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ユリウス・ヴォイドは友達を作りたい  作者: 馴染S子
第2章 楽しい歓迎会編
41/65

第41話 無茶だよ!

 




「ふむぅ…………」


 せっかくの取材対象であるユリウスとジョージに逃げられて、ピエルは顎を撫でながら彼らの背を見送る。

 走って追いつこうと思えば出来たが、敢えてそれはしなかった。


「どーするんですか先輩、せっかく取材出来てたのに逃げられちゃったっすよ。 あ、でも先輩はなんか掴めてるんすよね?」

「特に掴めてないが?」


 しれっと、ごく普通に、なんでもないようにピエルは返事した。

 

「はぇ?」


 ぽかんとタリアは口を開ける。

 手にした魔道具をうっかり落としかけて、慌てて持ち直す。



「マジっすか。 アレ理解できる先輩マジカッケーって改めて尊敬したのに、じゃあ明日出直しっすか」

「その必要も無い、記事にするだけの文章は揃っている」


 ピエルはぱらぱらとメモ帳をめくった。

 悪筆も悪筆の読めない文章を、書いた本人のピエルだけは的確に翻訳出来ているらしい。

 


「ただユリウス・ヴォイドという人間について、我々はなーんにも分かってない。 それだけは分かったね」

「まあ……そっすね、まともな情報は誕生日とか家族構成とかぐらいっすね」

「その情報が本物ならね」


 ピエルはメモ帳の一部を、またペンで軽くつつく。

 


「我が可愛い後輩のタリア君、ユリウス・ヴォイドという人間をキミはどう思う?」

「……超偉そう、めっちゃ強い、他人とか超どうでもよさげ……白髪褐色赤目?」

「そう、彼は変人だ。 学院に来た初日から問題を起こしている」


 ピエルは神妙な顔をして頷く。

 自分の先輩が一体何を言いたいのか分からず、タリアは首を傾げた。



「だというのに彼のような変人が、どうしてこの学院に来るまで無名で居られたのか。 つくづく不思議だね」

「…………あー、そっすね。 なんか家庭事情があって無名だったとしても、学院に来た瞬間から自我解放されすぎっすね」

「うちの後輩に理解力ありすぎて泣けてくるね。 そう、そうなのだよ。 まるで『ユリウス・ヴォイド』という人物が、この世にいきなり発生したかのようだ」


 そう言って、ピエルはまるで推理する名探偵のように、無い髭を撫でた。



「え、じゃあまさか、偽名とか嘘の経歴とか疑ってるってことっすか。 なんで偽名なんか使う必要あるんすか?」

「今の情報でそこまで分かったら私は名探偵として世に名を残せるよ」


 ただ、とピエルは付け加える。



「ただ今回フランシス様が御呼び出しをなさったのも――そう、バティスタール様の魔法決闘の時にフランシス様が介入なさったのも、ユリウス・ヴォイドがヴィオーザ侯爵の深い関係者だからだ、と考えられる」


 考え直してみれば、妙なことばかりだ。


 フランシスは、たかがヴィオーザ侯爵が後見人になった程度の人間のために何かするような、そんな親切な人間ではない。


 わざわざ平民蔑視などという無意味でつまらない事をしないだけで、彼もまた貴族。

 どんなに繊細優美な外見でも、彼はセルヴェンドネイズ公爵家の長男。


 病弱でなければ、その次期当主となっていてもおかしくない人物なのだから。



「先輩と同じで、フランシス様が『なんか面白そう』で動く愉快犯なだけじゃないんすか」

「その可能性が捨てきれないのがフランシス様なのだよねぇ……………………いや、そもそも…………」

  

