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ヒロインって?

ヒロインがなんかとんでもない子になってしまった。

新年が明けてからベイレーン男爵は何かしらの行動はしているようだが、クーデターの兆しも無く物事は停滞しているが、時間は過ぎていきマイルは無事、文官の試験を突破して内務省に勤務する事が決まった。


「おめでとうございます」

「ありがとう」


卒業式の後、生徒会役員達がささやかな祝いのパーティーを開き、マイルの卒業と試験合格と内務省勤務を祝った。

相変わらずマイルは人の良さそうな笑顔で祝福の言葉を受けていたが、アリッサにふと、寂しげな笑顔を見せた。


「マイル先輩?」

「もう、君とは同じ職場で働くことは出来なくなってしまったね」


アリッサは卒業と同時にデュラン達との婚約が成立し、王太子妃としての教育が待っている。


「残念ですが、王国の役に立つ事は同じです」


アリッサの目にはもう迷いが無い。

デュラン達に求婚されたばかりの時は戸惑いも見せていたが、彼らが本気でアリッサを愛し、共に生きる事を望んでいる事を理解したら、その真面目な性格からアリッサは現実を真正面から受け止め、最善を尽くす事を決めた。


「そうだね。僕もデュラン様が受け継ぐ王国を守る者として最善を尽くすよ」


差し出された手を握り、マイルは強く頷いた。

そして新学期が始まる前に、新入生達の入学手続きが始まった。

去年、アリッサ達も手続きをした、クラス分けと寮の部屋割りで、職員達の手伝いに生徒会役員達が顔を揃えた。


「レイチェル・ベイレーンって、たしか」

「ピンクの髪の、だった気がする」


ヴォルフが書類を見ながら隣に居るアリッサに聞けば、アリッサがあやふやな記憶を引っ張り出して答えた。

アリッサにしてみれば、父親は問題あり、の存在だが、ソフィアに害が無ければ別に興味もない、新入生だから記憶もあやふやだ。


「ピンクのって、あれか?」


ヴォルフが嫌そうな声でアリッサの意識を列に並ぶ1人の少女に向けさせた。


「そう……みたいね」


一瞬言葉を失う。

ピンク、たしかにピンクだけど……

前世で見たパッケージではもっとパステル系の可愛らしい色合いであった気がする。

だが、目の前の列に並ぶ少女の髪は目に痛い、どぎついショッキングピンク。しかもツインテールにしていた。


「目が痛くなるぞ」

「遠くからでも分かるね」


2人ともさり気なく視線を外し、他の場所に居る仲間達を探した。

当然、ロデリック達も確認していた。


「容姿に対して何かを言うのは良くないが」

「驚いた。あんな色の髪もあるのね」

「すげー色」


ロデリックやソフィアは一応言葉を濁していたが、ディーンは直球で呆れていた。

髪の色に驚いたが、容姿は可愛い方だ。

小柄なのに胸だけはやたら大きくて、小顔のヒロインらしい姿だ。

ただ、彼女のピンクの目はあざとさが滲み出て、口元には傲慢な笑みが浮かんでいた。


「あれで俺達を籠絡するつもりかよ」

「より優れたものを知らなければ、可能性はあるかもな」


ディーンとロデリックの感想に、ヴォルフは無言で頷いた。


「そろそろ手続きの順番が来たようです」

「どこのクラスかしら?」


アリッサが注意を促すと、ソフィアは可愛らしく首を傾げる。

ゲーム設定では、Aクラスであったがライルが冷たい笑みで彼女を見ている。


「なんとなく、Dクラスな気がします」


アリッサが呆れたように書類を見ながら呟けば、ロデリック達も頷いた。


「多分そうだろうな」

「馬鹿っぽい顔してるしな」 


ヴォルフとディーンの辛辣な感想に反論は無い。


「何で私がDクラスで、6人部屋の寮なのよ」


もの凄く甲高い怒鳴り声が、離れているアリッサ達の所まで聞こえた。

手続きをしている職員達が、完全に固まっている。 


「訂正。馬鹿っぽいじゃ無くて、あれは馬鹿だ」


ディーンは完全に呆れていたし、ヴォルフは既に敵認識を持っているようだ。

だけど、困っている職員を放っておくのは気の毒なので、仲裁に入ろうとしたら書類を見ていたライルが冷ややかな口調で間に入った。


「レイチェル・ベイレーン男爵令嬢。アカデミーでは実力主義をモットーとしている。君の試験の得点は最下位で、後1、2点足りなければ合格はできない程の酷さだ」


それは女子の中で最下位では無く、学年全体の最下位を意味している。

合格ラインギリって、不味くない?

