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05. ……茶番だな


 取り急ぎお嬢様の無事を確認したメイドはひとまず安堵し、それからぽつりぽつりとこれまでの経緯について話してくれた。

 その内容を要約すると、『お見合いを本気で嫌がったお嬢様が隙を突いて逃走し、誤って迷いの森に足を踏み入れた挙句に行き倒れてしまった』といった感じか。



「お見合いですか……」


「はい。わたくしどもはチェザリアンの者なのですが、ルーダロットのスペルティ侯爵家からお嬢様にお声がかかりまして。家柄的にも年齢的にもちょうど釣り合うご子息がいるらしく、一度顔合わせしてみようという話に……」



 スペルティ侯爵家と言われても、他国の貴族なのでリンソーディアにはいまいちピンとこない。しかし仮にも皇族であったヴェルフランドならばそのあたりのことも知っているかもしれないので、あとで訊いてみることにする。



「つまりチェザリアンからルーダロットに向かう途中だったわけですか」


「は、はい。長く馬車に乗っていましたから、お嬢様が少し外に出て手足を伸ばしたいと。それで休憩するため馬車を止めたのですが、私がほんの少し目を離してしまったばかりに」



 ぎゅっと唇を噛み締めるメイドだが、そういうことはメイドではなく護衛たちの仕事ではなかろうか。

 ともあれ事情は概ね理解した。よりにもよって迷いの森に立ち入ってしまったこのお嬢様にはほとほと呆れるばかりだが、無我夢中で逃げていたのなら現在地なんて二の次になってしまうだろうし。

 そもそもこの森では生き残るほうが稀なのだ。生き残っていた以上、彼女たちの行動を責めるつもりなど毛頭ない。


 問題は、彼女たちが利用できる存在であるかどうかだ。リンソーディアは少し離れたところでうたた寝しているヴェルフランドをなんとなく見つめた。


 素性の知れぬ女性が二人もいるというのに、そんな不確かな存在に対して堂々と背中を向けて眠っている。じつに不用心だ。

 しかし、ヴェルフランドと彼女たちの間には盾のようにリンソーディアが陣取っているため安心して仮眠を取れているらしい。彼から寄せられる無言の信頼にリンソーディアは苦笑した。



「う……」


「お嬢様っ!?」



 そうこうしているうちにフリフリ少女も目を覚ました。すぐさまメイドが反応して、お嬢様が起き上がるのに手を貸している。



「お嬢様。お嬢様、大丈夫ですか? どこか痛いところはございませんか?」


「エミリー……? 私どうして寝て……ここは……?」



 寝ぼけ眼でぼんやりしているお嬢様の体を支えながらメイドがこちらを振り返る。

 そういえばお互いに自己紹介すらしていないことに今更ながら気がついた。どうやらこのメイドの名前はエミリーというらしい。



「こちらの方々が森の中で倒れていたお嬢様とわたくしを助けてくださったのです」


「森……? ……ああ、そうだわ、私はっ……!」



 ようやく状況を把握したのか、お嬢様が慌ててきょろきょろと周りを見回した。そしてそばにいるのがエミリーだけなのを確認してホッと息を吐いている。

 咄嗟に追っ手の心配をする気持ちはわかるが、メイドのエミリーしかそばにいないという現状は些か問題ではなかろうかとリンソーディアはぼんやり思った。この状況下では護衛もそばにいたほうが絶対に良かっただろうに。そんなことを考えていたら、急にお嬢様の目がこちらに向けられた。



「あなたたちが私とエミリーを助けてくれたのね? 私はグレース・ダンハウザー。ダンハウザー侯爵家の次女よ。助けてくれて本当にありがとう」



 ダンハウザー侯爵家。やはり知らない名前だ。あとでヴェルフランドに訊かねばならない名前が増えてしまった。



「私は――」


「ディア、ちょっと来い」



 名乗ろうとした瞬間、うたた寝していたはずのヴェルフランドに声をかけられる。いつから起きていたのか。ちょっとびっくりしながらも「すみません」と断りを入れてから、離れたところで佇んでいるヴェルフランドのもとへと駆け寄った。



