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ユリウス・ヴォイドは友達を作りたい  作者: 馴染S子
第2章 楽しい歓迎会編
31/65

第31話 嫌ですけど?





 普通科と貴族科のちょうど間にある建物の屋内。

 そこの広々とした石レンガの廊下こそが、一年生の今回の試験順位を発表する場だった。


 まだ発表は行われていないらしいが、自分の順位が気になるらしい生徒が廊下に集まりつつある。

 とはいえそのほとんどが貴族科だった。

 普通科の生徒などごく少数である。


 ちなみに他の学年の順位発表は別の場所で行う。

 そのため、この場に居るのは一年生と、自分より一年生の結果に関心のある生徒ばかりだ。

 


 ユリウスが廊下に現れれば、貴族科の生徒からの視線を一斉に浴びた。

 警戒など様々である。



「ひッ」


 貴族科の生徒達からの視線を浴び、ユリウスと一緒に来たジョージが怯んだ声をあげた。

 まず一歩後退り、次の瞬間にはこの場から勢いよく逃げ出しかねない。

 

 実技試験の間、ずっとジョージは緊張していたが、その理由の一つがこの大勢からの視線だろう。

 


「あの平民って、例の……」

「バティスタール様を一方的に……」

「図々しくあがりこんできた無礼な……」

「新聞の通り……」

「まさか自分の名前があると思っているのか……?」


 こういった辺りは普通科と変わらないのか、ひそひそと小声で話している。

 ユリウスは彼らの間でも有名人らしかった。

 


(俺はこの場で皆に大声で挨拶をするべきだろうか)

 

 貴族科の生徒には、まだしっかりと自己紹介は出来ていない。

 所属の科は違えども全員同じ一年生、他の学年よりは仲良くしやすいだろう。



 それに先日の件もある。


 彼らはユリウスがこの学院に来た目的、つまり『友達を千人作る』というものを正しく理解しているはずだ。

 決して戦闘能力ばかりの人間でないと試験で証明も出来ている。


 貴族とは家柄と伝統だけではなく、能力も伴うからこそ貴族を名乗ることが出来る。

 そんな彼らにとって『実力がある』とは何よりも歓迎するべき点だろう。


 きっと彼らの好意的な関心と興味はユリウスに向いているに違いない。


(『友達を千人作る』という目的のためにも、俺は彼らと仲良く楽しいお話を一つでも多く行うべきだな)


 ユリウスは覚悟を決めて、自分の今居る場所から最も近くに居る貴族科の生徒を見た。


 もちろん相手の名を知っている。

 話しかけておいて相手の名を知らない、などという愚かなことは一切起こさない。



「え?」


 ユリウスの考えなど何も知らない、偶然にも近くに居た貴族科の生徒は、驚いた顔でユリウスを見る。

 続いて、急に病気でも患ったのか顔色が悪くなった。


 それを見て、ユリウスは内心で喜ぶ。



(なんという偶然だ、話題が一つ出来てしまった。 まず『顔色が悪いが、病気か』と軽く尋ね、あとは俺の小粋な話術で場を保たせる)


 ユリウス・ヴォイドというこの少年。

 恐ろしく無愛想かつ無表情で、その凍てつくような視線で見られれば気の弱い人間なら気絶か逃亡をしかねない。

 しかし、ユリウスはそんな自分の欠点を全く知らないどころか気付いてさえいなかった。


『自分は日々を朗らかに溌剌と表情豊かに生きている』と思い込んでいる。


 それは話術についても同じく。

『自分の話術は非常に豊かであり、相手を喜ばせることが出来るものだ』と思い込んでいた。


 それもこれも師匠のニーケが『エドはいつも可愛いわね』と欠点すら一纏めにしてひたすら全肯定し褒めまくったせいである。



「えっユリウスく――――」


 何かを察知したジョージが何か言おうとする。



「なんだ、やっぱり来てたの」


 それより先に、偶然にもベアトリスが声をかけてきた。

 その後ろにコレットが立っていて、ユリウスとジョージを見るとにこやかな笑顔で静かに会釈をする。


「あれだけ言っておいて、自分の結果は気になるのね」

「…………一年生全体の順位が分かる貴重な機会だ」


 ユリウスは、現れたベアトリスに視線を向けた。

 そうしている間に、近くに居た貴族科の生徒はどういうわけか、いそいそと遠くに離れてしまった。



(忙しかったのだろうか)