 そう言ってから、ピエルは静かになる。

 目を閉じて何かを考え、低く唸り、それから手をポンと叩いた。



「偽名? 嘘の経歴? だからってこんな面白人間の記事を書かずに居られるかねッ、後輩クン!?」

「はい! 是非とも記事にしたいっす!」

「だろう!?」


 二人で興奮しながら顔を見合わせる。



()()()()()()()()()()()()()()()()()という、彼の野望! 是非とも記事にしてやりたいじゃないか! すごく面白そう!!!」


 それからピエルは高々と、大声をあげながら拳を温室の天井に向けて突き上げた。



「そして彼がいったい何者なのか! 暴いてやろうじゃないかァーー! ラディカル新聞部、オーッ!!」

「オーーーッ!!!」


 それに続いてタリアも拳を突き上げる。

 周囲への迷惑も、もちろんユリウス自身への迷惑も関係無く、二人は燃え上がっていた。




 ~・~・~・~・~・~




「ユリウス君ッ!」


 ジョージは慌ててユリウスに追いつく。

 温室の外、あの新聞部の二人が追いかけていないことも振り向いて確認した。



「ぼ、僕、その――ごめんなさいッ!!!」


 言うべきことが頭の中でバラバラに散って、慌てたあまりに勢いよく頭を下げた。

 立ち止まったユリウスの視線が冷たく突き刺さっているのを感じる。



「お前は何を謝罪している」

「あの、ユリウス君のお師匠さんのこと、とか……」


 ユリウスはきっと、師匠のことを隠したがっていた。

 これがユリウスの口から出るのならともかく、他人のジョージが言ってしまったせいで広まるなどあってはならないことだ。

 もしジョージがユリウスの立場だったら『なんて最悪なことをするんだろう』と思う。



「でも、僕師匠さんの名前とか、言ってないから! それにユリウス君の魔法については、何も言ってない、から……!」


 ただの言い訳だと分かっていながらもジョージの口は止まらない。

 ペラペラと自己弁護を続ける。


 師匠の名は言わなかった、魔法のことは言わなかった。

 いったい、だから何だというのだろうか。

『まだマシだった』程度でしかないのに。



「でも僕が師匠さんの存在を言っちゃったのは事実で、だからユリウス君が僕のこと最低な奴だって思うのは当然のことで、友達辞めるって言われても仕方なくて、そもそも僕みたいな最低な奴がユリウス君の友達なんかに相応しいわけがなくって――!!!」


 勢いのままに適当なことをジョージの口は言い続けている。

 自分でも何を言っているのか分からない。


「だから、ごめんなさい!」


 頭を上げて、再度勢いよく下げた。



(僕は何を言ってるんだろう――!?)


 本当に最低だ。


「お前は何を言っている?」


 ユリウスからも似たようなことを、しかも呆れたように言われてしまった。

 更にジョージのことを突き放すように歩き出してしまうので、ジョージは慌ててその後を追いかける。



「師匠については、そもそもとして俺が口を滑らせた事が原因だ。 ジョージ・ベパルツキンには何の責任も無い」

「でも」

「それにジョージ・ベパルツキンは師匠の名までは彼らに告げていない。 だから彼らは偽りの名を信じた」


 淡々とユリウスは言う。

 言ってから。


「……偽名ということも秘密にしなければならなかった」


 そう、己の迂闊さに気付いたようだった。



(あれって偽名だったんだ……)


『ハラホロウロ・ヒレハレウスラ』とかいう冗談みたいな名前は、どうやらただの偽名らしい。

 つまり、いきなりピエル達が知らないはずのことを言われて、それでも咄嗟に師匠の名について嘘を吐いたと。


 しかもそれが、貴族の名前を言い慣れた彼らでも困惑するほど妙に長ったらしく、しかも舌を噛みそうな部類ときた。

 おかげでピエル達は一発で覚えられない珍妙な名前に混乱して、今回での追及を諦めてしまった。


 瞬間的な判断力が、同い年とは思えない。



(実はユリウス君は僕なんかが全く想像出来ないような経歴だったりして……たとえば、なんというか……実は、魔法騎士団とか。 無いけど)


 まだ魔法騎士団に所属出来る年齢ではない。

 騎士団において歴代最年少所属とされている年齢よりもユリウスは年下だ。

 

