくれるかな?」
ロイに「皆が殺到しますよ」と言ってくれたので、夕食時の食堂に用意する事にした。
聖水100%ではない、聖水濃縮還元ドリンク。
それは紗綾お手製聖水を水で薄めたものだ。
「みんなすごく喜んでくれてるね」
夕食時に騎士達が喜んで聖水を手に取ってくれる姿を見て、紗綾は嬉しくなる。
「聖水100%じゃないけど、効果が出るといいな」と願わずにはいられなかった。
「あれは正真正銘の聖水と言っても良いと思いますよ。体の変化を感じました」
「俺も聖水は万能薬だという事を実感しましたね。聖水を飲んだ途端、古傷の痛みが消えましたから」
「え?!ガクさん怪我してるの?!」
「騎士ならば、誰でも傷のひとつやふたつは持っているものですよ」
ガクはなんでもない事のよう笑顔を見せているが、古くなっても痛む傷なんて相当な傷ではないのだろうか。紙で切った指先でさえ絶望的な気持ちになる紗綾にとっては、そんな傷は重症レベルなものに違いない。
「聖水でみんなの怪我も治るといいな。これから毎日聖力ドリンク作って置いておいておこうかな」
サーヤの言葉にロイが首を振った。
「騎士に怪我はつきものです。サーヤ様が無理をする必要はありませんよ。
聖水を作るのは大変神経を使うものだと聞いています。教皇エーヴェイル様の聖水も、大貴族でさえも手に入れる事が出来ないほどの貴重な品だそうですよ」
「そうなんだ。でも私は神経は使ってないかも。聖杯を使ったからかな?」
「教皇エーヴェイル様も聖杯を使われていますよ」
紗綾が首をかしげると、ロイが答える。
「聖水の作り方が同じなら、聖力の集め方が違うのかな?聖力を水に変えて聖水にしたんだよ」
「サーヤ様はどのように聖力を集めているのですか?」
ルイに尋ねられて、紗綾は周りにただよう薄い霧のようなものを指差した。
「これ。この霧みたいに薄く漂ってる聖力を、こんな風に綿菓子を大きくしていく感じで、周りの聖力を絡ませて集めていくの」
薄い雲のような綿菓子を、棒に絡ませて大きくしていくイメージで、クルクルと指を回して見せたが、「綿菓子ですか?」とルイに首を傾げられた。
この世界に綿菓子はないのかもしれない。
「綿菓子はお砂糖を雲みたいにふわふわにしたお菓子なんだけどね。……あ。こっちの方が分かりやすいかな。ほら、パスタってこんな感じでフォークに巻くでしょう?」
話しながら目の前のパスタをクルクルとフォークに巻いて、巻いたパスタをもぐもぐと食べてみせた。
「この要領で聖力を絡めていくの。こんな感じに」
「こんな感じ」と宙に浮かぶ薄い聖力を、クルクルとフォークに絡ませていく。クルクルクルと聖力を絡ませるほどに、フォークの先がキラキラと光ってきて、ルイが「あ……」と声に出して驚いた顔でフォークを見ていた。
「ほら、聖力パスタの出来上がり。私も試してみたんだけど、これ味しないけど食べれるよ。はい、あーん」
「え?」
「え」と口が開いたので、聖力を巻いたフォークを口に運んで食べさせてあげた。
「口に入れたらシュンってなくなっちゃうのが面白いよね。でも食べたら元気になる感じがするでしょう?
……あ。ごめんね!フォークは浄化されて綺麗になってるから!」
ルイの驚いた顔に、『私がさっきまで使っていたフォークだった!』と気づいて慌てて謝ると、不思議そうな顔を返された。
「フォーク……?あ、いえ!そんな事!………なんて言ったらいいのでしょう。体の中から生まれ変わるような感覚ですね。
それにしてもサーヤ様はすごいですね。私達に見えないものが見えているのですね」
「この霧みたいなやつ見えないんだ。つまむ事も出来ない?ねえ、ルイさん。このつまんだ聖力、ちょっと持ってみて」
「これ」とつまんだ聖力を差し出して、ルイにもつまんでもらおうとしたが、ルイの手に触れないうちにサラッと聖力は霧散してしまった。
「見えないとつまめないのかな……。もしかして聖女の『他の世界の者だけが持つ能力』って、これなのかな?遺伝子的に他の世界の人は聖力が見えるとか?
この世界の人がみんな容姿端麗の遺伝子を持ってるみたいな感じかも。本当にみんなすごく綺麗な顔してるよね。羨ましいよ」
「綺麗な顔ですか?」
不思議そうに聞き返すルイは、クール系の美人だ。
「みんな鏡を見て気づいた方がいいよ」と教えてあげた。
イケメンと美人が普通レベルになると、誰もそのありがたみに気づかないらしい。
「今日の聖水ドリンクは聖杯の聖水を薄めてみたけど、この集めた聖力を水に溶かしても聖水ドリンクになるかもしれないね。明日は聖杯を使わないで作ってみようかな」
『聖力の色んな使い道が見つかるかも』と思うと、これからが楽しみになってきた。