 せっかくお話が出来るところだったのに、機会の損失をユリウスは残念に思った。

 なので、現れたベアトリスに視線を向ける。


「……ベアトリス=アルマ・フェイタ・アードラーとコレット・ローズも、自身の順位が気になるから来たのではないのか」

「自分の立ち位置を確かめる機会よ、見るべきに決まってるじゃない」


 ベアトリスは自信たっぷりに笑みを浮かべていた。

 五十位の中に混ざれるだけの成績を取ったつもりはあるらしい。


「私はベアトリスさんのただの付き添いですよぉ」


 反対に、コレットは自分の順位に興味が無いらしかった。

 


「……で、ついでにベパルツキンまで来たってわけ? どうせ載ってないんだから、来なくても良かったんじゃない?」


 続けてベアトリスはジョージを見る。

 彼女のユリウスを見る目は対抗心を剥き出しにしたようなものだったが、ジョージを見る目はそれ以下だった。

 嫌いなものを見る目で、話しかけるのも渋々といった様子である。



「ぼ、僕もただの付き添いだよ……」

「ふーん。 そういう事にしてあげるわ」


 ベアトリスはジョージに大した関心が無いようだった。

 自分で話しかけておいて、社交辞令以上の理由は一切無いとばかりに、ジョージへの関心を捨てる。

 


「『どうせ載ってない』など、ジョージ・ベパルツキンの成績も知らずによく言える」

「見なくても分かるわよ、あんな情けない実技を晒しておいて載るわけないじゃない。 試験には時間制限があって良かったわね? でなきゃ全員で待たされるところよ」


 ユリウスが言えば、ベアトリスは鼻で笑う。


 どうも彼女はジョージのことをとても嫌っているらしい。

 反対にジョージはベアトリスを前にすれば萎縮してしまうのだから、互いに相性が悪いのだろう。



(……今更だが、こういう問題もあるのだな)


 ユリウスの目的は『友達を千人作る』こと。

 しかしユリウスと千人の仲が良くても、その千人同士の仲が悪いことだって十分に有り得る。


 既に友達になっているジョージのことはもちろん、ユリウスはたとえ異性だろうとベアトリスやコレットを友達にするつもりでいっぱいだ。

 その二人の相性が悪いのを目の当たりにすれば、流石に気になる。


 今後、ベアトリスから『ジョージ・ベパルツキンと友達になる奴と友達になりたくない』と言われる可能性があるからだ。

 ユリウスからすればそんな理由で友達になる機会を永遠に損失するなど見逃せるわけがない。



 何より、ユリウスは険悪な空気が好きではなかった。

 険悪よりも友好的である方が好ましいに決まっている。

 


「何故、ベアトリス=アルマ・フェイタ・アードラーはジョージ・ベパルツキンをそう目の敵にする。 彼がお前に何かしたというのか。 ジョージ・ベパルツキンは無害だ」

「そいつが、自分より強い奴に尻尾振って媚を売る太鼓持ちだからよ」


 ベアトリスはそう言って、ジョージを睨む。

 

「アンタは知らないでしょうけど、入学したばかりのベパルツキンは『自分は選ばれた存在です』って、それはそれは調子に乗ってたの。 でもギードに負けた途端、急にギードのご機嫌を伺って媚を売るようになったのよ」

「えっと、それは、その」


 ジョージは何か言おうと口を開く。 

 が、ベアトリスの『言いたいことがあるなら言いなさい』と正面から睨む視線に勝てなかったらしい。

 

「ほら御覧なさい、私が事実と違う事を言ってるなら何か一つでも言えるでしょ。 本当に情けない」


 ベアトリスはそう言って吐き捨てる。  



「そしてアンタが授業でギードに勝った瞬間、今度はアンタに尻尾を振ってる。 アンタの近くに居れば、自分もギードに勝てたと勘違い出来るから居るの。 アンタは利用されているだけなのよ」

