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02. 極限すぎて逆に無敵です


 どうにかこうにか人払いをしてプライベートスペースを完全にプライベートな空間にしてから、ようやくヴェルフランドもリンソーディアの向かいの椅子に座り直した。心なしかげっそりしたような顔をしている。どうやら最後まで共にいると忠義の騎士たちがよほど粘ったらしい。本当に、冷酷無慈悲なわりに直属の部下たちからは妙に好かれる男である。


 そんな幼なじみの姿に「お疲れ様です」と超適当な態度で労りの言葉をかければ物凄い顔で睨まれた。



「お前という奴は……少しは皇族である俺に敬意を払えないのか。不敬罪でしょっぴくぞ」


「失礼ですね、ちゃんと()()()()()()()()()()敬意を払ってるじゃないですか。しょっぴかれたところで無罪放免なんでいくらでもどうぞ」


「…………んっっとに可愛くないなお前は!」



 ドヤ顔のリンソーディアに反論する気も失せて、ヴェルフランドはすっかり冷めてしまった白湯を黙ってすすった。



『ちゃんと皇族であるあなたには敬意を払ってるじゃないですか』



 彼女は本当に分かっているのだろうか。その言葉の背後にある隠れた意味を。

 きっと分かっているのだろう。幼なじみという贔屓目を抜きにしても、彼女は賢い女性だから。なにも考えずにあんなことを言うはずがない。

 だから分かっていないとすれば、それはその言葉がヴェルフランドにどんな影響を与えているかだった。


 皇子ではないヴェルフランドを知っていてくれること。

 気安い間柄の幼なじみとして遠慮なく接してくれること。

 それがどれだけヴェルフランドにとって喜ばしいことなのか、どれだけ得難いことなのか、リンソーディアはきっと気づいていない。


 でも、それでいい。それだけで十分すぎる。

 だからそれ以上は望まないし、望むべきではないのだ。


 そこまで考えて、ヴェルフランドは一瞬だけ浮かんでしまったその想いを、即座に『不用品』の木箱へと放り込んだ。この感情は自分にもリンソーディアにも必要ではない。少なくとも、今はまだ。

 だからヴェルフランドはその木箱に釘をガンガンに打ちつけたのち、心の奥の奥へと追いやって必要な時まで眠らせておくことにした。必要にならなかったら、それはそれで別に構わないと思って。



「ところでさっきの話だが」


「私をしょっぴく話ですか? 残念ながら昨日を以て司法は完全に機能停止していますので、無駄なあがきはやめたほうがいいかと」


「違う、その話はもう終わっている」


「ああ、私が脱ぐという話のほうですか」


「言い方についてはもう突っ込まないが、そうだ、そのふざけた話のことだ」



 む、とリンソーディアの眉が上がる。自分の態度はともかく、話の内容のほうはふざけているつもりなどまったくない。

 確かにヴェルフランドはリンソーディアよりも強いので守る必要はないかもしれないが、それとこれとは話が違う。


 帝国の盾であるティルカーナ家の最後の一人としては、ヴェルフランドより長生きするとかはあり得ない話なのである。彼を守るためならば、一肌でも二肌でも脱ぐつもりだ。


 ヴェルフランドより先に死ぬ。これはリンソーディアの中ですでに決定事項になっていた。



「そんな物騒な顔で睨むな。安心しろ。簡単に死ぬつもりはないし、お前を置いていく気もさらさらない」


「この状況で死ぬつもりがないとか、あなたどれだけ自信家なんですか」


「お前だって生き延びることを前提に心残りがどうたらとか言っていただろうが」



 軽口を叩き合いながらも、涼しい顔をした彼女の目の下には濃いクマが何日も居座り続けていることをヴェルフランドは知っている。



「お前かなり目つきが怪しくなってるぞ。大丈夫か。大丈夫じゃないな」


「いえ、大丈夫です。極限すぎて逆に無敵です。今の私はどこから敵に襲いかかられても返り討ちにできる自信にみなぎっています」



 から元気あふれるリンソーディアの目の下のクマを、ヴェルフランドはそっと撫でた。なにかしらの反撃がくるかと思ったが、彼女は大人しくされるがままだ。どうやら相当参っているらしい。それもそうかとヴェルフランドは瞑目する。


 圧倒的に不利な戦況下でウィズクロークの軍と戦っていたリンソーディア。そしてなんとか皇帝を帰還させるために昼夜ぶっ通しで馬を駆り続けたリンソーディア。言うまでもなく彼女は完全に満身創痍である。


 その後、命からがら帰還した皇帝の命令により始まった籠城だが、どうしてそんな命令を下したのかヴェルフランドは未だに理解できずにいる。まさかティルカーナ家があの大軍を抑えて戻ってくると本気で信じていたのだろうか。だとしたら愚かすぎる。

 二百の軍と千の軍。勝てるわけなどないことは、火を見るより明らかだというのに。

 

 一ヶ月分は確保してあったはずの備蓄もポンコツどものせいですでに枯渇している。皇帝を逃がすために全滅したティルカーナ家が助けに来てくれることなど当然なく、敵に囲まれている恐怖から逃れるように食に走る者たちが続出したせいだ。

