記憶の彼方
目を覚ました。私は何をしていたっけ?あれ?全然思い出せない。なぜか知らない場所で、知らないベッドの上で寝ていた。気味が悪い。手首や足首は、包帯でグルグル巻きにされていた。私は何をしていたのだろうか。窓から外を見ると、春の日差しがさしていた。ここは、どこなのだろうか。思い出そうとしても、激痛が走るだけだ。ひとまず、部屋をでた。
「.......え....?」
真っ白な壁に包まれた、病院の匂い。状況がつかめなくなってきた。呆然としていると、誰かが駆け寄ってきた。
「栢野さん。まだ朝ご飯のお時間ではありませんよ。病室でゆっくり休んでいてください。」
ますます状況がつかめない。頭で考えれば、別に分かる話なのに、理解しようとしない。
「どうかしました?」
聞かれて振り返ると、看護服を着た若い女性の顔があった。名札には、藤本と書いてあった。
「.......今日は....いつですか?」
藤本さんは、少し驚いた表情をして言った。
「今日は、2031年の3月23日ですよ。」
また頭を混乱させた。そもそもなぜ、病院にいるのだろうか。しかも、"あの日"は、2025年の2月のはずだ。5年余り経っていることになる。
「......一回座りましょう。その様子では、正常を取り戻したみたいですね。ここに入ってからの様子と、ご家族についてお話します。そして、色々質問をします。よろしいでしょうか?」
コクンと頷いた。一階のロビーのベンチに案内された。
「その様子では、記憶が無いようですね。今覚えている日にちは、何年の何月からですか?」
「.......2025年の、2月です。」
「そうですか。では、ご親友が身罷られた日からでしょうか?そこからお話しますね。」
衝撃的な事実を話された。まず、あの日、由香の死を聞いた直後、倒れたのだという。それから3日入院し、退院。病院内では、食事は愚か、言葉も一言も発しなかったそうだ。家に帰ってからでもそれは続き、遂には包丁を持って夜道を徘徊したこともあったそうだ。さらには、自分の手足の切りつけ。止めようとした父親は、私に刺されて病院送り。それが何ヶ月も続いたらしい。もう限界だったのか母は私を精神病院送りにしたらしい。連れて行こうとすると、暴力で投げ飛ばされたので、無理を言って迎えに来てくれたのだそう。施設送りになったあとも、病室で外をぼうっと眺めていて、食事は最近少しだけとるようになったのだそうだ。
話し終わったあと、藤本さんはこう言った。
「しかし、何の前触れもなく正常状態に戻る事は、今までで聞いたことがありません。何かあったのですか?私も、この仕事を初めてまだ短いですから、あまり分かりませんが.....」
「........由香の声が聞こえたんです..........それで.........目が覚めたらここにいました。」
そうですか、と言って藤本さんは考え始めた。何を考えているのだろう。しばらくして、藤本さんが口を開けた。
「とりあえず、朝ご飯の時間まで自分の部屋でゆっくりしてください。また、お呼びします。」
そう言って藤本さんは病室の扉を閉めた。
1つ、疑問がこぼれた。
聞き覚えのある声だったけれど、
「............あの声は......何だったのだろう........」