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03. 堂々と正門を突破するぞ


 ヴェルフランドが勢いよく窓を開け放つ。

 すると、まるでその時を待っていたかのような絶妙なタイミングで、大量の矢が一斉に室内へと撃ち込まれてきた。ダダダダッという音とともに、壁やら床やらが一気に穴だらけになる。


 しかし矢による攻撃は想定済みであったため、最初の一斉射撃が止んだ隙を見計らい、今度はリンソーディアが外へ向けて狙いを定めた。


 補給の見通しが立たないこの状況で、貴重な矢を彼女が無駄撃ちすることなどありえない。木の上に潜んでいたらしい敵の弓兵たちを射落とし、彼らが落下していくのを見届けてからリンソーディアは室内へと視線を戻した。



「……よし、こっちは片付きましたよ。ん、あれ、殿下?」



 きょろきょろと室内を見回すも、つい先ほどまで隣にいたはずの幼なじみの姿がどこにもない。もしやと思い窓から下を見下ろせば、一足先に飛び降りていたヴェルフランドと、そこにいたはずの見張りの敵兵たちの落ちた首が視界に入った。


 特に躊躇する理由もなかったので、すぐさまリンソーディアも三階から飛び降りる。直後に背後の扉が突破され「いないぞ、逃げられたか!?」「いや待て、窓が開いているぞ!」という声が外まで聞こえてきた。

 首が落ちた敵兵の装備を剥ぎ取り武装を強化する。あまり強化しすぎても自分の足を引っ張るだけなので、ヴェルフランドはまだ刃こぼれしていない剣を手に取り、リンソーディアは懐から転がり出てきた未使用の水薬(ポーション)をかき集めるだけに留めた。



「いたぞ! 銀髪に深海の瞳! 第三皇子のヴェルフランドだ!」



 バリケードを突破した敵兵たちの声が頭上から聞こえてくる。リンソーディアが威嚇のために上へ向けて矢を撃ちあげると、窓から身を乗り出していた者たちが「うおっ!?」と慌てて顔を引っこめた。その隙に二人はすたこら逃げる。


 いくら卓越した戦闘能力があるとしても多勢に無勢。戦闘は最低限にして、とにかく逃げて逃げて逃げまくるのが一番だ。

 前を走るヴェルフランドの背中をしばらく無言で追っていたリンソーディアだったが、彼が目指しているのは門ではなく厩舎であることを察して途中で思わず口を挟む。



「私が敵なら厩舎はすぐに押さえますが」


「ああ、俺もそうする。だが念のため確かめておきたくてな」



 確かめる? 幼なじみの真意が分からず、リンソーディアは走りながら首を傾げた。

 状況は良くない。皇子宮を脱出してここに来るまでの間に、二人はそれぞれ十を超える敵兵を始末している。第三皇子が逃亡したことはすでに知れ渡っているだろうから、一刻も早く皇宮から脱出したほうがいいに決まっていた。

 それなのにわざわざ寄り道をするヴェルフランド。彼がなにを考えているかなど、やっぱりリンソーディアには分からない。けれど、この状況下で無駄な行動をとる人間ではないことくらい、幼なじみである以上は嫌というほど知っていた。


 さらに数人を斬り捨てたところでようやく厩舎へと辿り着く。思った通りそこは静まり返っていた。恐らくすべての馬が始末されたのだろう。



「ディア、そっちじゃない。こっちだ」



 厩舎の中に入ろうとしたリンソーディアを止めたヴェルフランドは、厩舎の裏手にある馬の飼料置き場へと向かっていく。人間の食物は底をついた皇宮ではあるが、馬の餌だけはまだこんもりと積まれたままだった。