「………………」


 ユリウスはジョージを見る。


 あれだけ好き放題に言われておきながら、ジョージは何も反論などしなかった。

 ただ所在無いように視線をさ迷わせ、ユリウスやベアトリスと目を合わせようとしない。


 その態度が、ジョージが内心ではどう思っているのかを、しっかりと示していた。


 

「……妄想は自由だが、ジョージ・ベパルツキンと俺の関係性はそのようなものではない」

「じゃあ何だっていうの?」

「友達だ」


 ユリウスは堂々と言い切った。


 何の恥じらいも、ましてやベアトリスを言い負かしてやろうだとか、ジョージのことを好き放題言われて腹が立ったなどというものでもない。

 ただ、事実を言っただけだ。


 ユリウスとジョージは、間違いなく友達だ。



「は? 友達? 嘘。 そいつとあな――アンタが? 本気? いえ、正気?」


 なのにどういうわけか、ベアトリスは驚いた。

 完全に虚を突かれた様子で、素でジョージとユリウスを交互に見る。

 反対にコレットは面白そうに見ている。



「嘘でも冗談でもない。 俺とジョージ・ベパルツキンは友達だ」

「………………友達って単語の意味は、ご存知?」

「無論。 得ると強くなれるものだ」


 バカにするな、と言わんばかりにユリウスは言う。

 続けて、最も重要な本題に入る。 


 

「そして俺は、ジョージ・ベパルツキンとベアトリス=アルマ・フェイタ・アードラーが険悪であることを望まない。 何故なら俺は、ベアトリス=アルマ・フェイタ・アードラーのことも友達にするからだ」


 ユリウスはそう、言葉を噛むことなく、ベアトリスを見て朗々と宣言することが出来た。

 ギードに拒否されて以来、どうにも出来ずにいた宣言なので、改めてしっかりと出来て良かった。



(完璧だ。 何の勘違いも誤解もされようのない、完璧な告白であり宣言だ。 師匠も両手を叩いて喜ぶだろう)


 ユリウスは自分の言葉に、会心の出来を感じていた。

 

 これで何の勘違いをされると言うのだろう。

 ギードとの時はユリウス側に深く反省するべき間違いがあったが、これでなら間違われるわけがない。


 ユリウスの誠意は、一切の過ちもなく伝わったはずだ。



「………………………………嫌ですけど?」

「なぜ?」


 ベアトリスの辛辣な反応は、とても強烈な一撃だった。


 思わずユリウスも本気で驚いた。


 

「嫌に決まってるじゃない。 何がどうしたら危険人物のアンタなんかと仲良くしたくなるのよ? 鏡見たら?」

「毎日見ている」

「じゃあもっとちゃんと見なさい」


 衝撃から我に返り、ベアトリスは呆れた嫌悪の目でユリウスを見ていた。


『やっぱ今のは嘘です、私はユリウス君とお友達になりたいです』など、これから言いだしそうに無い。

 


「何故拒否する。 その理由が分からない」


 ユリウスは驚きのままに言う。

 ギードからも何故か拒否されたが、まさかベアトリスにまで拒否されるとは、本気で思っていなかった。

  

「入学してからずっと問題行動しかしていないような変人と、どうして友達にならなきゃいけないの?」

「俺は問題など起こしていない」

「自覚が無いなら、もっと酷いじゃない」


 はあ、とベアトリスは溜息を吐いた。

 

 やはりこれから『今の嘘でーす、私はユリウス君とすっごくお友達になりたいです!』などと言いだす空気ではない。

 ユリウスにしてみれば理解不能な事態だ。


(彼女は俺がこの学院に来る前の経歴を一切知らないはずだ、この学院に居る俺は人畜無害かつ友好的な人物でしかなく、『友達を千人作る』という任務も周知されている……彼女の目は曇っているのか?)