 なので、有り得ない予想である。



「そして最後の、意味不明な発言だが――俺がジョージ・ベパルツキンを友達とすることに不快感を覚えている、と言いたいのか?」

「あ、あの」

「俺がいつそのような発言をした?」


 ユリウスの顔がいつも通り、いいやいつもより怖かった。

 ジョージの愚かさを咎めているその視線は、いつも以上に鋭く、分かりやすくジョージの愚昧さを責めているようだ。

 苛々されているわけではないのに、怒られているように感じる。


「俺はジョージ・ベパルツキンに不満など微塵も感じていない。 だというのにお前は、俺が不満を感じていると認識している。 何故だ」

「それは、あの」


 ユリウスにそのような事を言われたことは一度も無い。

 全部、勝手なジョージの推測だ。


「お前がそのような発言をするということは、俺の言動の何処かにそれを認識させる要素があったということだ。 どの部分にあるか、具体的な解答を求める」

「そ、その、そんなこと」

「何故言えない。 俺に聞かれては困ることか」

「そんなのじゃなくって」


 はっきりと答えを出さないといけないのに、頭の中で考えがぐるぐる回る。


 どうすればユリウスに納得してもらえるのか、そんなことばかり考えてしまっている自分が居た。

 萎縮してしまって、正論しか言わないユリウスのことを、自分が悪いのに見ていられなかった。



「…………なるほど」


 何が分かったのか、ユリウスが呟いたのが聞こえた。


「これが『圧』ということか」

「えっ」


 何がなのかさっぱり分からなかったが、ジョージは自分の発言を思いだした。

 新入生歓迎会のダンスについて人を誘っても全く良い返事が無いと言っていたユリウスに、ジョージ自身がそう言ったのだ。


 あれはいつのことだ。

 ほんの少し前、まだ一日どころか半日すら過ぎていない。


 

「俺の誠意など相手に通じなければ意味が無い。 俺は悪い意味で目立っており、故にダンスも友達も断られてしまう。 それをジョージ・ベパルツキン自身も感じているのだと、あの時も俺に伝えていたということか。 なるほど」


 本当に、何が分かったのだろう。

 ジョージの発想とはなんか違う解釈をしてユリウスは納得している、そんな気がする。



「であれば、俺はこの問題を突破しなければならない――が、既に突破済だ」

「へ?」


 間抜けすぎる声をあげるジョージに、ユリウスは何故か自信があるように頷いた。



「俺についての間違った情報と勘違いについて、その発信源であるラディカル新聞部に俺の正しい情報を渡した。 彼らが正しく記事を書けば、俺についての勘違いは訂正される」


 何故か、ユリウスは自信満々だった。


 あのラディカル新聞部に対しての、物凄い信頼を感じる。

 明らかにろくでもない人達だったのに。 



「あの人達が変な記事を書いたのが、ユリウス君が変に言われる理由……の一つ、なのに?」


 ただし実際にユリウスが大勢から敬遠される主な理由は、ユリウスの妙に偉そうで威圧的なくせに肝心の部分を伝えない言動のせいだ。

 本当はそう悪い人ではないどころか良い人の部類なのに、ユリウス自身の言動が人を遠ざけている。

 

 ラディカル新聞部がどんな狂った記事を書いたところで、勘違いしない人間は勘違いしない。


 たとえばベアトリスだって、ジョージは苦手だが、良い人ではあると思う。

 少し短気で、すぐ怒る上にはっきり物を言う性格をしているだけで、友達思いな人だ。

 これは彼女を近くで見ている人なら誰でも分かるし、仮にベアトリスを悪く書く記事があったところで否定もしやすい。



 だがユリウスに関しては、本人の言動に問題がありすぎる。

 容姿や身分がどうとかいう問題ではない。

 ユリウスが、無意識だろうと放っているあの圧倒的な、生き物として格上のような雰囲気のせいだ。

 

 ユリウスが誰に声をかけられても、逃げるか怒るかの敵対的な行動を取られてしまうのは、そこが主な原因だと思われる。

 更にユリウスはどうも自分の言動のことを『無害で温厚な生き物』と思っている節があるのが致命的だ。

 

 

 ――という事実を言う勇気は、ジョージには流石に無かった。


 ユリウスが本当はそんなに酷い人ではない、と知っている人は、学院内にどれくらい居るのだろうか。




「彼らはあの魔法決闘を見て、感じたままに記事を書いたのだろう。 それがどれほど真実から乖離したものであったとしても、彼らがそれを感じたのは事実だ。 責める理由はない」