「ここだ」


「飼料置き場の奥に扉ですか。これは分かりにくいですね」


「そうだろうな。恐らくここを知っているのは俺と厩番くらいじゃないか。もっともただの物置だから、他に知っている奴がいてもなんの価値も見出さないだろうが」



 そう言いながらヴェルフランドが扉を開ける。扉の見た目に反して中は広い。

 そしてそこには、なんとヴェルフランドの愛馬二頭が生き残っていたのだった。リンソーディアは仰天した。



「ええ!? まさか殿下、この子たちをここに隠しておいたんですか!?」


「ああ、フラフラなお前を回収しに行く直前にな。籠城も先が見えていたから、敵兵が乗り込んでくる前にダメもとで隠しておいた。どうやら見つからなかったようだな」



 皇宮を脱出する前にヴェルフランドがわざわざ厩舎に立ち寄った理由がようやく分かった。なんというか、さすがとしか言いようがない。

 これで正門突破が現実味を帯びてきた。馬の機動力があるのとないのとでは結果が随分と変わってくる。


 馬に跨がれば世界がまるで違って見えた。

 もう血にも戦いにも死臭にもうんざりだ。それでも先へと進む必要がある。



「行くか、ディア。堂々と正門を突破するぞ」


「わかりました。やっと脱ぐ機会が来たようでなによりです」


「……いつまでそのネタを引きずるつもりだ」



 血と戦いで染まった世界。うんざりするような死の光景。

 それでもその先にまだ見ぬ景色があるのなら。


 二人で行こう。血路を切り開いたその先に。




✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎




 その日、アークディオス帝国は隣国ウィズクロークによって滅ぼされた。

 帝国の属国であった国々は、ティルカーナ公爵家が全滅した時点で帝国に見切りをつけ、ウィズクロークもそれを見越したうえで真っ先にティルカーナ家を滅ぼしにいったようだった。

 この日を境にアークディオスの名は地図から消され、新たに広大な領土を手に入れた『ウィズクローク大帝国』の名が地図の真ん中を踊ることになる。


 しかしウィズクローク唯一にして最大の失敗は、アークディオスの次期皇帝と謳われていた第三皇子ヴェルフランドを取り逃したことだった。


 かの皇子は琥珀金の髪を持つ美しい女性を供にして潜伏していた皇子宮から脱出し、その後はどこで見つけてきたのか不明な見事な駿馬に乗って真正面から門を突破。山ほどの死傷者を出してどこぞへと姿を消したのだった。




✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎




「で、どこに行くんです?」


「完全に追っ手を撒くまではジグザグに進むつもりだから分からん。でもまあ、できるだけ遠くを目指したほうがいいだろうな」


「となると、櫻花皇国かチェザリアン王国あたりでしょうかね」



 無事に皇宮を脱出した二人はそんな会話を交わしながらもひたすら馬を走らせる。さすがはヴェルフランドの駿馬だ。かなり速度を上げて走っているにも関わらず、バテる気配がまったくない。

 リンソーディアは先の戦いで失ってしまった自分の愛馬に少しだけ思いを馳せた。とっても美人で賢い最高の相棒だった。



「海の向こうの櫻花皇国か、大山脈の向こうにあるチェザリアン王国か……」



 ヴェルフランドは唸った。馬を走らせつつどこに行くべきかを思案する。途中で背後から追い縋るように飛んできた矢は後ろも見ずに剣で叩き落とした。リンソーディアが後ろを向いて弓を引き絞る。これで追っ手がまた一人減った。



「お前はどこでもいいのか?」


「どこでもいいですが、しいて言うなら大陸最南端のルーダロット王国ですかね」


「ほう。理由は?」


「ぶっちゃけ海を渡ったり大山脈を踏破したりする元気がありません」



 かなり切実な理由だった。確かにそうだとヴェルフランドは神妙に頷く。

 いくら極限すぎて無敵状態だというリンソーディアでも、とっくの昔に限界を超えている状態だ。これ以上負担をかけられるはずもない。

 とはいえ、追っ手さえ振り切ってしまえば他の街を経由しながらゆっくりと旅をすることも可能なので、リンソーディアとしてはどこへ行くことになっても特に異論はない。ヴェルフランドがぼそりと呟いた。



