白の王子と黒の王子
2023/12/31 2024/7/28 加筆訂正。物語の筋道を整えました。
「あーもぅ、帰りたい。」
森を掻き分け進む彼の愚痴が止まらない。
『ルキに近付く虫はボクが食べてるから安心して!』
彼の肩から首に巻き付いている白い蛇がドヤ顔で言う。
「くれぐれも、食べるとこを俺に見せないでよ、ルル。それから、食べたらちゃんと、水魔法で口を洗ってね!」
ルルの主であるラーネポリア王国の第三王子ルキリオはとある理由で王城の西に広がる自然公園の森を進んでいる。この森は国が管理する保護区域内にあり許可がないと入ることは許されない。
「ここには、厄介な魔虫はいないんだから、ましなんじゃないの?」
欠伸をしながら付いてくるのは一歳年下の異母弟ケイリル。
「……ましだけど、見るのも辛い。ケイリルの作った魔道具がなかったら息も出来ない。」
幼い頃は虫にこれほどの忌避感はなかった。
数年前のとある事件が原因だ。虫使いの悪人に誘拐されそうになった弟を庇って魔虫の犇めく玉の中に閉じ込められたのだ。魔法障壁を展開していたため、耳や口の中に魔虫が入ってくることはなかったが身体中を這われると言う経験をした。それ以来ルキリオは虫がトラウマとなった。
そのトラウマ克服の意味もあり今回の任務に付いた。
有害なものが入ってこないように張る魔法障壁は幼い頃からの訓練で自然と身に付くものであるが、魔道具の開発が得意なケイリルによって魔法障壁を強化出来たためルキリオは虫のいる森に入れるようになった。
「このままじゃ、駄目だと思ってるから、森にきたけど、くじけそう。」
「俺も虫は集団だとてんで駄目だけど、ルキ兄ほどじゃないからなぁ。」
王家が管理する森の奥に【聖なる花】と呼ばれるピュエリアの群生地がある。
その花がそろそろ開花時期になるための確認に赴くのは王家の仕事である。
ピュエリアが咲く所には厄災が来ないと言われているが、ピュエリアが咲く場所は、ピュエリアが選ぶとされていて違う場所に植え替えると白い花弁が色付き、聖なる力がなくなってしまう。
色付いたピュエリアは、ピエリアと呼ばれ、その花の種からは白の聖なるピュエリアは生まれない。
ピュエリアは自身の咲く場所を選んで咲く花と言われ、極稀に民家の庭先に咲いたりする。聖なる花の芽とピエリアの芽は蕾が付くまで区別が出来ない。数ある雑草や草木の中にピュエリアか、ピエリアの芽が出るので追々と草刈りや草抜きが出来ない。住人からの訴えもあり、国王は、ラーネポリア王国の住人である証とも言える使い魔達なら同じ神の使いとも言われているので、芽吹いたことが分かるのではと案を巡らし、実際問題として、そこにピュエリアが有るのか無いのかを教えてくれることが判明した。
王の使い魔は言う。
「早く聞いてくれたらよかったのにね、」
神が成したシステムとでも言うのか、彼等には聖なる花になるかもしれない花の芽が分かるのだ。
ラーネポリア王国の国花でもあるピュエリアが咲くかもしれない芽が出ると民は、その花弁の色を楽しみに育てる。もしピエリアであったとしても色以外は国花と同じ、魔物を寄せ付けない聖魔力はないが、色によって効果の違う魔法薬になるとなれば楽しみも一塩である。
国花であるピュエリアの群生地には花守がいるので、その者からの報告を聞くのも王族の役目だった。
「とりあえず、花のこともだけどルキ兄は虫に慣れてよね、」
ルキリオが虫に慣れなくてはいけない理由。
それは、異母弟スカイのためだった。
彼はインセクターだ。亜人族の中の稀少種で、全亜人種の一割にも満たない。
戦闘能力に優れた種族でありながら集団では暮らさず孤高の戦士とも言われている。
スカイの母は、獣人族の姫でもあるラーネポリア王国第四妃マルティナ。スカイが生まれた時、彼女は実にびっくりした。
双子で産んだスカイとジオン。ジオンはマルティナの獣人族の血を受け継いだ、ブルーグレイの豹の子のようなのに、スカイは、額にオニキスが輝いていた人形をしていのだ。
「額に宝石がある子って、蟲人族の証よね?」
極稀に生まれる蟲人は蟲好きな神の気紛れで生まれると言われ、全く別の種族の子として生まれる。遥か昔は不義の子として扱われることもあり、不遇の人生を送る者もいた。
けれど、数十年前に妖精界の大貴族の長として生まれた者が自身の息子に惜しみ無い愛情を注ぎ、その息子も親の愛情に答えるかのように厄災と向き合い、妖精界の危機を救ったことがあった。この一件は蟲人のことを見直す一助となった。蟲人に対して未だに忌避感を持つ者はいるが一人生まれることで大きな戦力にもなるので対厄災のとこを考えると大きな声で言えない。
ラーネポリア王国の歴史に於いて、王家に蟲人が生まれたことはなかった。
