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おっさんの正体

 ダンテが世話になっている宿は、ギルドからそう遠くない。

 ぼろ過ぎず、かといって豪奢すぎもしないが、食事や掃除などの世話が行き届いている。

 そんな王都でも隠れた名宿のひとつに、セレナ達は連れてこられた。


「おぉ~っ! 広い部屋だぁ~っ!」


 ダンテが案内した部屋を見て、セレナが目を輝かせた。

 彼女達に用意されたのは、ベッドがふたつ用意された、ちょっぴり広い部屋。

 少なくとも『竜王の冠(ドラゴンクラウン)』でひとり用の小さな物置小屋のようなところに押し込められていた頃よりは、ずっとましだ。

 リンもまた、部屋に入って飛び跳ねるセレナを見つめながら、嬉しそうな顔をしていた。


「……ダンテ、さん?」

「ダンテでいい」


 返事を聞いて、リンは彼を見つめた。


「ダンテ……ここ、本当にボクらが泊まってもいいの?」

「当たり前だろ、しばらくはお前らの部屋だ」


 さも当然のように、ダンテは軽く笑った。


「太陽が真上に昇る頃には、おかみの娘さんが掃除に来るから、その時だけ部屋を空けろ。それさえ守れれば、好きに使っていいぞ」

「ありがとう! ダンテって太っ腹だね!」

「やったね、セレナ。野宿はしなくてよさそうだよ」


 リンは部屋に入って、セレナと一緒に窓の外を見たり、クローゼットを開いたり。

 子供のように――事実子供なのだが――はしゃぎ回るふたりの姿を見ていると、ダンテも不思議と楽しい気分になってくる。


「……元気なやつらだ」


 ただ、いつまでもセレナ達といるわけにはいかない。

 ダンテはもうクエストを受注して、今日中にこなさないといけないのだから。


「さて、俺は受注したクエストをこなしてくるから、お前らは部屋でゆっくりしてろ。メシはおかみの娘さんに、夜に持ってきてもらえるよう頼んである」


 彼がそう言ってドアを閉めようとすると、ふたりは慌てて彼のもとに駆け寄ってきた。


「じゃ、じゃあ、あたし達もついてくよ!」


 どうやらふたり揃って、ダンテに恩返しをしたいらしいのだ。


「助けてもらって、宿まで用意してもらったのに、何もしないなんてダメだよ」

「あたし達だって一応冒険者だし、お手伝いくらいできるからさ!」

「ただの採取クエストだ、ひとりでもできる。明日からは忙しくなるし、今くらいはのんびりしておけ」

「でも……」


 申し訳なさそうな面持ちのセレナ達の前で、ダンテは自分の胸を軽く叩いた。


「心臓を触ってみろ、まだ鼓動が早いだろ?」


 言われるがまま、ふたりが自分達のなくはない、リンに関しては完全に平らな胸に手を当ててみると、なるほど、心臓が高鳴っている。

 部屋の広さに感動しているのではなく、また別の理由なのだと、ふたりはなぜか察せた。


「……た、確かに……なんで?」

「危うく死にかけたんだからな。まだ落ち着いちゃいない証拠だ」


 死に初めて直面したであろう少女を、これ以上連れまわしてはいけない。

 部屋に居ろと告げたのは、彼なりの優しさだ。


「そういうわけだから、気持ちだけ受け取っとく。ありがとな、ふたりとも」


 どこか不満げなふたりにひらひらと手を振りながら、ダンテはドアを閉めた。

 そうしてポケットに手を突っ込み、廊下を歩いてゆく。

 明日からは本格的にふたりの面倒を見ることになるし、これまでのように採取クエストだけをこなし続けるわけにはいかない。

 きっと、面倒な討伐クエストも受注しないといけないだろう。


(……厄介なことに首を突っ込んじまったな、ははは――)


 どうしてか、それもアリだと思いながら、彼がは階段を下りようとした。




「――ダンテ・ウォーレン」


 そして、ぴたりと足を止めた。

 さっき誰もいなかったはずの廊下から、彼を呼び止める声が聞こえたからだ。

 顔を一切そちらに向けないダンテだったが、誰が声をかけたか知っていた。


「……クロード」


 廊下の手すりにもたれかかっているのは、マントを羽織(はお)った男だった。

 男とは言ったが、10代前半の彼の美形ぶりと真っ白な長髪は、美女だと紹介されても信じてしまうほどだ。


「キミが他人と組むなんて、随分と珍しい光景じゃないか? 聞けば、彼女達をバカなA級冒険者から守ってやったんだって?」


 美女とも美男ともとれる中性的な声で問いかけられ、ダンテは心底面倒くさそうにため息をついた。

 おまけに、セレナ達を引き取った時とは違う、純粋な不快感を隠しもしない。


「組んでるわけじゃない。面倒を見てるだけだ」


 警告するような声色で、ダンテが言った。


「世間話をする為だけに、俺のところに来たのか? 要件を言え」


 明らかに嫌われているのに、クロードと呼ばれた男は、むしろ嬉しそうな表情だ。


「ダンテ、『()()冒険者』に戻るつもりはないかい?」


 ――『特級(とっきゅう)冒険者』。

 その言葉を聞いた途端、ダンテの指が、腰に下げたナイフの柄に触れた。

 肌に触れる空気が冷たく感じるほどの重圧が辺りを包むが、クロードはおかしなことに、すっかり慣れた様子である。


「ない」

「エースリオス・ゴンドーラ・リットエルド(よん)世の頼みだと言っても?」

「国王サマが、わざわざ万年C級冒険者に執着するか」

「他ならないキミだからさ」


 王都ヴェインを抱えるリットエルド王国の最高権力者、国王エースリオスの名前が出ても、ダンテはまるで動じない。

 国王陛下の頼み事など、普通はあり得ないし、もしも他の誰かが聞いたならば、何もかもを投げうってでも応えようとするだろう。

 つまり、今のダンテの態度は、異様極まりないのだ。


「国に害を及ぼす外敵を滅ぼす、王家直属の人間兵器、通称『特級冒険者』」

「…………」

便宜(べんぎ)上は冒険者と呼んではいるが、その実は戦闘と暗殺のエキスパートだ。そんなバケモノの引退を許したのを、国王陛下は今でも悔いてらっしゃるのさ」

「何年前の話だと思ってやがる」


 ダンテの冷めた返事を聞いて、クロードはクスクスと笑った。


「歴代最強の特級冒険者を手放すのは、今この瞬間のように惜しいものだよ。大臣達は、キミをさらって薬漬けにしてでも連れ戻した方がいいと……」


 しかし、不意に彼は口をつぐんだ。


「その時は、なんで俺の引退を許したか、あのバカどもに思い出させてやれ」


 ドラゴンのような殺気を伴い、ダンテがこちらを睨んでいたからだ。

 彼は数秒ほどクロードに視線を向けてから、無言で階段を下りていった。

 ギシギシと木製の階段が鳴る音が止むと、白髪の美男子はやっとまともに呼吸ができた。


「……ククク、忘れるものか」


 彼の額を伝う汗は、恐怖を隠していた証。

 どれだけ飄々(ひょうひょう)と接していても、ダンテがその気になれば、クロードなど5秒ももたずに肉塊へと変えられる。

 いや、きっとどこの誰でも同じだろう。

 彼と真正面からぶつかって勝てる人間も、モンスターも存在しないのだから。


「キミを敵に回すのは――国にとって、危険すぎるからね」


 小さく呟いて、クロードは霞のように姿を消した。

 廊下にはまた、誰もいない静けさだけが残った。

【読者の皆様へ】


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