優秀な方が動くと怖い
今回は宰相閣下がいっぱい出ます。
単純に考えても彼女はかなり追い込まれているだろう。
思い通りにならないことでは無く、存在を完全に無視される事は人としてかなり辛い。
このままだといつ彼女が暴走するか判らない。
でも、私だって聖人君子じゃないから彼女が自分で自分の間違いを理解する迄は手を差し出すつもりはない。
此処をゲームの世界だと勘違いして人を蹴落として自分勝手にして良い人間なんて1人もいない。
もっと言うなら、ゲームと勘違いしても周りの人達や状況をきちんと見極めて行動する事が大事。
「彼女が自分の行いを反省してくれればいいのですが」
「すると思うか?自分だけが幸せになれば全てが不幸でも良いなんて思う奴のことなどアリッサは気にしなくて良い」
デュラン様の言葉は冷たいが多分、正論だろう。
「悲しいですね。そう言う考えしか持てない境遇って」
「愚か者にまで優しいね」
「優しいのではありません。どんな人でも、人として誰かに愛されたい、必要とされたいと思う事は当然ですから」
少し悲しいけど、彼女が暴走した時はこの身をかけてソフィア様をお守りしないと。
義務や義理では無く、口にした約束を私が守りたいだけなんだから。
「それよりアリッサ、かなり楽しい情報が入って来たよ」
「楽しい情報?」
思い当たる事がない。デュラン様の性格から私があたふたする事を考えているかもしれない。
少々警戒しながらデュラン様を見ると
「バリエールから手応え十分だと」
もの凄いいい笑顔で答えてくださった。
相変わらずこの国の官僚は仕事が速い。数週間前に話したのに、もうエナリソンを追い詰めているんですか。
「宰相閣下の有能さには泣けてきます」
あはは、とデュラン様が楽しそうに笑う。
元はと言えば馬鹿な事を画策した方が悪いんだけど、絶対容赦なく追い詰めているんだろうなぁ、バリエール宰相閣下は。
アリッサが溜息をついた少し前、アステリア王国の王宮に1人の外交官が内密で、とバリエール宰相に面会を申し込んで来た。
「おや、顔色が悪いですな。体調が優れないのなら、無理に此方に来る必要がないのでは?」
「バリエール宰相閣下。何故、あの様な事を」
怒りなのか恐怖なのか、外交官は小刻みに震えている。
「なんのことですか?」
「バリエール宰相閣下」
「さて、用事が無いのでしたらお引き取りを。私も暇ではないので」
「何故、貿易の船を入港させないのですか」
「あぁ、愚かな事をしたのだから、当然の報いです」
バリエール宰相は冷淡な目で自分の前に居る青い顔で震えるエナリソンの外交官を観察している。
「しかし……。ですが、このままでは我が国の民が飢えて……」
「何故、貴国の失態の尻拭いを我々がしなければならないのですか?」
バリエール宰相は最初に忠告し、次にベイレーンと手を切れ、と警告をした。
だがエナリソンはアステリア王国の警告を無視して準備を進めていた為、貿易を遮断し始めた。
数週間とは言え、食料の大半をアステリア王国に頼っているエナリソンにしたら死活問題だ。
「キフェルの盟約に従ってもいいのですが」
エナリソンでは故意に忘れていた古い盟約はアステリアでは今だに有効な事だと言葉にして示された。
故意に忘れていても破棄したわけでは無いので表舞台に引き出せば有効な盟約のままだ。
侮っていたのだ。
穏やかで波風の無いアステリア王国は危機感の無い愚鈍な国だ、と。
「国王より親書をお送りします」
「賢明な判断を」
国が問題もなく穏やかなのは、不穏な芽を事前に潰して来たから保てている事をエナリソンの国の者達は骨身に染みて理解しただろう。
よろよろと執務室を出て行く男の後ろ姿を見ながらバリエールはふむ、と顎に指を当てた。
「形骸化したキフェルの盟約になんの力があるのか、と思っていたが良い脅し文句になったものだ。アリッサ嬢は本当に聡い令嬢だね」
自分の手元で仕事をさせたかったが、王太子妃になっても彼女の可能性は無限大に感じる。
ファビアンから彼女の伝言を受け取った時、少し彼女の判断は甘い、と思った。
自分達の計画を知っている、と脅してもエナリソンはのらりくらりと誤魔化し、戦争の準備をするだろう。
そう思っていたが、追い詰める手段は国政を預かる者達がいくらでも持っている事を理解し、アリッサが全てを言わなかった事に気が付いた。
「本当に聡い令嬢だ。我々の力を最大限に発揮させる場所を設け、自分は身を引く。他人の功績を横取りする者は居ても、あの様に功績を求めない姿はなんと美しい事か」
アリッサへの賛辞が後から後から湧いてきて、バリエール宰相は恋をしているかの様に胸をときめかせていた。
数日後、エナリソンから国王の元に親書が届いた。
内容は軍部の暴走で不穏な空気を撒き散らし、アステリア王国に迷惑をかけた謝罪とこれからもエナリソンはキフェルの盟約に従い、アステリア王国の良き隣国である、と締めくくっていた。
「かなり甘い処分ですが、ここら辺が落とし所でしょう」
バリエール宰相が国王に進言すると、国王は満足そうに頷く。
「やはりアリッサは素晴らしい令嬢だ。国の母に相応しい」
「誠に。では別口の案件もそろそろ処理を始めます」
この親書はアリッサ達が探し出した情報によって引き出された結果だと誰もが理解している。
数多の情報を精査し、的確な指示を出しているのにその功績を求めない。
国王の頭の中ではアリッサは既に王太子の妃となって、候補者と言う言葉すら浮かんでこない。
優秀な方がフットワークも軽いと凄い事になるんだろうなぁ。