「…………」


 ユリウスは何を言っているのだろう――とジョージは困惑した。


 明らかにユリウスに対して悪意のある記事だった。

 彼らが『なんかこれ書いとけば面白いから』程度の理由で、余計な情報を付け加えたのは明白だった。

 ジョージですら分かることだ、ユリウスが分からないわけがない。



「ジョージ・ベパルツキンに言われなければ俺はこの点に気付く事が無かっただろう。 忌憚の無い意見に感謝する、ありがとう」

「え、いや、その……そんな」


 今のは、感謝されるようなことなのだろうか。


 ユリウスの顔を見れば、やはりいつも通りの半端なく威圧的な無表情で、圧がとてつもない。

 しかし、たぶん本人としては真面目に、とても素直に感謝しているつもりなんだろう。

 


「だというのに何故俺がお前に不満を感じることがあるのか、まるで理解出来ない。 俺の言動の何がお前にそのような勘違いをさせる?」

「え」


 ユリウスは真剣だった。

 真摯にジョージを見て尋ねている。


「何か言いたい事が有れば言ってみろ」

「…………」


 真剣に、ジョージを正面から見ている。

 照れなどというものは彼の中に存在していないらしい。

 見ていて眩しいほど、正しく真剣だ。


「そ、そんなの無くて……その、僕が勝手に、そう勘違いしてるだけで」

「勘違いする理由が俺にあるということか」

「ちがっ――」


 ユリウスの発言はどれもこれも真っ直ぐすぎて、本当に眩しい。

 ジョージのように捻くれて陰気な人間にとってはもはや恐ろしく感じてしまう。


「不満があれば言えばいい」


 どうして、そんな尋ねにくそうなことを、そうも平気で言えてしまうのか。 



「か――――勝手にユリウス君の情報をバラしたり、取材の許可を出したとか思われて、ユリウス君に失望されたのかって思って……」

「俺はその程度の理由でお前に失望するほど心の狭い人間だと思われていたのか」

「えっ」


 ユリウスの表情はやはり変わらない。

 失望も呆れも怒りも読み取らせようとしておらず、全く分からない。


「今しがた発言した通り、師匠については俺が口を滑らせたことが根本的な原因だ。 口を滑らせたことを責められるべきなのは、まず俺だろう」

「でもユリウス君が自分の師匠さんについて喋ることと、全く関係ない僕が口を滑らせるのって、全く違うんじゃないかなっ?」

「同じだ、何も変わらない」


 ユリウスは軽く肩を竦めた、気がした。

 そういう細かい、人間らしい仕草すらあまりしないのがユリウスだ。



「なのでお前が心配するような事は微塵も無い。 そしてお前が居なくても、彼らはいずれ俺に取材を申し込んだだろう」

「それは、うん……僕なんて居なくても良かったよね……」


 それについてはたまたま、都合よくジョージが居たから使われただけだ。

 ジョージが居なければ他の人間が使われただけだろう。



「以前も感じたが、ジョージ・ベパルツキンは何故そうも自分を貶めることが好きなのか。 俺には分からない」

「別に好きなわけじゃ……」

「お前は自分の尊厳を貶めることに性的快感を覚えるのではないのか?」


 知らなかった、とでも言わんばかりだ。

 たぶん本気でユリウスは、ジョージのことをそういう人間だと思っていたのだろう。


「そ、そんな趣味は無いよっ!?」


 慌ててジョージは否定する。

 いくらなんでも、流石にそんなに物凄い趣味はジョージには無い。

 むしろ『そう』と思われた方がよっぽど恐ろしい。



「自己の尊厳を貶めるのが楽しくてたまらないのではないのか」

「そんなことないよっ」

「他者に、己は愚かで役立たずと教えることでお前は興奮するのではないのか?」

「違うよ!?」


 まさか、今の今までジョージのことをそういう風に思い込んできたというのか。


「違うのか」


 ユリウスはおそらく驚いていた。

 まるで本当にジョージが『そう』であると思い込んでいたかのような。 


 だとしたら、ユリウスから見たジョージというのは、相当まずいことになっている。

 他人に苛められることを喜ぶ変態だ。



「では何が楽しくて己を卑下する、言ってみろ」

「た、楽しいなんて、そんな理由じゃ……」