 理由は分かりそうにない。



「とーっても素敵なお話じゃないですかぁ。 ベアトリスさんはユリウスさんが入学なさってから、ずっとユリウスさんのことを意識してらっしゃるのですよ? きっと、とっても良いお友達になれますねぇ」


 コレットはとても楽しそうだ。

 きらきらと輝くような、心の底から喜ぶ純粋無垢な笑顔でベアトリスを見ている。


「そうか、ベアトリス=アルマ・フェイタ・アードラーは俺を意識しているのか」

「そうなのですよぉ、ベアトリスさんはユリウスさんのことを、すっごく意識しているのですよ」

「つまり彼女の今の発言は」

「照れ隠しですねぇ」


 コレットは楽しそうに頷く。

 嘘や冗談などでは決して有り得ない笑顔だ。

 

(やはり……やはりベアトリス=アルマ・フェイタ・アードラーは照れていたのか……)

 

 つまりユリウスを変人だ何だと言ったのも、同じく照れ隠し。

 ずっと感じていたことを第三者であるコレットに肯定されては、もはや疑いようもない。



 照れたあまり素直になれず、相手にあれこれと言ってしまう現象。

 そういったものにはユリウスにも覚えがある。

 これは第一魔法騎士団のラングレーが、師匠ニーケにあれこれ言うのと全く同じ現象だ。

 

 どうして素直になれないのかユリウスには全く分からないものの、そういう人間も居ると既に知っていたのは、実に素晴らしい経験だった。


 きっとアンジュとベアトリスを会わせれば『この人、エド兄のことが好きで好きでたまらないんだよ』と言うだろう。



(つまり、俺とベアトリス=アルマ・フェイタ・アードラーは、間違いなく友達になれるということだ)


 確信をもって、ユリウスは心の中で頷いた。

 ユリウスの『友達を千人作ろう』大作戦は着々と進行中である。



「違うわよ! 勘違いしてはいけないわ、こいつが常に悪目立ちするのが悪いのよ!」


 ベアトリスは慌てて否定したが、そんな彼女のことをよく知るコレットにこう言われては手遅れだった。

 少なくともユリウスの中からコレットの発言が消えることはないだろう。



「俺達は友達になれるということか」

「良いお友達になれますねぇ」

「期待が持てるな」


 ユリウスとコレットはまるで意志が通じ合ったように、納得して頷いていた。


 この手遅れのような、何を言っても無駄な空気に、ベアトリスは唖然とし二人を見る。

 完全に何もかもが遅い。

  


「そして俺はコレット・ローズとも友達になりたいと思っている」


 もちろん、ユリウスの狙いはベアトリスだけではない。

 コレットも、この学院に居る全員のことも、友達にしようと思っている。



「わあっ、私も良いのですか? すっごく嬉しいです。 えへへ、お友達が増えてしまいました。 ベアトリスさんに続いて、お友達は二人目です」

「奇遇だな、俺もお前が二人目だ」

「すごい偶然ですねぇ」

「ああ」


 のんびりとした反応で、コレットはとても嬉しそうに喜んだ。

 今から一年生の試験の順位を発表する会場とは思えない、非常にのんびりとした良い空気である。


 一人、この空気から取り残されてしまったベアトリスは焦った顔で自分の友人とユリウスの顔を見比べる。

 ジョージなどは最初から空気だった。


「ではよろしく頼む」

「はい、よろしくお願いしますねぇ」


 ユリウスが手を差し出せば、コレットは迷いなくその手を取ろうとした。

 そこにベアトリスが大慌てで割り込む。



「コレット、ダメよ、ダメ! こんな変な奴と親しくしたって何も良いことは無いわ!」

「えぇ? でもユリウスさん、とっても素敵なお友達ですよ?」

「貴方のそういうところは良いところだけど、お友達になる相手はちゃんと選ばないとダメよ……!?」


 そう言って、何故かコレットに縋りつくように反対してきた。

 まるで妹を心配する姉のようである。


 

