恋の残像
ゴールデンウィーク前日。私は実家へ一時帰省すべく、いつもの帰り道と正反対の方角を目指していた。
学校を出発し、道端を歩きながら、なんとなくの気持ちで顔を右に向けて遠くを見る。
視界に入ったのは、ビル街の路上で何やら立ち話をしている二人の青年。此処から見ると、全長が爪の長さくらいのミニサイズに映る。
彼らも私と同じ専門学校に通っている生徒。下校中だ。
一人はボールのように丸々っとした体型で茶髪。
もう一人は、がっちり系の中肉中背で金髪。
二人の体格差が目立つのもあれば、立っている場所は偶然にも人という人が居ない通りだったので、見間違えようがない。
私の歩く速度がもう少し遅ければ。
学校を出る時間が遅ければ。
金髪の彼と鉢合わせて、同じ時刻に発車する電車に乗れたはず。
ご都合主義が報われない厳しい現実と夕方の哀愁じみた街の色で、心がしんみりする。
私は横断歩道の赤信号に差しかかり、人の群れの一部となって立ち止まった。青信号になるまでもっと時間が掛かればよいのにと、まだ期待している浅はかな自分が居て失笑しそうになる。
金髪の彼は、私が此処に居るなんて気付きはしないだろう。見つけたところで気に留めるなんてことはあり得ない。普段は話をするが、友達かクラスメイトか、彼のなかで私はどのカテゴリーに分類されているのか不明だから。
信号機は、望み薄なことをわかっているなら前に進みなさいよと色を変えた。私は大勢の他人がつくる流れに乗って横断歩道を渡る。
「?」
幻聴か、何処からともなく私の苗字を呼ぶ声がした。気のせいだと処理して振り向かず、蛍光灯で照らされた地下に入り、切符を買って改札口を通り抜ける。平日の夕方四時過ぎ、駅のホームはお客さんが少なかった。
「!」
電車が来る方向を見たら彼が立っていた。やっと気づいた、と言いたさげな笑みを向けてくれる。
私は心の準備ができていなかった。不意打ちの登場に心臓がドキドキして、顔を真っ赤に火照らせる。
「い、いつの間に!なっなななななんで此処に居るんですかっ!」
激しく動揺した。瞬間移動でもしたのかと尋ねたくなる。
「おれ、帰り道こっち」
それは知ってるけど、なぜいま此処に居るかの説明にはなっていない。
私が何を訊きたいのか察した彼は、
「姿が見えたから、走って追いかけたんだよ。でも、横断歩道で何回も名前を呼んだのに、おまえずっと前を見てて、こっちに気付いてくれなくてウケた」
と、笑った顔で話してくれた。
…………あああ、幻聴じゃなかったんだ!?
てことは、切符買ってる姿も、歩く後ろ姿も見られてた。
気付かなかった私は大馬鹿だ。
二人で歩ける好機を自ら潰してしまった。
到着した電車は、ほぼがら空きだった。乗り込んだ車両には、端のほうの座席に二人か三人座っていて貸し切り状態。
私はドア付近に立つ。すぐに外へ出られるメリットがあるからだ。
一方の彼は、反対側のドア付近に立って吊り革を握り、前身を此方に向けた。密着されているほうがマシだと思うほど私は見られている気がして、猛烈に恥ずかしくなる。
「……」
「……」
沈黙が気まずい。早く発車して欲しいのにしてくれない。
「一人で乗るときは」と、
彼が先に口火を切った。
「ドア付近に立たないほうがいいよ。痴漢に遭いやすい」
冗談だと思った。高校卒業後も非モテの私が痴漢されるとは考えにくい。
「私を痴漢する人なんて居ませんよ」
「そんなのわからないだろ」
怒ったように注意されたと同時に、電車のドアが閉まる。
なんで怒られるの?恋人じゃないのに。そういうの勘違いさせるってわかんないのかな。
再び漂い始めた気まずい空気。
裸でもないのに、注がれる視線に顔の火照りは消えない。
目を合わすことがツラい。
明日の天気は晴れですかね、ゴールデンウィークは何処かに行くんですか、などなど、二人きりになった途端ポピュラーな話題を振れないチキンな私。
長い沈黙と、何を考えているか読めない視線に耐える。
しかし、おかしなもので、たった一駅しか一緒に居られないことが名残惜しくて寂しい。
駅に到着後、エスカレーターに乗る。この県の玄関になっているメインホームは人の往来が激しい。
「おまえって、ぼうっとしている感じで心配だから、乗り場の手前まで送るよ」
彼が乗り換える路線とは逆方向なのに、隣りに立って歩いてくれる。ラッキーだ。
*
高速バスのターミナルが見えてくると、短い横断歩道の手前で私たちは立ち止まった。此処を渡った瞬間が終着駅だ。ゴールデンウィークが終わるまで会えない。猛烈に寂しくなる。
「此処で合ってんの?」
「はい」
「本当?」
「本当です」
「また来週」
「はいっ。有難うございました!」
彼は私が渡りきるまで、笑って見送ってくれた。
--- 終 ---