13.神の言葉
「……サーヤ。これ以上お互いの誤解を深める訳にはいかないだろう。正直に何があったか全てを話そう」
「はい。お願いします」
スッと真面目な表情に変わったライオネルを見て、『さすがにマズイ』と、紗綾は気を引き締めた。
ロイとガクとルイが付いていてくれるからと、少し気持ちに緩みがあった。これ以上失態を重ねてしまったら、この神殿自体に危険が及んでしまうかもしれない。
『これ以上の失敗は許されない』と紗綾は真剣な目をライオネルに向けた。
「……そんなに警戒しなくてもいい。ただ何があったかを話したいだけだ。
以前、カナエがこの世界に現れたタイミングで、サーヤの聖女としての力が消えたんだ。それまで聞こえていた神の声も届かなくなった。
―――後になってそれは、聖女としての力の強化のための期間だったという事が分かったが、当時のサーヤはとても落ち込んでいたんだ。
「カナエがこの世界に来たせいで」と、私達のいないところでカナエを責めたてていたらしい。
カナエのために用意された水晶などもわざと落として壊し、修行の邪魔をしていた。……そのためにカナエが聖女としての力を付ける機会を失ったと言われている。
カナエはサーヤがこの世界から消えるまで、サーヤの仕打ちを誰にも言えずに耐えていた事も数多くあるんだ。
聖女としての力が弱くても、カナエも立派な聖女である事に変わりはない。
こんな事になったのも、本来ならこの世界には聖女と呼ばれる存在は一人だけなんだが、神の手違いがあったとも言われ―」
カッと祭壇に置いていた水晶が、突然に光を放った。
皆の視線が祭壇に集まる。
「あれは……!サーヤ、あの水晶は大神殿で保管されているサーヤの使っていた水晶か?!隣にある聖杯もそうなのか?!」
ライオネルがガタンと椅子から立ち上がって、祭壇に置かれた神器を食い入るように見つめた。
「聖女サーヤ様!あれはもう国の宝なのです!勝手に持ち出すなど許される事ではないのですよ!」
聖女カナエが悲鳴に近い声で叫び、マーガレットも厳しい言葉で彩綾を糾弾した。
「聖女サーヤ様!なんと卑しい事を……!それは窃盗と同じ事です!聖女の称号をお捨てください!」
みんなの騒ぎを受けて、水晶からはより強い光がカッと放たれる。
紗綾は神の怒りを感じた。
『伝えよ』という神のメッセージも声なき声で感じ取る。
「……いやいや、無理ですよ。言っても信じてもらえないですって。神様が直々に伝えてくださいよ」
「サーヤ?神が話しておられるのか?……神はなんと?」
「え、いえ。私は何も聞こえませんけど―」
緊張を走らせたライオネルに言葉を返している途中で、またカッと水晶が光る。
私に抗議するのは止めてほしい。
突然聞こえてきた神の声に、紗綾は聞いていた言葉に苛立つ前に驚いてしまった。
驚いている間にも、神の声は続く。
『虚偽の言葉を述べ、信じる者には、神罰を下すと伝えよ』と伝えてくる。
「………え、本当に無理ですって。この状況見てくださいよ。私、向こうの騎士さんにも嫌われてるんですよ。そんな事伝えたら、無礼者!とか言われて切り捨てられちゃいますよ?
そもそも聖女一人しか要らないそうじゃないですか。二人呼ぶから手違いだって話になるんじゃないですか?
…………うーん。そうだとしても、私、聖女降ります。
……違います。聖女の称号を放棄するだけです。私、この国の求める聖女になれないと思うんです。称号がなくても浄化に問題ないですよね?