「――まあ、それってご自分のことですの?」


 第三、いいや第五の声がして、ユリウスはそちらを見る。

 ベアトリスは顔をしかめて、同じ方向を嫌々で見た。



 そこには一人の女子生徒が居た。


 腰までの黄金のたっぷりとした髪はいくつも縦に強く巻かれている。

 赤茶の瞳は強気に輝き、立ち姿からして自信が溢れていた。

 手には何故か豪華な扇を持っていて、広げて口元を隠している。


 胸につけた記章は彼女が貴族科一年生であることを示す。


「ごきげんよう、ベアトリスさん? 平民科では楽しく過ごせているようですわね!」


 ユリウスは全生徒の名ぐらい把握しているので、無論彼女の名も知っていた。



(トゥハンナ=フーレン・ナンスタシア・レーヴェ。 レーヴェ伯爵家の長女か)


 次にベアトリスを見る。



 トゥハンナを見ている彼女の表情は、実に嫌そうで、ジョージに向けるものともまた違っていた。

 すぐに挑発的な笑みへと変わる。



「……まあ、トゥハンナ様? お貴族様がいったいどのようなご用事かしら、平民の話を盗み聞くだなんて趣味がよろしいことで」

「まあまあ、ベアトリスさん? そのように大声で話されていれば、どのような雑音でも耳に入ってしまうものですわ」


 ベアトリスとトゥハンナは笑顔で会話をしている。

 とても仲が良いようだ。



「どうしてベアトリスさんのような方が此処にいらっしゃるのでしょう? ――――ああ! いいえいいえ、構わないのですわ。 平民科でありながら、貴族科よりも上の成績であるかもしれないという僅かな可能性に望みを託して、わざわざ絶望するためにいらっしゃったのよね?」

「私はトゥハンナ様より低い成績になったことは一回もありませんが?」

「オホホホホ! きっと採点の腕が甘かったのですわ!」



 トゥハンナは貴族、ベアトリスは平民。

 通常であれば、貴族と平民はこのように気安い関係などでは決してない。


 が、この二人は少し特殊な事情により、知り合い以上でも何もおかしくはなかった。



 この国の貴族は、所領貴族と無所領貴族に分けられる。

 領地を持つ貴族と、持たない貴族だ。

 同じ貴族でありながら、この間には大きな差がある。


 そしてベアトリスの実家であるアードラー伯爵家は前者だった。

 

 所領貴族とは概ね、長い歴史と誇り高い血統を持っている。

 アードラー家もその例に漏れず立派な貴族で、本来であればベアトリスは貴族科に居るべき人物だ。

 しかし、ベアトリスの祖父と父は大きな失敗をし、領地と爵位を失ってしまった。

 

 そうやってアードラー家に続いて新たな領主となったのが、所領貴族となったことで新たに伯爵の位を得たレーヴェ伯爵家だ。



 ベアトリスのアードラー元伯爵家と、トゥハンナのレーヴェ伯爵家。

 因縁はそれなり以上にあるだろう。



 口元を扇で隠しながらも、トゥハンナは笑っていた。

 それからコレットとユリウス、ジョージを順番に見て、最後にベアトリスを見る。



「オホホホ! 貴族の名誉を傷付けた平民、無様で呑気な平民、試験で酷い実技をした平民! 平民なベアトリスさんのお友達は、とっても愉快痛快な個性豊かさんばかりですわぁ!」


 トゥハンナはオホホホホと大声で笑った。

 愉快痛快と言った通り、本当に面白いと思っているらしい。



「友達ですって!? この男共は友達なんかじゃないわ」

「まあまあまあ? お恥ずかしがらなくてもよろしくってよ? 私のこの高貴な耳には、先程からとっても楽しそうに会話を弾ませていたように聞こえておりましたわ!」

「違うわよ!」


 高圧的に、ベアトリスのことを完全に見下した目だった。

 笑いがこらえきれていない。

 ベアトリスの反応もまた彼女にとって愉快な要素なのだろう。


 ユリウスもまた愉快な気分だった。



(そうか、俺達はもうお友達のように仲良く会話を弾ませていたのか)


 コレットだけではなく、それを聞いていた第三者に認められていたのだ。

 だったらもう『仲良し』に違いない。


(ベアトリス=アルマ・フェイタ・アードラーと本当に友達になる日も近いな……!)


