そして嵐は終わりを告げる。
話が纏まらず随分放置してしまったけど漸く後ちょっとで終わる(T-T)
めちゃくちゃに切りかかってくるナイフを軽く避け、アリッサがスッと腰を落とし、素早くレイチェルの手首を掴むとナイフを奪い取り、そのまま掴んでいる腕を背中の方へ回し、腹へと膝蹴りを入れ、体勢を崩し床に俯せに押し倒した。
あまりの早技にその場にいた生徒達は何が起こったのか理解出来なかった様だが、床に押し付けられているレイチェルを見て息を飲んだ。
「警備の人を呼んできてください」
アリッサの冷静な声に息をする事を思い出した生徒達は慌てて警備員を呼びに走って行った。
「アリッサ、大丈夫?」
「私は大丈夫ですが、ソフィア様は離れていてください」
顔を押さえ付け、腕を捻り上げながら肺の上に膝を押し付けているから動けないとは思うが、用心は大切だ。
何かを叫ぼうとしているが痛みのせいで言葉になっていない。
警備員が走って来て愕然としている。
まぁ、そうだよねー。貴族の令嬢が護身術なんて物出来るとは思ってなかっただろう。
余計な事を叫ばない様に口の中に布を詰め込んでから両手足を縛り、そのままレイチェルは荷物の様に運ばれていった。
警備員の隊長らしき人にライル先生への報告も頼み、漸くソフィア様に笑顔を向けた。
「ね、私は強いんですよ」
「アリッサ」
泣きそうな顔で私を抱き締めるソフィア様を宥めながらこちらに向かって来るライル先生を見た。
「これもデュラン様に言わせると、呆気ないになるのでしょうね」
「アリッサの実力は分かっているから心配はしていなかったが、此処まであれが愚かだったとは思っていなかった、と言うでしょう」
ライルの冷ややかな声に頷いた。
人前で侯爵令嬢のソフィア様にナイフを向けたのだから、どんな言い訳も弁明も無駄だろう。
「彼女の処分は?」
「退学と同時に投獄され、軽くて国外追放。重ければ処刑、ですね」
いくら身分の上下を重視しないアカデミー内でも王族や高位の貴族を害そうとしたら、理由はどうあれ処罰は厳しくなる。
まして、彼女の理由は温情を掛ける類ではない。
ただ、彼女はまだ未熟な学生であるから、多少の考慮はされるだろう。
「ベイレーン男爵の方はどうなりますか?」
全ての悪事を暴かれた男爵にも弁明の余地は無いが、娘の罪状からの逮捕ならば、彼女を切り捨てて無実を叫ぶだろう。
曰く、彼女が独断で実行した、と。
「面倒な主張をされない様、別の罪状で投獄されるでしょう」
確かに、クーデター未遂も売国の国家反逆罪も軽い罪では無いからね。
即日、レイチェルはそのまま投獄され、アカデミーから追放された。
どういう処分を受けるのかは知ろうと思えばディーンあたりが教えてくれると思うが、二度と会わないのだからさして知りたいとは思わない。
夏休みに入り、私やソフィア様は王太子妃教育などで王宮にほぼ缶詰めになった。
「まさか去年の様に王太子殿下の執務室で働いているとは思わなかったぞ」
ディーンとヴォルフが笑いながらスーツ姿の私を見る。
「サイラス筆頭補佐官に捕まりましたので」
万年人不足の上、デュラン様がアカデミーで教鞭を取る事の皺寄せがサイラスに行った。
当然激務になったサイラスさんは夏休みに私が王宮に来る事を知って、様子を伺っていたらしい。
私の王太子妃教育は座学は問題がないとされ、式典などの実地がない時は執務室での仕事を任された。
「式典が無ければアリッサは暇だもんな」
暇じゃないって言ってるのに。
「だが、サイラス筆頭補佐官はデュラン様に仕事をして貰えば、いつでも一緒だ、とか言って丸め込んだんだろ」
そう。サイラスさんは私ではなく、デュラン様を丸め込んだ。
簡単に言えば、私がいるからとっとと仕事しろって事。
「流石。アリッサが王太子妃になっても執務室の仕事させそうだな」
あり得るから言わないで。
「レディ・アリッサ」
サイラスさんが数枚の決裁書類を持って執務室に戻ってきた。
「サイラスさん、その称号は……」
「おや、まだと言われますが、すでに決定事項ですから早くはありません」
「だけど、アリッサの夫はデュラン様だけじゃ無いんですがね」
ディーンが不服そうに言うが、サイラスは静かに頷く。
「承知しておりますが、レディ・アリッサは国母に御成になる。デュラン・フォルス殿下のお妃だからでは無いのです」
確かにそう言う約束でこの婚約は成立したんだっけ。
恐ろしい速さで外堀を埋め尽くされている気がする。
「来年は成人だから、更に外堀が無くなるな」
「本当、婚約即結婚になりそうね」
「えっ?そのつもりだが、拙いのか?」
ヴォルフが驚いた顔でアリッサを見た。
「えっ?婚約期間とか無いの?」
「今がそうだろ。俺達そのつもりで動いてるぞ」
驚きすぎて声も出ない。
「とにかく、今は仕事が先ですね。サイラスさん、その書類は?」
「先日行われた処分の報告です」
気持ちを切り替える為にサイラスさんに声を掛けると、サイラスさんが冷ややかに笑う。
読まなくても内容の予想は付いた。
「そう。ではデュラン様に渡して下さい」
「はい。レディ・アリッサ」
もとのにこやかな笑顔で決裁書類をデュラン様の机に置き、サイラスさんは仕事に戻った。
「正直、アカデミーでの出来事は彼処まで徹底しているとは思いませんでした」
書類の所為で思い出してしまった疑問が口から零れる。
「あれは俺達の自衛でもあったんだ」
ヴォルフの言葉に首を傾げた。
「自衛?」
「ああ。あいつはアリッサが言っていたよりも狡猾で、心の隙間に入り込む手腕が異様に巧みだった」
ディーンが言うのだから相当な物だったに違いない。
「アリッサという存在が無ければ誰もあいつが言っている事を疑ったりしなかっただろう」
どんだけ口が上手かったんだ?聞いてみたかった気がする。
「ただ、俺達が抱えていた悩みやトラウマを言い当ててきたのは驚きより気味の悪さを感じた」
「既に解決していたから余計に気色悪かった」
ディーンやヴォルフに悩みがあった事にちょっと驚いた。
「それに、話もした事ないくせに俺の家の事を知っていたから速攻で調べさせた」
またハリスさんの仕事を増やしていたんですね。
私の視線の意味を正確に理解しているディーンはちょっと視線を逸らしたが、ヴォルフは頷いていた。
「皆大体同じだ。それにあの猫撫で声は気持ち悪い」
気持ち悪いってばっさり切り捨てたよ。
「とにかく皆さんに被害が無くて良かったと思うのですが……」
「そういうならアリッサもあいつの媚を売ってるのに傲慢な目を見てみろ。腹の底から気持ち悪いぞ」
どんな目でディーン達を見てたんだ?
「想像が出来ませんが、お疲れ様です」
色々聞くと怖いので申し訳ないけど早々に話を切り上げた。
「まっ、終わった事だ」
ヴォルフがゆったりした笑顔でアリッサの髪を撫でた。
後、一回くらいで終わりたいなぁ。