「楽しくもないのに己を卑下するのか?」


 ユリウスにとっては、まるで理解出来ない世界の話だったのだろう。

 今のはそういう物言いで、驚かれているような気がした。



「ジョージ・ベパルツキンはいつでも新鮮な事を言う。 俺には理解しかねる領域だ」

「……ユリウス君はいつだって強いもんね」


 正直、嫌味を言われたのかと思われた。


 ユリウスには『弱い人間』の気持ちが全く分からないのだ。

 ギードの時だってそうだ、あの嫉妬や悔しいという気持ちを全く理解していない。


「ユリウス君みたいに強くて、いつでも堂々としている人ばっかりじゃないんだよ……」


 口では分かっているような事を言って、実際は他人の気持ちなど分からないのだ。



「だからこそだ。 己を卑下することに何の価値があるのか分からない。 しかしそこには、俺にとっては理解出来ない『楽しみ』というものがあるのだろう」

「…………」


『楽しい』など、そんな感情がそこにあるわけがない。

 世の中の人間の行動理念の全てが『楽しい』だけで構成されているなんて、そんなの有り得ない。


 なのに、ユリウスは本気で言っているのか。



(……言ってるんだろうなぁ)


 ユリウスは、いつだって強くて選ばれた側の人間だ。

 だから誰もがユリウスに注目してしまう。


 ジョージみたいな弱い人間の気持ちは、彼には分からない。



「ユリウス君はさ、この学院で友達を千人作るんだよね?」

「ああ」

「その友達って、誰でもいいんだよね?」

「ああ」


 頷かれた。


「それが僕でも、ギード君みたいな人でも、ベアトリスさんやコレットさんみたいな人でも、ヴィクトル様やフランシス様みたいな人でも、誰でもいいんだよねっ?」

「ああ」


 何の迷いも無く。

 分かっていたことなのに、ジョージにとっては崖から突き飛ばされたような気持ちだった。



「じゃあさ」


 どういう返事があるのか分かっていても、勢い止まりそうにない。


「つまり、ユリウス君の友達になる人は、べつに僕じゃなくても良いってことだよね……!?」


 自分は何を、言っているのだろう。

 面倒くさい人間の典型のようだ。

 

 まるでユリウスに『そうではない』と言われることを望んでいるみたいだった。 

 耳元に心臓が移動したように鼓動がうるさいのを感じる。



「ジョージ・ベパルツキンが存在しなければ、俺はお前を除いた千人と友達になるだけだ」

「…………」


 ユリウスは冷酷にそう言い切った。

 何の迷いも無く、『そうでない方がおかしい』と言わんばかりに。


「そうだよね……」


 わざわざ言われるまでもなく分かっていた返事だというのに、ジョージはまるで頭を殴られたような気分だ。


「うん、ユリウス君ならそう言うって思ってたよ」

「俺の言葉を先読みするとは、流石はジョージ・ベパルツキンだな」


 彼は自分の発言の意味が分かっているのだろうか。

 分かっているのかもしれない。



(……勝手にショックを受けてるのは、僕の方なんだもんね……)


 ユリウスは何も悪くない。

 彼は真面目に、問われたことに正確な返事をしているだけだ。

 その目的は最初から今に至るまで何も変わっていない、頭の悪い質問をしたのはジョージだ。


 ジョージは愚かな己を戒めるように浅く吸って、深く吐いた。



「――――そういえばユリウス君、さっき師匠さんの名前が偽名だって言ってたけど……じゃあ、師匠さんの本当の名前って何なの?」


 ジョージのせいでおかしくなった空気を正すように、ジョージは話題を戻した。


「発言を拒否する。 これ以上、師匠の情報を提供することは出来ない」


 が、はっきりと断られた。

 今まで、ユリウスは師匠のことをとても喋りたいのにそれでも秘密にしているようだったから、言われなくてもジョージが察するべきだったのに。


「あ、うん、言いたくないよね……」


 何かあれば口を滑らせるのを自覚しているので、根本的に拒否することに決めたらしい。

 分かるのは師匠とは女で、ユリウスが尊敬するほど強くて、この学院の卒業生で、『色持ち』になるほどの人材ということ、そして名前は『ニーケ』だ。

 