 それは、確信だった。

 ついさっき二人になった友達が、もう三人になろうとしている。


 そして目の前には四人目候補(トゥハンナ)だ。

 


「おほほほ、ベアトリスさん? ひょっとしてそのどちらかの殿方に歓迎会のお相手をお願いするおつもりですの? お目が高いですわぁ!」

「違うわ」

「あらあら違いましたの? あら! まさかとは思いますが、貴族科のどなたかにお願いをするおつもりで?」

「踊るつもりなんて無い、と言っているのよ」


 トゥハンナとベアトリスによる遠慮の無い会話は盛り上がっている。

 家同士の因縁はあるが、科の垣根を越えて二人はずいぶんと仲が良いように見えた。


 ただしユリウスとしては、聞き覚えのない単語のことが気になっていた。



(歓迎会とは……なんだ?)


 その言葉自体は知っているし、師匠にされたこともあり、ユリウスはアンジュのために開いたことがある。


 ユリウスの知るそれは、ケーキを買ってきてご馳走も出しての精一杯の歓迎だ。


 師匠が作ってくれた大きな野菜がごろごろ入ったスープの味は今も忘れられない。

 ユリウスが最も好きな料理がそのスープだが、師匠は同じ味をもう一度作ることすら苦手だった。

 学院に来てしまった以上、次に食べられるのがいつになるのか分からない。



 が、この学院に来てからはどうも、ユリウスが見てきた世間一般の常識と、この学院の常識が異なっているらしいことには、なんとなく気付いていた。

 学院という閉じた環境によって、独自の文化が芽生えるからだろう。

 


「ジョージ・ベパルツキン。 歓迎会とは、夜間に呼び出していきなり魔法決闘を始めることか?」

「え!?」


 すぐ近くに居たため話を振られたジョージは、今にもその場から飛び上がりそうな反応をした。


 なんといってもジョージはユリウスを『歓迎会』に誘ったことがあるのだ。

 実際はギードによる呼び出しで、いきなり魔法決闘を仕掛けられたというだけだが。



 しかしもしかすると、この学院流の『歓迎会』とはそういうものかもしれない。

 そういう可能性は確かにある。



「ち、違うよ……本当に新入生の歓迎会があるんだって……」

「入学から一ヵ月過ぎているのに今更か」

 

 歓迎会などをするには、明らかに機会を逃しているように思われる。


「これは学校行事というより、先輩達が開いてくれる歓迎会だから……最初の試験が終わるまで待つんだって……僕はよく知らないけど……」


 ぼそぼそとジョージが教えてくれた。


「で、あの、内容だけど……食堂あるでしょ。 あそこの一階部分で、男女で踊る舞踏会みたいなことするらしいよ……一年生は全員参加で……」

「なるほど」


 つまりベアトリスとトゥハンナが言っているのは、そのダンスの相手の話だろう。

 ベアトリスにはその相手が居ない、と。


「主催は『色持ち』か」

「うん……そうだって、聞いただけだけど」

「なるほど」


 主催ということは、すぐ近くで会えるということだ。

 他の色に興味は無いが、『黒』のフランシスにはもう一度会いたいと思っていたところだった。

 ちょうどいい機会だろう。


「相手は誰でもいいのか」

「ええと……踊っていいのは一年生と、その相手だけだって…………え? まさか」


 言いながら、ジョージは何かに気付いた風にユリウスを見た。

 ユリウスの質問の意図が読めたらしい。

 そしてジョージが言いたいことに気付いて、ユリウスはその思いに対し肯定で頷いた。


(以心伝心というやつだな。 流石はジョージ・ベパルツキンだ)