 皇宮を取り囲む敵兵たちをなんとか退けようと皇族や大臣たちは何度も兵を出陣させたが、そのほとんどが戻ってこなかったため戦力はみるみるうちに減っていった。


 籠城が三日を過ぎたあたりで皇族たちは部屋に逃げ込み、大臣たちは皇宮から逃げ出した。ヴェルフランドが逃がした彼直属の使用人や騎士たちとは違い、戦う術を持たない彼らが敵兵に取り囲まれた皇宮から生きて脱出できるはずもない。しかしそんなことにも気づけないほど混乱していたのだろう。

 兵士たちの中からは寝返る者が続出し、最後の切り札として温存されていたはずのリンソーディアは、せっせとその反逆者たちを滅していたためここ二日はろくに休めていない。ヴェルフランドがリンソーディアを探し出して回収していなければ、今頃は皇宮のどこかで倒れてそのまま冷たくなっていたかもしれなかった。



「ディア」


「なんですか」



 外が騒がしい。ついに敵兵たちが皇子宮まで押し寄せてきたらしかった。



「ここを切り抜けて生き延びることができたら、お前はどこに行くんだ?」


「あなたがどこに行くかによりますねえ」



 ティーカップに残っていた白湯を全部飲み干し、最後のひとつになっていたパンを半分こにする。次にいつ飲み食いできるか分からなかったし、そもそもこの先は体力勝負だ。外の音を無視して、二人は最後かもしれないお茶会を楽しむ。



「俺の行き先次第とは?」


「あなたが行くところに私も行くって意味ですよ」



 ヴェルフランドは言葉に詰まった。てっきり自分とは正反対の方向に旅立つという意味で「あなたがどこに行くかによる」と言ったのかと思った。

 妙な表情を浮かべる幼なじみをリンソーディアが怪訝な顔で見つめ返す。



「なんですか、そんな微妙な顔して。私に見惚れてもこれといったご利益はありませんよ」


「…………そうだよな、お前はそういう奴だったな。ちょっとでも期待した俺が悪かった」



 急に不貞腐れたヴェルフランドの様子に首を傾げつつ、リンソーディアはバタバタと騒がしい足音が迫ってきている扉に目を向けた。鍵はかけてあるが、はてさて。


 なにやら考え込んでいるリンソーディアを尻目に、ヴェルフランドはおもむろに立ち上がって扉近くに鎮座していた本棚へと歩み寄った。そしてなにを思ったのか、ぎっしり詰め込まれていた本を無造作に取り出し始める。

 幼なじみの突然の奇行を思わず凝視してしまったリンソーディアだが、数秒置いてその意図に気がついた。そして彼女も本棚から本を取り出す作業を手伝いに行く。



「これでどのくらいの時間稼ぎになりますかね?」


「分からん。だが多少なりとも時間を稼げればそれでいい。三階から飛び降りることになるが問題ないな?」


「さっきも言いましたが今の私は無敵です。不可能はありません」



 そんな会話を交わしつつ、二人は重い本棚を若干引きずりながらもなんとか扉の前へと移動させた。それから急いで先ほど抜いた本の山を棚へと戻していく。

 重い本棚と、その中にぎっしり詰め込まれた重量級の本。総重量は相当なものだろう。

 ついでに二人は本棚の前にさらに椅子やらテーブルやらを組み合わせて上手い具合にバリケードを築いていく。これで敵兵に押し入られる時間を稼ぐのだ。


 扉の向こうに複数人の気配があった。リンソーディアとヴェルフランドは互いの顔を見合わせて、できるだけ息と気配を殺して様子を窺う。



「ここが第三皇子のプライベートスペースか」


「早く始末してしまおう。気弱な第一皇子と脳筋な第二皇子を片付けるのは楽で良かったな」


「油断するな。冷酷非情な第三皇子は次期皇帝と言われている男らしいぞ」


「おい、ここも他の部屋と同じで鍵がかかっているぞ。面倒くせえな」



 敵兵の人数が多い。突破は時間の問題だ。

 このまま迎え撃つことは不可能ではないが、彼らを全員倒したところで敵の援軍がわんさか湧いてくることは目に見えている。どう考えても不利だ。


 ヴェルフランドはできるだけ近づかないようにしていた窓へと歩み寄った。気取られないようそっと下の様子を窺って、敵兵が二人うろうろしているのを確認する。



「二人だな」


「そっちは任せます」


「ああ」



 リンソーディアは弓に矢をつがえた。ここ数日の戦いの中で敵兵から剥ぎ取った戦利品だ。そこまで良い弓矢ではないものの、使うのは今だけなので品質にはこだわらない。あと彼女の本来の得物は弓ではないため、普通に使えるものならば別になんでもいいと思っている。


 窓の下には見張りの敵兵。そして扉の向こうからはバリケードを突破しようとする大きな物音と、降伏しろという敵兵の怒鳴り声が聞こえてくる。状況としてはわりと絶望的だが、隣にいるたった一人の味方の存在のおかげで、不思議と絶体絶命ではないと思えた。


 息を潜めたまま、二人は目だけで合図を送り合う。


 よし、行こう。


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