(……案外、先生に『此処の卒業生で元『色持ち』なニーケさんって人をご存知ですか』って聞いたら、一発で誰か分かりそうだけど)


 特等職員に追いかけられて暴れてる人材だ。

 当時から居そうな教師に聞けば、『ああ、彼女ね』と朗らかに言われるかもしれない。


 ユリウスの師匠なのだから、さぞや素晴らしい成績の持ち主に違いない。



 思い返してもみればユリウスの好きな食べ物は、おそらく師匠が作った料理だ。

 好物に師匠が無関係とは思えない。 やはり母親かもしれない。


(それにどうして師匠の名前を教えたくないんだろう……じつは物凄く悪い人で、指名手配されてるとか……?)


 ユリウスが尊敬出来るような凄い人物なのに、名前を伏せなければならない理由。

 ジョージにはそれぐらいの理由しか思いつかなかった。



「でも流石に、さっき取材された時に言ってた誕生日とかは、本当の情報だよね?」

「事実だ。 俺は、『ユリウス・ヴォイド』という人物についての情報を正確に答えた」

「だよね」


 だとすれば、やはり師匠は指名手配犯なのかもしれない。

 繋がりを知られるだけで、これだけ強いユリウスの身すら危険になるほどの、そんな恐ろしい犯罪者だ。


(誕生日とか家族構成とか、嘘吐く理由なんて無いもんね)


 うんうん、とジョージは自分で納得した。



「ねえ、あの後、フランシス様とどんなお話をしてたの?」

「…………」


 黙られてしまった。

 調子に乗って聞いてしまったのかもしれない。


「あっ、ご、ごめん、僕なんかが聞いて良いことじゃなかったよね……!」

「そうではない」


 慌てて話を変えようとしたジョージに、ユリウスは静かに口を開いた。


「ラディカル新聞部に詳細を語らなかったのは、大勢の人間に言い触らす事を目的とした取材だったからだ。 そうであっては困る」

「つまり……あまり騒がれたくない内容ってこと?」

「俺がフランシス=ルシエ・サン・セルヴェンドネイズと交わしたのは、『色持ち』になるための契約だ。 卑怯と言われる可能性はある」

「えっ」


 ジョージは驚いた。


『色持ち』になる方法は大きく分けて二つ。

 能力があると証明し、大勢の人間に認められること。

 そして今『色持ち』である人間から、本人の承諾の元に魔法決闘にて奪うことだ。



「『色持ち』って……そういうのでなれるものなの……!?」


 仮にユリウスが五大名門やそれに近しい貴い身分であり、フランシスがそれを知っていたとして、だから何だというのか。


 生まれ持った身分など関係ない。

 たとえ歴代『色持ち』のほとんどが貴族であったとしても、完全なる実力主義の元に選ばれるのが『色持ち』。


 それを、『色持ちになれる契約』などで選ばれるなど、そんなことは『色持ち』にあってはならないはずだ。



「ユリウス君なら自分の実力だけで『色持ち』になれるよっ! だって、今の『緑』のバティスタール様にも勝てるぐらい強いんだよ!? そんなことしなくたって――」

「そういう話ではない」


 慌てるジョージを、ユリウスは片手で制した。



「俺は己の実力で『色持ち』を得る自信はある。 しかし俺が欲しい『色持ち』の座はただ一つ、フランシス=ルシエ・サン・セルヴェンドネイズが持っている『黒』だ。 他の色に価値は無い」

「どうして」

「師匠が持っていた色だ。 ……………」


 言ってからユリウスは露骨に黙り、露骨に空を見上げた。

 おそらくは『また口を滑らせた』と気付いたのだろう。


(本当に師匠さんの話がしたくてたまらないんだなぁ)


 他は色々と超然としているユリウスだが、師匠の話になった途端、まるで身近な存在のようになる。

 微笑ましい瞬間かもしれない。



「とにかく、『色持ち』になる際に己の色を指定出来るわけではない。 俺は『黒』が欲しいが、俺が資格を得た際に『黒』が空席になっている可能性は低い。 そこを確実に『黒』が指定出来るようにするための契約だ」

「そのためにどれぐらいお金を払ったの……!?」

「金銭ではない、フランシス=ルシエ・サン・セルヴェンドネイズ以外の現『色持ち』全員から俺を『黒』に推薦する署名を貰うだけだ」


 これを聞いて、ジョージは絶句した。

 フランシス以外、つまり六人の『色持ち』から署名を得ること。


 たったの六人。

 だが、その両手で足りる数字の人数の署名をもらうことがどれだけ難しいことか。


 六人にユリウスの目的を話して、『だったら署名してあげよう』と親切に署名してくれる人間が、今の『色持ち』の中にどれほど居るのか。


(ただでさえバティスタール様からは確実に嫌われるのに!? ルナタラーラ様は、分からないけど……!)


