思い出 高校3年 [夏休み〜後編〜]
宿題も終わってきて、そろそろ始業式だった。美由から連絡が来た。
美由▶ねぇねぇ!今日皆で温泉行こ!
温泉か…とは思った。でも、夏休み最後だし、行ってみようかな。
由香▶いいよ
哉汰▶俺も
拓巳▶Ok
美由▶じゃあ5時に○◯温泉に集合ね!
着替えを持って外に出た。夕陽が眩しい。海は碧くなく、オレンジ色に光っていた。
「おーい由香ぁ~!こっちこっち!」
美由が呼んでくれたかれこれ20分探していたのになんで気づかなかったのだろう。
「やっと見つけたよぉ。どこ行ってたの?」
「えっと、ロビーをうろちょろしてた。」
「あちゃーまあ集合できただけよし!」
「じゃあ俺ら風呂は入ってくる。」
「おっけー!私達も行こ!6時半ここに集合ね!」
「おう」
良かった。ゆっくり入れそうだ。美由のことだから気遣ってくれたのかなと思いながら沐浴を済ませた。早めにソファに戻ってきたら拓巳がいた。
「よう」
「なんでいるの?」
「なんでって失礼だな」
おかしい。いつもなら哉汰と2人で漫画ルームに行っているのに。なんでいるのだろう。
「えっと…哉汰は?」
「あいつは漫画ルームに行った。」
「拓巳は?行かないの?」
「俺はいい」
なんでだろう。まあ居座るのもよくない。私も漫画ルームにいこう。
「おい」
「何?」
「どこ行くんだ?」
「漫画ルーム。」
「ここで小説読めばいいじゃないか。お前小説よく読んでるだろ?」
うざいと思った。私はここに居座る必要がない。だから去ろうとしているのに。
「小説は好きだけど、拓巳の邪魔したら迷惑でしょ?」
優しめに言った。キレていたけれど。
「いいよ。邪魔になんかならない。ここで小説読めよ。」
いい加減腹立たしくなってきた。
「私の行動は私が決めるから。」
それだけ言うと拓巳は諦めたように何も言わなくなった。私は無視してその場を去った。
6時半頃、また戻ると、美由だけしかいなかった。
「あれ?拓巳は?」
「いなかったよ。最初から。私一人だったよ。」
ということは、拓巳はあのあとどこか行ったんだな。
「お待ちどおさまです。」
「あっほら、来たよ。」
一緒にいる。でも漫画ルームにいた痕跡はなかった。
「じゃあ、ご飯食べよ!良いお店見つけたんだぁ!」
美由が言っていたお店は落ち着きのあるレストランだった。私はそこで、ハンバーグを頼んだが、盛り付けも豪華で、高級そうな雰囲気をだしていた。
「じゃあまた明日!私の家集合ね!午前だよ!」
「ばいばい」
暗くなった町は、電気の光だけが頼りみたいで、とても明るかった。ふと、行きたい場所があったので、一人で行ってみることにした。
小高い丘の上に着くと、暗闇に色とりどりに光る星が180°に広がっていた。生きるっていいなと思った。こんなにも恵まれて生きているなんて、普通って幸せだと感じた瞬間だった。
町に戻り自転車で信号を渡っていると、横からトラックのようなものが来た。
ライトがついてない…?
「…え?…」
由香のお母さんから連絡が来たのは、翌日だった。病院の場所を聞いて急いで向かった。拓巳と哉汰にも連絡して。
「……っ」
そこには酸素マスクをつけられた由香がいた。私が何もできず突っ立っていると、由香のお母さんが病室に戻ってきた。
「美由ちゃん?かしら?」
「はい」
「ごめんなさいね。いつも遊んでくれて。ありがとうございます。」
「いえいえ、私も哉汰も拓巳も楽しかったので。」
「それなら良かった。一つお願いがあって…」
「なんでしょう。」
「由香のお見舞いには、いつも来てくれないかしら?」
「はい。わかりました。」
「ありがとう。でも、用事があるときは無理しないでね。」
そう言って由香のお母さんは病室から出ていった。すごくやつれた顔をしていた。なのに笑顔でいてくれていた。一番辛いだろうに。でも、私も平静を保つのに精一杯だった。
「美由。」
「拓巳。大丈夫?」
「……」
やっぱり、一番ショック受けているのはお母さんだろうけど、拓巳もショック受けているだろうな。由香の事好きだし。
友達のたくさんの管と酸素マスクを付けている姿を見ると、泣きたくなる。今は絶望しかできない。拓巳はずっと下を向いてぼーっとしている。
「ハアハア お待たせっ…」
哉汰も急いで来たみたいだった。これ以上人は来ないだろう。そう思っていると、医者が来た。きっと由香の担当の人だろう。
「えっと…由香さんのお友達ですか?」
「はい。」
「お母様はいらっしゃいますか?」
「さっき病室から出ていきました。」
「そうですか。では、まずあなた達に由香さんの状況を説明します。よろしいですか?」
「…はい」
医者からの由香の状況は、ざっくりいえば昏睡状態だと言われた。どうやら、事故の時に脳卒中や頭部外傷を起こしたらしかった。しかも轢き逃げ。話の終わりは、頭に入ってこなかった。轢き逃げ、昏睡状態、脳卒中…怒りと悲しみと大きな不安が喉の奥を詰めて呼吸がしにくくなった。警察も、轢き逃げ犯を追っているらしいが、周りに人がいなかったためか、田舎なためか、中々見つけられないらしい。手と足が震えた。このまま、由香は死んでしまうかもしれない。ネットで昏睡状態とはなんなのかを調べた。医者からも説明があったが、理解しきれていなかった。理解しようとしなかった。
「……っ」
言葉にならなかった。私に衝撃を与える内容しか書いていなかった。ネットってこういう形でも人の心をえぐるのだと思った。現実をみようとしていないのに、なぜ調べてしまったのだろう。由香の事も見ていない。とりあえず、平静を保つために精一杯だった。
何日かたって、始業式が始まっていたが、私はその日、ずっと病室にいた。由香のそばにいたかった。
次の日に学校に行くと、哉汰と拓巳の仲は最悪だった。拓巳はずっと青白い顔をしている。哉汰は平静を装っているけれど、笑顔がいつもと違う。そこは、拓巳もわかっているらしく、何も言っていなかった。それからは、1日1日がすごく長く感じられた。時が止まったみたいだった。