14.以前のサーヤと今の紗綾
「……サーヤ、カナエの話は嘘だったのか?」
レイノックスに暗い声で尋ねられて、紗綾は慎重に言葉を選びながら答えた。
「私は以前の記憶がないので、ライオネル王子様の話していた事が嘘なのか本当なのかは分かりません。
神様は偽りだと話していますが………それを証明する事は出来ないですし、マーガレット様が私の言葉を信じられないというのも、それはしょうがない事だと思ってます。
なのでレイノックス様もウォレント様も、聖女のカナエ様の言葉は何よりも優先されるべきだと思いますし、私の言葉を信じる必要はないのですよ」
紗綾は自分の気持ちを確かめながら思いを伝えると、二人は傷ついたような顔になった。
「サーヤが力を失くしていた時は、聖女の力があるカナエの方を優先しなければいけない時だったんだ。カナエを言葉を、まず受けとめなくてはいけない時だったんだよ。
だけどカナエから話を聞くたびに、サーヤにはそれが本当の事なのかを確認していた。あの時サーヤは黙ったままで、何も話してくれなかったんだ」
「もしサーヤがカナエの話を否定していれば、僕達はサーヤを必ず信じた。僕達がサーヤを大切に思う気持ちは、ずっと変わっていない」
二人の話を聞いて、『その言葉こそが信じられないな……』と、彩綾はなんとも言えない気持ちになった。
本当に聖女サーヤを大切に思っていたなら、聖女カナエのあんな嘘に惑わされる事はなかったのではないだろうか。
「何も話してくれなかった」と言っているが、その理由は記憶がない紗綾でも想像する事が出来る。
結局聖女サーヤは紗綾自身なのだから。
「今の私と聖女サーヤが同じ考え方をしたかは分かりませんが……。
『他人の水晶をわざと壊すような人』なんて疑われたら、私は何も言えないかも。『そんな事をする人だと思ってるから疑うんだろうな』って思うから、『言い訳をしても信じてもらえるわけがない』って、私も相手を信じる事を諦めてしまう気がします。
聖女サーヤは、信じる事も信じてもらう事も諦めてしまったから、何も言わなかったのではないでしょうか」
目の前の二人が何も言葉を返してくれない。
紗綾は『また言葉を間違えた?』と内心焦りながら言葉を重ねる。
「あの。もちろん今の私は記憶がないので、真実は分かりませんけどね。
みなさんが疑ったくらいですから、聖女サーヤは人の物を壊すような人だったかもしれないですし―」
「それはないです。そんな事は絶対にありません」
『なんでもいいから何か話さなくちゃ』と話し始めた紗綾の言葉を、ロイが遮った。
「……確かに聖女カナエ様の噂は私達も聞いています。だけどこの騎士団の中でそんな噂を信じる者は一人もおりません。
世界の浄化でご活躍されていた時も、聖女の力を失った時も、この世界を去られた後も、私達にとっての聖女はサーヤ様お一人です。
サーヤ様が聖女でも、聖女の称号を持たなくても、私達には変わりない存在なのです」
「ロイの言ってる事は本当ですよ。聖女サーヤ様は、色のない者の不遇を見逃さずに、私財を投じて我々の環境を改善してくれました。その恩を忘れる者はいませんからね」
ガクもロイに同意してくれているが、そこまで話されると自分とは思えなかった。紗綾自身は自分が善人ではない事を自覚している。
「え。それって本当の聖女みたいだね。でも私、そんな正しい人じゃないんだけどな……」
16歳でこの世界に来た聖女サーヤは、純粋で素晴らしい志を持った聖女だったのだろうか。
18歳の自分とは全く違う人物のようだ。
思わず『それは私じゃない……』と微妙な顔になってしまう。
「聖女サーヤ様は私達を見て、『似た髪色の者達だから』と話されたそうですよ。全く違う髪色であるにも関わらず「同じ者」だと説いてくれる聖女サーヤ様は、本当に懐が深いお方だと話題になっていました。
だけどそのせいで高貴な方から疎まれて、風当たりが強かったそうです。身分のない者に関わる事は貴族の恥とされていますから」
いまいち信じ切れない紗綾の気持ちが顔に出てしまったのか、ルイが聖女サーヤのエピソードを話してくれた。
「あ〜だから教育係のマーガレット様にあれだけ嫌われてたんだ。自分の教えが悪いって言われちゃうもんね。
それに髪色が似てるって言ってたなら、それも分かるよ。だって私の世界の髪色とそんなに変わらないもん。……そっか。私財を投じたっていう話は誤解がありそうだけど、ありがとう。
悪い噂を聞いても信じてくれたのは嬉しいな」
紗綾はえへへと笑ってから、不安そうな顔で紗綾を見つめるレイノックスとウォレントを、じっと見つめ返した。
不安そうな顔をしていても、彼等はイケメンだ。
ライオネルだって高貴なイケメン王子顔をしている。
こんな人達に大切にされたら、誰だって彼等のために頑張りたくなるし恋にだって落ちるだろう。
聖女サーヤだって、彼等が離れていくまでは、彼らを大切に思っていたはず。
「レイノックス様。ウォレント様。聖女サーヤの力が発揮出来ていたのは、みなさんを大切に思っていたからだと、力が戻った今だからこそよく分かります。
力を失くしてみなさんを失望させてしまったせいで、それまでの関係は変わってしまいましたが、聖女サーヤとして生きた全てが無駄だったとは思っていません。
聖女として大切にしてもらっていた頃の聖女サーヤは、とても幸せだったんじゃないでしょうか。幸せな時間の中で世界の浄化が出来ていたんじゃないかと思います。
これからは、どんな私も信じてくれていた、この騎士団のみなさんを大切にして頑張っていこうと思います」
彩綾は自分の思いを全て伝える事ができて、二人に笑顔を向けた。
再び静かになったところに慌ただしい足音が響き、入ってきた一人の王立騎士団の聖騎士が、ライオネルからの伝言をレイノックス達に伝えた。
「聖女カナエ様の体調が悪いようなので、今日は城に戻るとの事です。馬車までお急ぎください」
男の伝言を聞いて二人が立ち上がった。
「ライオネルに今の話は伝えておくよ。――また今度これからの事を話そう」
レイノックスから伝えられた言葉に、紗綾は曖昧な微笑みを返した。
神は『もう心を煩わされる者に会う必要はない』と言ってくれていた。もしかしたら彼らに会う事はもうないのかもしれない。
何も答えられない代わりに、軽く頭を下げておく。
足早に馬車に向かう二人が聖堂を出て行くと、伝言を伝えに来た聖騎士が、最後に小さな声で紗綾に忠告した。
「サーヤ様は聖女の称号を剥奪されたと聞きました。
自業自得というものですよ。もう少しご自身の言動を気をつけた方がいいでしょう」
「え」
男が言葉を発した瞬間、神から『この男にも神罰を与える』と声をかけられて、紗綾は「なにコイツ」と怒る前に驚きの声をあげてしまった。
「あ、いえ。あの、あなたのお名前は?」
「……私に色目を使われても困ります」
「え!!……あ、名前は結構です」
名前を呼んで「あなたも気をつけた方がいいですよ」と声をかけようとした紗綾は、更なる驚きの言葉をかけられて、もう何も言わない事にした。
どうやら紗綾の口は何を言っても上手く伝わらないらしい。
「口は災いの元って本当なんだね……」
去っていく男の背中を眺めながら、紗綾はポツリと呟いた。