 友達なので口に出さなくとも心が通じ合っていることを、ユリウスは喜んだ。



「そこ、何を今更な話してるのよ?」


 二人の会話が聞こえていたらしいベアトリスはユリウスとジョージを睨みつける。

 どうも新入生歓迎会のことを知らないのはユリウスだけだったようだ。


 ユリウスはそうやって睨むベアトリスを、逆に正面から見つめ返す。



「ベアトリス=アルマ・フェイタ・アードラー」

「な、何よ?」


 自分より背の高いユリウスに正面から急に見られて、ベアトリスも驚いて怯む。

 それでも逃げるどころか立ち向かおうとする姿勢は一切崩さないのだから、本当に勇ましい人物だ。


「踊るか」

「…………………はっ?」

「新入生歓迎会だ。 お前は踊る相手が居ないので踊らないのだろう。 なら俺と踊るか」


 ユリウスは淡々とそう言った。


 ベアトリスに声をかけた理由は、現状だと一番近くに居た女子だからである。

 少し立ち位置が違えばコレットに声をかけていただろう。


 それに、ユリウスにとっては教師以外で最も話す女子といえばベアトリスだった。

 


「今の話、何も聞いてなかったの? 私は踊りたくない。 あと、特にアンタが相手だなんて、絶対に嫌よ」

「そうか」


 なら仕方ない、とユリウスはあっさりと諦めた。

 あくまでもユリウスの目的は歓迎会で踊ることであって、その相手が誰なのかなど、些末な問題だった。


 まだ友達になっていないベアトリスとの友好を深められる良い機会だと思った程度だ。



「ではコレット・ローズ、俺と踊るか」

「はっ?」


 ベアトリスの反応が悪いとみて、ユリウスはあっさりとコレットに切り替えた。

 あっさり捨てられてしまったベアトリスも、流石に唖然とする。



「えっ、私ですかぁ? お誘いは嬉しいです、嬉しいですけど……でも私だと、ユリウスさんの足を、たくさん踏んでしまいますよ? それって、すっごく痛いことですよ?」

「俺は構わない」


 コレットの高い身長や豊かな体つきから想定される全体重がユリウスの足に乗ったところで、大した怪我などしないだろう。

 これで実は体が岩より重くなる魔法でも使っていて、その重さがユリウスの小指に集中するのなら話は変わってくるが、コレットについてそんな情報は一切聞いていない。


「俺はその新入生歓迎会とやらに真っ当に参加したいだけだ。 コレット・ローズの運動能力が鈍くても構わない」

「はい!?」


 唖然としながら状況を見ていたベアトリスは、有り得ない言葉を聞いて目を大きく開いた。

 慌ててユリウスとコレットの間に割り込み、コレットを庇うように立つ。



「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!? まさか、アンタっ、踊れさえすれば相手は誰でもいいから適当に声をかけてるの!?」

「内容を聞いたところ、踊ってこそ真に参加したと言えるはずだ」


 流石に今までに見てきた歓迎会で、ユリウスは一度も踊ったことがない。

 そもそも踊る機会があまり無かった。

 師匠達から『踊れた方が得するから』と言われて一通り覚えた程度だ。

 

 踊れと言われれば、貴族による舞踏会だろうと平民による村の祭りだろうと踊る。

 そんな事に対する恥じらいなど、ユリウスには最初から存在しない。



(俺の任務のためにも、俺はこの学院により一層馴染まなければならないからな)


 その歓迎会に『色持ち』が参加するというのも魅力的な話だ。


『黒』以外の色に興味は無いが、彼らの顔ぐらいしっかりと見ておきたい。

 もしかしたらユリウスの鍛錬の相手に喜んでなってくれる人が居るかもしれない。

  


「そんなの、不潔だわ!」


 ベアトリスが、嫌悪という感情を盛大に含めた顔で言った。

 コレットを悪漢から守るように引き離す。



「何が不潔だ。 俺は毎日湯を浴びている」

「『誰でもいいから適当に誘う』っていうのが、精神的に不潔だと私は言ってるのよ!」

「……お前達の意志は最大限に尊重しているが?」


 まるで無理強いをしているかのような言われ様である。


『踊りたくない』と言われれば、相手の意志を尊重するつもりだ。

 実際、ベアトリスにもそうした。 断られたので、コレットに聞いた。


 それだけの単純な理屈だ。

 だというのに、ベアトリスはそれが気に入らないらしい。



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