……………分かりました。じゃあ浄化は、この神殿の聖騎士さんにお願いしますから、教皇経由で神託下してくださいね。
あ。ちゃんと世界の浄化を終えたら、騎士さんにも報酬よろしくお願いしますね。タダ働きは嫌ですよ」
最後にパァァァッと水晶が柔らかな光を放って、神の了承を得た事を紗綾は感じとった。
「……サーヤ。神はなんと言ってるのだ?」
恐る恐るといった感じにライオネルから尋ねられて、紗綾は気を引き締めた。
神がずっと話しかけてくるので、会話に気がいっていて、話す言葉に注意をしていなかった。
どこまで言葉を出してしまっただろうか。
「神様は……私の聖女の称号は外しても問題ないと話されています。なので聖女はこの世界にただ一人、聖女カナエ様という事になりました。
世界の浄化についてなどは、教皇エーヴェイル様の方に神託を下されるそうです」
無難なところだけを伝えておく事にした。
ライオネルが黙ると部屋の中は静かになった。そこにコホと侍女のマーガレットが咳払いをする。
「……正直私は、今までのサーヤ様の言動を顧みても、サーヤ様の言葉を鵜呑みにする事は出来ません」
「あ、はい」
それもそうだろうと紗綾は思う。信じてもらえてないから、こんな事になっているのだ。
「しかし聖女の称号をご辞退されたのは英断だと思います。サーヤ様は確かにお力をお持ちではありましたが、聖女としての資質に欠けるものはありましたから」
「あ、はい」
その言葉にも納得できる。
「それから、」とマーガレットは紗綾の服を上から下まで値踏みするように見て、言葉を続けた。
「これからまた浄化に関わる者として、サーヤ様はまずは格好から改めた方がいいでしょう。
そのような手足の露出した、はしたない格好で聖騎士の前に出るものではないですよ。
これはもう称号を持たない者となった、サーヤ様への助言として最後にお伝えさせていただきます」
「…………」
返事もしなくなった紗綾を一瞥してから、マーガレットは聖女カナエの顔を心配そうに覗き込んだ。
「聖女カナエ様、顔色が悪いですね。このような場所で長居するものではないでしょう。馬車に参りましょう。
ライオネル様、聖女カナエ様を支えてくださいませ」
マーガレットが聖女カナエを立ち上がらせると、ライオネルを促した。
「サーヤ、分かってほしい。国にとって聖女は、何よりも優先されるものなんだ。
それにカナエは体が弱い。カナエを馬車まで送ったら、後で話は聞くから待っていてほしい」
聖女カナエの体を支えながらライオネルからかけられた言葉に、紗綾は頷いた。
聖女を何よりも優先する彼だから、聖女カナエを優先してきて今があるのだろう。
「聖女サーヤ様?……大丈夫ですか?」
ライオネルが退室すると、ルイに心配そうに声をかけられて、その優しい声にホッとする。
「もう「聖女」は要らないよ」と答えると、ルイが悲しそうな顔になって、紗綾は慌てて説明する。
「聖女って呼ばれなくても何も変わらないよ。聖女の力はそのままだし、世界の浄化もするし。ただの呼び名みたいなものだから。
えへへ、心配してくれてありがとう。
だけどマーガレット様、すごいよね。ライオネル王子様に指図してたね。王子様より権力者だったよ」
「聖女様というお立場は、本当に特別なものですから。聖女様の側に仕える侍女も、立場が自然と上がるようですよ。
サーヤ様が気にされなくても、それでも聖女の称号を捨てろとの発言や、サーヤ様が神から贈られた神器や服に難癖をつける行為は許されるものではないと思いますが……神はお二人に神罰を下されるのですか?」
「どうかな?二人……だけじゃないかも……?
マーガレット様の罪は重いみたいだけど。大貴族の令嬢だから周りがみえなくなってるのかも、って。人の上に立つ資格なしって言ってたよ。家ごとの取り潰しで、反省を促すみたい。
マーガレット様の家が、聖女カナエ様の後ろ盾になってるみたいだし、ライオネル王子様が後ろ盾を代わってあげた方がいいかもね。
聖女カナエ様も嘘を重ねすぎ……あ。」
バチッとレイノックスとウォレントと目が合って、紗綾は口を閉じた。
何も語らない彼等らの存在をすっかり忘れていた。
食い入るように紗綾を見つめる二人の視線が痛い。
「聖女カナエ様は、ライオネル王子様だけではなく、レイノックス聖騎士様とウォレント聖騎士様が付いているから、心強いですね」
背中に滝のような冷や汗を流しながら、ふふふと笑っておく。