「どうしました?」



 念のため小声で話しかける。



「あいつらと話す前に簡単に打ち合わせをしておきたい。お前あいつらをどう利用するつもりなんだ?」



 そういえばまだ具体的な話をしていなかった。リンソーディアはちらりと背後を見る。あちらはあちらでなにやらコソコソ密談中だ。



「あの二人はチェザリアンの侯爵家の人間だそうです。彼女たちの護衛を買ってでるとかで恩を売って、上手い具合にチェザリアンに入国できないかなと。国境さえ越えられればこっちものです」


「チェザリアンの侯爵家? 家名は?」


「ダンハウザーです。ちなみにあのお嬢様は次女だと言っていました」



 ヴェルフランドは記憶を探るように顎に手を当てて俯いた。



「……ダンハウザー侯爵家か。確か『チェザリアンの頭脳』と称されている一族で、当主であるダンハウザー侯爵は今も現役で宰相を務めているはずだ。子供は一男二女。一番下の次女は王立学院(カレッジ)に在籍していて、成績優秀者の兄姉(きょうだい)と同様、常に首席の座に君臨している才女だという話を聞いたことがある」



 予想外の情報量にリンソーディアは沈黙した。……ちょっと、帝国皇子としての彼を舐めていたかもしれない。



「で、ではルーダロットのスペルティ侯爵家というのはご存知ですか?」


「ああ。跡取り息子が飛び抜けた人見知りで、嫁の当てがないと頭を抱えているのがスペルティ侯爵だ。一応お前にもダメ元の打診があったはずだが覚えてないか?」



 寝耳に水な話にリンソーディアは目を剥いた。まさかヴェルフランド以外の相手から縁談がきていたとは!



「えっ、いつの話ですか? まったく覚えがないんですけど」


「一年くらい前の……ほら、キュアの平原で反乱軍を制圧したことがあっただろう。そのあたりだったと思うが。本当に覚えていないのか?」



 一年前。キュアの平原。リンソーディアは必死に昨年の記憶を掘り起こす。過去の自分よ、なんで会うことすらなくその縁談を断ったんだ。別に結婚願望があるわけではないが、あまりにもその手の話が来なくて実はちょっと気にしていたのだ。

 唸りながら思い出そうとする幼なじみの姿をヴェルフランドは生温かい目で見守る。もともと高嶺の花とされていたリンソーディアは、一周回って縁談難民と化していた。ヴェルフランドの最有力婚約者候補だったこともあり、誰も手を出せなかったらしい。しばらくしてリンソーディアはがっくりと肩を落とした。



「……ダメです。キュアの平原で反乱軍と戦ったことは覚えていますが、縁談に関してはさっぱり覚えていません」



 自分の記憶力にがっかりする。なぜ戦いのことばかり記憶に残るのだ。自分は乙女としてのなにかが絶対に欠けている。

 なお、リンソーディアの乙女としてのなにかは以前から欠けまくっていると思うヴェルフランドだったが、賢明にもそれを口に出すことはしなかった。言えば間違いなく毒を盛られる。


 ちなみに降って湧いたその縁談は、二ヶ月近くキュアの平原で膠着状態だったせいでうやむやのうちに破談となっていた。しかし覚えていないリンソーディアにこれ以上トドメを刺す必要もないので、その結末に関しては黙っておくことにする。


 結局なにも思い出せなかったリンソーディアは仕方なく話題を変えることにした。いつまでもグレースとエミリーを待たせるわけにもいかない。



「あと私たちの名前をどうするかなんですけど」


「お前はディアでいいだろ。俺は……フランでいいか」


「うわ、その呼び名懐かしいですねえ」



 今でこそヴェルフランドのことを「殿下」と呼んでいるリンソーディアだが、小さい頃は「フラン様」と呼んでいたのだ。これなら咄嗟でもたぶん間違えない。


 懐かしい呼び名が飛び出してきたせいか、ふとリンソーディアはヴェルフランドと出会って間もない頃のことを思い出した。

 皇室図書館の奥。そこで静かに本を読む、まるで感情のない人形のようだった幼なじみ。


 彼のことをよく知らない者たちは、第三皇子は冷酷非情で人の心がないとかよく言っていたけれど。

 あの頃に比べたら、今のヴェルフランドはこれでも随分と人間らしくなったのだ。まあ、これで人間らしいのならば、この世の人間の九割以上は聖人ではないかと思わなくもないけども。


