夫が優しすぎて幸せすぎる
あ「ごめんね……、貴大さん。明日はちゃんとごはん、作るから……」
食卓を挟んで向かい合う夫に頭を下げる。
顔が上げられない。
妻として、やってはいけないことをしてしまった。
夕食を作り忘れるなんて……
涙がテーブルに落ちそうになる前に、彼の優しい声が私の顔を持ち上げた。
「いいって、いいって。体調よくないんだろ? 何もしないでくれてていいよ。全部俺がやるからさ」
優しいその笑顔が蛍光灯の下で輝いている。
愛に満ち溢れた目で私を見つめてくれる。仕事から帰ったままのワイシャツ姿が白く眩しい。
「……本当にごめんね? なんだか頭がぼぅっとしちゃって……」
彼が食べているコンビニ弁当を見ると、申し訳なさでまた泣きそうになる。
「大丈夫だよ。帰りにコンビニ寄って弁当買って帰ったんだから、何も不自由はないよ。気にすること、ないない」
申し訳なさにその場にいられなくなった。
食卓の椅子から立ち上がると、ぺこりと夫に頭を下げ、言った。
「私……、お風呂沸かしてくる」
「やめろっ!」
夫が突然怒鳴るようにそう言ったので、竦み上がってしまった。
「ど……、どうしたの?」
「あ……」
彼の顔に優しい笑いが戻る。
「……ごめん。全部僕がやるって言っただろ? 美紀は寝てなよ。本当に大丈夫だから」
「でも……」
「気分悪いんだろ? 休んでなって」
頼り甲斐を絵に描いたようなその姿が眩しい。
夫が優しすぎて幸せすぎる。
……でも、昨日までもこんなに優しかったかしら?
頭がぼぅっとして、思い出せない……。
昨日の記憶を辿ると、なぜか冷たい水の中の光景が目に浮かぶ。唇が切れるぐらいに痛んで、心臓が固まったように動かなくなる。
「……うん。やっぱり気分悪いみたい。意識が朦朧としてるっていうか──」
「疲れてるんだよ。美紀、いつも頑張りすぎてくれてるからさ」
そんなに私、頑張りすぎていたのだろうか──
よく、思い出せない……。
「それじゃ、お言葉に甘えて休むね」
私は甘える気持ちをいっぱいに出して、彼に近寄った。
「……じゃ、お休みのキス」
激しい音を立てて、玄関のドアが開いた。
入ってきたのは大きな数珠を前に構えたおばあさん……。誰?
そのおばあさんに、急いで夫が聞く。
「見えますか!?」
「しっかり見えとるぞいっ!」
おばあさんはそう言うと、私に向かって塩を投げつけてきた。
「悪霊退散! 大人しく成仏せいっ!」
塩を投げつけられて、思い出した。
昨日、私は浴室で、夫に殺された。
──思い出した。
浴室には私の死体がある。
思い出したら私は人間の形を留めていられなくなった。
部屋じゅうの壁を這うように、私の黒髪が一瞬で広がった。
「ひ……! お願いします、明神さんっ!」
夫が霊媒師のばばぁの後ろに隠れる。
「こっ……、これひゃ……っ!」
私が飛ばしたババァの首が床に転がる。
そうだった。夫が優しすぎる時は大抵やましいことを隠している時だ。
ただでは殺さない。
私は夫の前に立つと、愛と感謝を込めて、言い渡した。
「もう一度、オマエと結婚してヤル」
そしてシアワセにしてあげるきゃらネハハハハハ……