「あるいは治安の悪い地域に行くのもひとつの手か……?」


「あ、なるほど。冴えてますね、殿下」



 確かに治安の悪い地域ならば訳アリの人間でもすぐに溶け込めそうだ。しかし。



「……いや、ダメだな。やっぱり治安はそれなりに大切だ」


「前言撤回ですか」


「不必要にお前を危険に晒すわけにもいかないからな」



 思いの外きっぱりとしたヴェルフランドの口調にリンソーディアが目を丸くした。そして感心したような顔でしきりに頷く。



「ようやく殿下も人並み以下には誰かの安全を気にかけるようになったんですね。人を人とも思わないあの冷酷無慈悲な第三皇子がこんなにまともなことを言うなんて、明日は槍が降ると思います」


「今すぐお前を囮にしてもいいんだぞ」


「いやですね、殿下。可愛い幼なじみの可愛い冗談じゃないですか」



 いい笑顔を向けてくるリンソーディアに、ヴェルフランドは胡乱げな顔をして黙り込んだ。顔立ちはともかく、中身に関してはここまで可愛げのない奴もそういるまい。美人が霞むほどのふてぶてしさこそが彼女の専売特許である。


 でも、だからこそ彼女はずっとヴェルフランドのそばにいられたのだ。見た目が綺麗なだけのつまらない女であれば、とうの昔に彼に殺されていただろう。

 公爵令嬢でありながら高い戦闘能力を有し、皇子であるヴェルフランドに対しても明け透けにものを言い、時にふてぶてしく、時にえげつなく、いざというときは本当に頼りになる存在。それがリンソーディアだ。彼女の代わりなんているはずがない。


 依然として速度を落とさず馬を走らせる。二人はどちらともなく空を見上げた。

 夜が近い。辺りは徐々に暗くなり、追っ手が焦り始めている気配がなんとなく伝わってくる。いい加減、手段を選ばず攻撃されるかもしれない。

 しかしリンソーディアは知っていた。そろそろ前方に迷いの森が見えてくることを。



「殿下、迷いの森で野宿になりそうですが構いませんよね?」


「ああ。そこまで行けばウィズクロークの兵も追ってこられないだろう。自殺の名所になるくらいの深い森だからな」



 迷いの森。アークディオス帝国内だけではなく、他国の人間からも一際恐れられている死の森だ。

 しかし、リンソーディアもヴェルフランドも迷いの森には鍛錬の一環で何度も出入りしているため、二人にとっては死の森どころか有事の際の避難所くらいの認識である。


 一方、二人の行き先を察した追っ手たちは焦ったように速度を上げた。なんとか足止めしようと矢を連射するが、追跡している間もずっと射っぱなしだったため矢の残数はわずかになっている。


 結局、彼らはアークディオス帝国の第三皇子とそのお供の女性を捕らえることに失敗した。


 一度迷い込めば二度と生きては出られないと囁かれる魔の森に、日が沈んでから立ち入るなど命を捨てるようなものである。

 そんな森の中へと消えていった第三皇子とお供の女性。二人を捕えられず森の入口で悔しさを滲ませるウィズクロークの兵士たちだが、同時に彼らは二人が心中を選んだと判断して引きあげることになった。

 相手がリンソーディアとヴェルフランドという組み合わせでなければ、確かにその判断は正しかったかもしれない。



「……どうやら諦めたようだな。ディア、水場の確保と食料の調達を……おい、嘘だろ。もう寝てるのかお前」



 しばらく様子を窺っていたものの、馬から降りて地面に足をつけた瞬間にリンソーディアは寝落ちしてしまったらしい。地べたに仰向けに寝転がって死んだように眠っている。

 ヴェルフランドは溜め息をついた。自分たちはもちろん馬たちにも水を飲ませたいところなのに。


 しかしヴェルフランドの愛馬は賢かった。パカパカと歩いていって川を見つけてきてくれたのだ。あまりの賢さにヴェルフランドは感動した。この時ばかりはリンソーディアよりも馬たちのほうがいい仕事をしてくれる。


 そんなわけで迷いの森で野宿することになった一行だが、馬たちの活躍のおかげでどうにかなりそうな予感がするヴェルフランドであった。


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― 新着の感想 ―
アークディオス帝国、帝国と言われないほど弱くないか、ティルカーナ公爵家がいないと全滅、どれくらい小さい国でしょう。
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