 六人のうち、たったの一人から拒否されるだけで終わってしまう。

 そんな危険な話なのに、ユリウスは自覚していないようだ。



「また同時に、俺が『色持ち』となる資格をフランシス=ルシエ・サン・セルヴェンドネイズの卒業までに得る必要がある」

「無茶だよ!」


 更に無茶な話が出て来て、ジョージもつい声を荒げた。


「ユリウス君なら『色持ち』になれると思うけど、だからってフランシス様の卒業までにって、一年も無いよ!? 無茶だよ!?」

「難しいことは承知の上だ。 しかし目の前に可能性を提示されて、食いつかないわけにはいかない」

「だからって……」


 そこまでやれてこその契約だと、フランシスもそんな条件を提示してきたのかもしれない。

 だとしても無茶苦茶だ。

 酷い無茶振りだと言わざるをえない。


 

「俺は対価を支払う必要は無い、失敗したところで『黒』になる権利を失うわけではない。 そればかりか、いずれ接触するつもりではあったが『色持ち』の全員に対する共通の話題を得た。 俺には利益しかない。 『挑まない』という選択肢は無い」

「まさか…………今の『色持ち』の全員を友達にする、ってこと……!?」

「それ以外の解釈があるのか」


 当たり前のように言われてしまった。



(そりゃあ確かに、ユリウス君ならそうなるんだろうけど……そうやって事実を並べられたら利益がいっぱいあるけど……!)


 難しすぎる。 生き急いでるのかと言わんばかりだ。

 そもそも、そんな契約をしてフランシスに何の得があるのだろうか。

 


(でもあのバティスタール様だよ!? バティスタール様は絶対にユリウス君のことめちゃくちゃ敵だと思ってるに決まってるよ……魔法決闘を焚きつけたのはフランシス様なんだから、よく知ってるはずなのに!)


『無理』と分かっていて、わざとやらせているのだろうか。

 フランシスについて聞いた噂と、実際にフランシスを見て感じたことを総合すれば、そうなる。


 無理なことを達成しようと焦るユリウスを見て、楽しんでいるに違いない。


 現状のユリウスでは、とにかく『優しくて良い人』と聞いている『紫』のマルグリット以外は、友達どころか署名も期待出来そうにないだろう。

 唯一同じ普通科の『白』は人に避けられているし、残る『赤』と『青』も人付き合いが悪いらしい。


 それに『緑』のバティスタールみたいな人間が、ユリウスと友達になりたがるだろうか。



 ジョージは頭を抱えたい気分だった。

 自分のことではないが、まるでそれが『出来る』かのように言っているユリウスを見ていると、頭だって抱えたくなる。



「――――そういえばこんな大事なこと、さっきの人達には言わなかったのに、僕には言ってもいいの……?」


 此処まで言わせておいて、ジョージはそんな事が気になった。


 なんといっても、ついさっきユリウスの師匠について口を滑らせたばかりだ。

 信頼されているわけがない。

 次ラディカル新聞部に問われたら、またついつい口を滑らせてしまうかもしれない。



「ジョージ・ベパルツキンは口の堅い人物だ。 大勢に言い触らすことはない」

「――――――」


 さっき、口を滑らせたばかりなのに。



「さ、さっき、師匠さんについて言っちゃったのに?」

「またその話か。 師匠については俺が口を滑らせた事が原因、それにジョージ・ベパルツキンは師匠の名までは彼らに告げていない。 つまりジョージ・ベパルツキンは信頼出来る人物だ」

「…………」


 ジョージは唖然とした。

 どうして、そういうことが平気で言えてしまうのだろうか。



 

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