野犬
男は4匹の犬の群れの中から一匹を選んで照準を合わせた。そして引金を引いた。撃たれた瞬間その犬は飛び上がった。他の犬は即座に散り散りになって逃げていった。しばらく吠えながら暴れていたが、徐々に動きが鈍くなっていき、ついに倒れこんだ。
「石田、たばこ」
「はい」と返事をして石田は白井にタバコとライターを渡した。二人は役所の動物愛護課で、最近街はずれの山に白い野犬が増えてきたという報告を受けて、今日も野犬を麻酔銃で狙っていた。
「だいぶ減ってきたな。」
「そうですね。」
「今逃げていった3匹は、今日はもう諦めよう。3匹も捕獲できる日なんてなかなかもうないからな。」
「そうですよね。今日はラッキーでしたね。」
2人は話しながら撃った野犬のところへ向かった。白井の麻酔銃は効き目が長く、保健所に連れていくまで野犬が目覚めることはない。そして速やかに去勢手術が行われる。
休日、二人は昼間から下町の居酒屋で吞んでいた。16時頃、駅までの帰路の途中、公園で60代くらいの女性がボール投げをして犬と遊んでいるのが見えた。すると突然白井は女性に向かって走り出した。
「白井さん!ちょっと!」といって石田は呼び止めようとしたが、白井は酔っぱらっており、制御が効かなかった。
「おい!そんなおちょくったような投げ方しやがって!もっと遠くへ投げろよ!全然犬も楽しそうじゃねえじゃねえか!」そう言って女性からボールを奪い取り、思い切り遠くへ投げた。その公園は広く、犬は反対側まで猛スピードでボールを追いかけていった。
「あなた何すんの?急に怒鳴ってきて。」
「すいません。白井さんもう行きましょ!」
犬がボールを咥えて戻ってきた。
「おばちゃんを困らせるなよ!僕はおばちゃんにいろんなとこ散歩に連れてってもらって楽しいんだから、余計なことしないでくれ!」とその犬は言った。
「え?そうなの?ならごめん。悪かったよ。」白井は小声でそう言った。
駅のホームで白井は石田に、しばらく酒を飲むのは止めたほうがいいと諭された。
後日、白井は、東北地方で今でもひっそりと続く鳥葬を見に来ていた。たくさんの鳶が、僧侶が肉片を投げるのを今か今かと待っている。一羽の鳶が白井の隣に飛んできて「お前、この前の鳥葬のときにもいたな。」と言った。
「ああ。できるだけ来るようにしてるんだ。」と白井は答えた。
「物好きだな。」そう言って鳶はほくそ笑んだ。
「別にいいだろ。」白井は不愛想に答えた。
「お前、美味そうだな。」と突然鳶が言い出した。
「お前もな。」と白井は答えた。
メールの着信音が鳴った。石田からだ。
【今日も1匹、引き取ってくれたみたいですよ!】と書いてあった。白井はメールを見て深呼吸した。隣の鳶は既にいなくなっていた。