「蟲人の誕生は我が国にとっては、何よりの戦力ではあるが、スカイは我が王家にとって、他の王子同様に宝である。よって、過度に構うことは許さぬ。」
スカイを軍事利用しようと企む輩にとっては痛い言葉であった。
そんなスカイに目を付けたのが件の虫使いだった。魔界からの流れ者である彼は魔虫を使役するテイマーでより強い使役虫が欲しかった。
蟲人を人ではなく彼が使役する魔虫と同様に『道具』だと考えていたようなのだ。
王子とは言えまだ成人に満たぬ子供となれば簡単、上手くいかないと判断した時は隷属の首輪を付ければよい。そんな風に考えていたと言う。
王都の外れに出来た王立図書館への視察に出掛けたルキリオとルキリオを慕うスカイは、施設内で虫使いに襲われた。
手の平大の大きさの虫が作った玉の中に捕らわれそうになったスカイを突き飛ばして助けたのがルキリオだった。
「兄上!」
護衛対象の動きに対応出来なかった護衛は後に減俸処分を受けることになる。
この時ルキリオ十四歳、スカイは十歳。兄上大好きっ子で、黒目に黒髪のスカイは、白の王子と呼ばれるルキリオとは、双子の弟以上にセットとして扱われることが多い。
スカイにとって、優しくていつも陰ながら気遣ってくれる兄。
そんなスカイに虫使いが言う。
「この玉の中のガキを殺されたくなければ、ガキ、こっち来い、で、これを付けるんだ。」
差し出されたのは銀色の輪。
「殿下、いけません!」
護衛の声。
「次、何処に蟲人が現れるか分からん、さぁ、使役してやんよ、」
差し伸べられる手。
「ダメです!殿下っ!」
「で、でも兄上がっ、」
スカイを抑える護衛。
「ルキリオ殿下なら、大丈夫ですよ、ほら、気温が……。」
先程から虫使いの吐く息が白くなっている。
そして、虫玉を形成していた虫がポロポロと崩れては床に落ちてコナゴナになっていた。
「なっ!」
音を立てて玉の下部から足が出てきた。降り立つ足の先には無傷のルキリオが立っていた。白銀のオーラを纏って。
「まったく……可愛い弟をこんな虫玉に閉じ込めようとしたのか?しかも、隷属の腕輪だって?」
完全に崩れた玉は粉々になりルキリオが踏みしめて、更に砕いていく。その彼の肩には白蛇が男に向けて威嚇音を鳴らしている。
近付いたルキリオの足先から冷気が伸びていく。
男はルキリオから発せられる魔力の氣に一歩下がろうとして動かない足に気付いた。
「逃がさないに決まってるだろ、」
地面から足首へと固い氷が這い上がっていく。
男は使役している大型の魔虫を召喚しルキリオを襲う。
「兄上!」
「殿下っ!」
しかし、大型の魔虫はルキリオに触れる一歩手前で凍りついた。そして、床に落ちると粉々に砕け散った。
「ひっ!」
一言悲鳴を上げて男が凍りついた。
「王族を襲った大罪人だ、後は頼むよ。」
護衛の一人が男と共に転移した。
「……兄上……」
心なしか青ざめているスカイに駆け寄るルキリオ。
「あ、ありがと。」
すっかり周囲の気温は元に戻っていた。
「目的の本を見つけたら帰ろう。氷が溶けたら此処は虫の死骸だらけだ。」
想像したらしい。
蟲玉に囚われる寸前に自身の回りに障壁を張った。目や鼻、口、耳に蟲達が侵入することはなかったが、襟元や袖口から入った小さな蟲が肌を這った感覚。服をパタパタと振ると小さな氷片が落ちてきた。
「顔の上を蟲に這われたって言うとったやろ?それが、トラウマになったんやと思うわ。」
ある日、母からの言葉に呆然とした。咄嗟に視線を向けたスカイが傷付いた顔をした。
「言っておくけど、蟲とスカイは全く、全然違うし!スカイのせいでもないし!」
ルキリオが珍しく大きな声を出した。
「で、でも……。ボクの使い魔も苦手でしょ?ルキ兄…。」
二匹の魔蟲がスカイの使い魔だ。
「スカイとピー、ハイは別。これは、決まってることなの!でもって、極力蟲が大丈夫になるよう、訓練するのも決まりなの!」
やや自棄糞気味のルキリオ。
そんな経緯があって、魔蟲の多い森にピュエリアの確認を建前としてやってきたのだ。
「スカイを連れて来たら良かったじゃん。」
「そんな思惑知ったらスカイが傷付くだろ、それにケイリルが居れば万が一魔道具が不具合起こしても対応できるし。」
図書室での帰りでの会話を思い出す。
「さぁ、城に帰ろうな。」
「うん、ボクね、強くなるよ。今度はルキ兄をボクが守るからね!」
頼もしい弟の言葉に頬を緩めるルキリオ。
「今日のおやつは、マルティナ母様の作ったパンケーキだって聞いてる!楽しみだな、」
兄弟は手を繋いで城へと戻っていく。
白の王子と黒の王子は、半分しか血は繋がっていないけれどとても仲が良いのだ。
しかし、今回の任務でルキリオ王子が蟲のトラウマから解放されたとは報告されてない。
「蟲が出たら、片っ端から氷漬けにして粉々にしていくのは克服したとは言えないよね。」
とは、ケイリルの弁である。