 ともかくある程度話がまとまったところで、改めてグレースとエミリーに向き直る。あちらも密談を終えたらしい。まずリンソーディアがぺこりと頭を下げた。



「自己紹介が遅れました。私はディア、そしてこちらがフラン様です」


「…………」


「……えーと、他人とは必要最低限のことすら話さない無愛想の塊ですが、彼の場合これが通常仕様ですので気にしないでください」



 なにか言えとリンソーディアが肘でがすがす攻撃するも、頑として無言を貫くヴェルフランド。無関心にも程がある。曲がりなりにも相手は侯爵家の人間なのだが。そしてできれば恩を売りまくりたいのだが。

 しかしグレースは特に気にする様子もなく「別に構わないわよ」とヴェルフランドから目を逸らした。フリフリドレスの見かけによらず淡白な性格らしい。話を切り出したのは彼女のほうからだった。



「今エミリーとも相談していたんだけど、私たちは当初の目的地だったルーダロットじゃなくてチェザリアンに戻ろうと思うの。でもそのためには、まずこの森を抜ける必要がある。それであなたたちに護衛をお願いできないかと思って」


「護衛ですか? 私たちは単なる通りすがりの旅人なんですけど」



 一応すっとぼけてみるが、グレースは心得ているというように頷いた。



「わかっているわ、あなたたちも訳ありなんでしょう? 危険なこの森の中で平然と野宿しているくらいだもの。単なる旅人とは思えないほど腕が立つのね。その腕を見込んでのことよ。報酬はもちろん支払うし、あなたたちの事情に深入りもしないから、護衛の件をお願いできないかしら」



 まさにリンソーディアが提案しようとしていたことを向こうから打診される形になった。手間は省けたが少々不用心なお嬢様である。リンソーディアは肩を竦めた。



「……私たちとしてはお断りする理由がありません。しかしいくらなんでも私たちを信用しすぎでは?」


「まあね。でも私とエミリーがチェザリアンに帰るためには、あなたたちを頼るしかないの。私たちにはほとんど選択肢がない。だからあなたたちを信じて裏切られても諦めるしかないわ。……でも、そうね」



 急にグレースが真剣な表情になったかと思いきや、あろうことか、彼女はリンソーディアに向かって大きく頭を下げてきたのだ。


 思わぬお嬢様の行動に、彼女の横にいたエミリーが驚愕の面持ちで息を呑む。もちろんリンソーディアも驚いた。ヴェルフランドの言葉が正しいならば、グレースはそう簡単に頭を下げていい立場の人間ではないはずなのだ。

 しかしリンソーディアとエミリーの動揺などお構いなしに、顔を上げたグレースは真剣な表情のまま言葉を続けた。



「いま私たちが困っているのは、私が考えなしに行動したせいよ。だから私は裏切られようが殺されようが自業自得。でも、どうかエミリーだけは助けてあげて欲しい。エミリーは私を心配したせいで巻き込まれただけなの。侯爵家まで送れとは言わない。チェザリアンまで、いいえ、この森を出るまででもいいわ。だからお願い、エミリーだけは……」


「お嬢様、なにを言っておられるのですか!?」



 なんとまあ肝の据わったお嬢様である。リンソーディアは呆れた。自分たちが悪人であれば、そんなお願いをされたところで聞き入れるかどうか怪しいところだ。彼女もそれくらい分かっているはずなのに。

 ……でも、きっと分かっていて、危険を承知の上で、それでもなお願わずにはいられないのだろう。自分のせいでこの危険な森に迷い込ませてしまった大切なメイドの無事を。


 リンソーディアは苦く笑った。自分もヴェルフランドの命が懸かっていれば、きっと同じようにするだろう。どれほど無様でも、無謀でも。この人の命だけは、と。どうか、この人だけは。



「……茶番だな」



 ヴェルフランドの声でハッと我に返る。ずっと黙っていたくせに、よりにもよって第一声がこれか。


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