09.聖女紗綾
パチッと目が覚めると朝だった。
体が軽い。聖女としての力が、身体中を巡っているのが感じられた。
紗綾はベッドの上に立ち上がり、周囲の聖力をキュッと固めるようなイメージを持つと、手のひらの上に小さな神聖力の塊が乗っていた。
小さくてもこれで穢れを祓う事もできるはずだ。
今すぐ浄化に出ても大丈夫だと、自分の力に自信が持てた。
『やったあ!』と嬉しくなって、ベッドの上で軽くジャンプすると、スプリングが効いたマットレスで体がヨヨンと跳ねた。
「え、何これ。トランポリンみたい」
この世界のベッドが最高すぎる。
少し足に力を込めてビヨンと跳ねると、体が浮いた。
さらに力を込めてビヨーンとジャンプすると、もっと高く飛べた。
ビヨーーンと力強く跳ねると天井に近づいた。
空を飛ぶような浮遊感に包まれて、今ならどんな穢れだって祓える気がしてきた。
「聖女サーヤ様。危ないのでベッドで跳ばない方がよろしいかと思います」
心配そうにかけられた声にハッとして、紗綾は急いで跳ぶのをやめたが、反動がついたトランポリンベッドは急には止まってくれない。
ヨヨンヨヨンと振動するベッドの上で、紗綾を見つめるルイを見つめ返しながら、羞恥心の中にいた。
憧れの女騎士ルイの前では、聖女らしくいたかったのに、演じる前に終わってしまった。
「……おはようございます、聖女サーヤ様。ベッドに立つと跳ねたくなりますよね。
お風呂を用意していますので、朝食前に体を清められますか?」
振動が止まっても立ち尽くすしかなかった紗綾に、ルイはサラリと場を流してくれた。
さりげないフォローに、ぐっと心臓を掴まれる。
やっぱり女騎士は最高だ。
絶体絶命のピンチの時に、マントをひるがえして助けに来てくれる白馬の王子様のようだ。
「おはようございます。お風呂の用意ありがとうございます。では入らせていただきますね」
「はい。……あの、聖女サーヤ様。私にも気楽な言葉で話していただけませんか?」
ホッとしながらベッドを下りると、ルイにも「気楽な言葉で」と言ってもらえた。
気楽な言葉使いは距離が一気に縮まる気がする。その恩恵にはぜひあやかりたい。
「そう言ってもらえると嬉しいな。ルイさんも気楽にね。早くお風呂に入っちゃうから、ちょっと待っててね」
毎日の食事は部屋に運んでくれると言ってくれたが、ルイは食堂で食べていると聞いて、紗綾も食堂での食事を選んだ。食事はバイキング形式らしく、とても楽しみだ。
バスタブには良い香りのするお湯がたっぷりと張ってあり、紗綾はお風呂に浸かりながら、『後で神殿を案内してくれるって言ってくれてたのに、昨日は寝ちゃったな』と思いだす。
ここに来てから失態ばかり晒している気がするが、元々紗綾は聖女なんてガラじゃない。
この世界に再び呼ばれたというのも、再度の人選ミスだとしか思えないくらいだ。
紗綾は信仰心ゼロだし、寛容さもないし、世界平和を祈るタイプでもない。
誰からも好かれるようなタイプではないし、紗綾自身も誰でも好きになれるわけでもない。「全ての人に愛されて、全ての人に平等に愛を与える人」っぽい聖女とは違う。
『ロイさんは、聖女サーヤはルイさんの憧れだったって話してくれてたけど、もしかして聖女サーヤは清廉潔白な善人を演じてたのかな?』
過去の自分が聖女らしく見えていたとすれば、それはきっと本性を隠していた自分のはず。
過去の自分を思い出す事を拒否したので、もう思い出せない過去だけど、そうやって違う自分を演じてたから、歪みが生まれて追い込まれたのかもしれない。
『聖女サーヤがどんな人だったかは分からないけど、私は私のままでいようかな。演じる前にルイさんに格好悪いとこ見られちゃって今更な感じだし。
聖女としての力の感覚は戻ったから、穢れを祓う事への不安もないし、気楽にいこうかな』
そう考えると気持ちに余裕が出来て、この世界を知る事が楽しみに思えてきた。
早速朝ごはんのバイキングを楽しみにする事にして、「ルイさん、もう上がるね」と、お風呂の外で控えているルイに声をかける。
神殿の食堂はとても広く、食事もとても充実していた。
階級を持たない者が集まる騎士団だからといって、質素な生活を強いられているわけではないらしい。
バイキング形式の見た事もない料理に目移りして、「昨日は夕食も食べてないし」と、ロイやガクにつられて料理を盛りすぎた。
まだ半分もなくならないのにお腹がいっぱいになってしまって、紗綾はフォークを握ったまま目の前の皿をじっと見つめているところだ。
「聖女サーヤ様。無理に食べなくても、残していいですよ」とルイは声をかけてくれるが、「うん……」と答えながらも、自分で盛っておきながら残すのはどうかと躊躇してしまう。
「食べないなら、俺がもらっていいですか?おかわりをもらいに行こうかと思ってたところなんですよ」と、目の前に座っていたガクが、紗綾のお皿を引き取ってくれた。
今日のガクも朝から良い人だ。好感しかない。
『ふう。ご飯を残さずに済んだ』と、改めてまわりを見渡すと、食堂にいる聖騎士は、昨日大神殿で集まった聖騎士より体が大きくて強そうな人達が多い事に気がついた。
「この神殿の聖騎士さんは、大神殿の聖騎士さんより強そうな人が多いね」
紗綾が見たままの感想を口にすると、ガクが食事の手を止めて答えてくれた。
「ええ。うちの騎士団は、穢れた地の前処理担当ですから。強くないと生き残れないんですよ」
「前処理担当?」
言葉の意味がよく分からなくて聞き返す。
「王立騎士団の聖騎士が、穢れた土地を清めるために聖水を撒くのですが、その土地の危険を事前に片付けておくのが我々の役割なんです。穢れた地は魔物が多く出ますので」
「ここの神殿の聖騎士さんが、怖そうなヤツをやっつけてるんだ。危険な仕事だね……。
ここのみんなが魔物をやっつけた後に、王立騎士団の聖騎士さんが聖水を作って撒いているんだね」
『役割が分担されてるんだ』と思いながら話すと、ガクに訂正された。
「王立騎士団では聖水は作れません。今、聖水は教皇エーヴェィル様しか作れない貴重なものなのです。
王立騎士団の騎士の役割は、大神殿から聖水を運ぶ際の厳重な警護と、聖水を撒いて土地を清める事なんですよ」
「え。王立騎士団の騎士さんは、聖水を撒きに行くだけ?」
『役割少なすぎない?』と感じて紗綾は聞き返す。
「俺らの身分では聖水を撒くなど出来ませんからね。それは貴族である王立騎士団の担当です」
「あ〜良いとこどりか〜」
『名誉取りか』と納得して出た紗綾の言葉に、食堂がシンと静まり返った。
しまった。正直すぎた。
食堂中の聖騎士の視線を感じて、紗綾は目立たないように少し背を丸めてみる。
王立騎士団の聖騎士はみんな貴族だと聞いている。
紗綾だって、決してこの世界の貴族を敵に回したいわけではない。
『私のこの口め!』と思うが、出した言葉は戻らない。
このままでは「あいつ無礼な奴だよな」と、この騎士団内で悪評が立ってしまう。急いで自分をフォローしなくては。
「あ、でも。良いとこ取りは貴族の特権ですからね」
紗綾はえへへと笑って失言を誤魔化した。