アカデミーのレベルの高さは市井の学校より高いから、気を抜けばすぐに転げ落ちてしまう。

周りに誰もいない事を確認してから、そっとソフィアに話し掛けた。


「ソフィア様、確かヒロインって」

「頭が良くって頑張り屋の健気な女の子、ってなってたはずよ」


ですよね。完全に別人です。


「ゲーム設定でも、強制力もないようね」


ソフィア様がホッとした顔をするから、ほぼ無視しても問題は無さそうだ。

だが、持っている物が気になる。

大事そうに肩にかけた鞄の中身は、多分パソコンだろう。

この世界にはない物だから、彼女は自分達とは違う、転移者かも知れない。

ミステリーではお目に掛からない設定だけど、SF小説の中ではたまに見た事がある。


「ソフィア様、あの鞄の中身は多分パソコンでしょう」

「そうなると、彼女は転移者ね。乙女小説にあるもの」


乙女小説にもその設定、あるんですね。


「ですが、電源の無いこの世界では使えない物ですから」

「でも、リセットくらいは出来るわ」

「リセットしてどうするのです?時間が巻き戻るとは思えないですし」

「気にいる設定になるまでやり直すのよ」


あっ、ソフィア様が怯え出してしまった。

そのやり直し云々は別にしても、持っていると面倒な事になりそうな予感がする。


「どうにかして壊しますか?」

「出来る?出来るならお願い」


ソフィア様の怯えた目が今にも泣きそうだ。


「何か考えてみます」


一旦、ソフィアから離れ、アリッサはまだ文句を言っているレイチェルを観察し始めた。

完全に自分は優秀で、周りからチヤホヤされる事を疑っていない様だが、実際は新入生達から嫌悪の目で睨まれている。


「あの鞄の中身さえ確認できれば、どうにか出来るんだけどね」


思考が言葉になってしまったことにアリッサは気が付いて、自嘲の笑みを浮かべた。

観察していると漸くレイチェルが諦めたように列から離れ、噴水のある広場に向かった。

座る場所が彼処しか無いから、何人かの新入生達も其処に居て、不機嫌そうなレイチェルを嫌そうに見ている。


「お前の所為で今年の新入生達が、愚か者の集まりみたいだと思われたらどうするんだ」


突破、新入生の1人がレイチェルを怒鳴り付けた。

当然、先程の騒ぎを皆知っているから、わらわらと集まり、レイチェルを糾弾し始めた。


「本当にいい迷惑だ」

「ダントツの学年最下位だなんて、恥晒しもいいところよ」

「煩いわね。私は本当はAクラスで、あんた達なんか相手にしないのよ」

「学年最下位が何言ってんだ」


苛立ちは判るが、やり方が悪い。

1人を大勢で罵倒するのは、犯罪者に対してだけにしてくれよ。

騒ぎが大きくなる前に止めよう、とアリッサが頭を抱えた時、男子生徒の1人がレイチェルの鞄を奪い、噴水の中に放り込んだ。


「ぎゃあ、何すんのよ」 


あっ、パソコン、壊れたな。

いくら防水加工がされてても、あれは不味いだろう。

そうアリッサが思っていると、レイチェルが鞄を拾おうとしたのを押し除け、もう1人の生徒が噴水の中に入り、鞄をガンガン踏みつけた。

水の中なのにバキバキって硬い物が壊れる音が聞こえる。

パソコン、完全にスクラップになったな。

アリッサは思考することをやめた。

だが、騒ぎは収めないといけない。


「やめなさい」


厳しい声で、アリッサが生徒達を静止させた。


「ゴードウィン伯爵令嬢」


噴水の中にいる生徒が驚いたようにアリッサをみた。


「やめなさい。貴方達は1人の生徒を大勢で糾弾するためにこのアカデミーに来たの?」


彼らに歩み寄るアリッサの言葉に、騒いでいた生徒達が項垂れる。


「貴女も、自分が正当に評価されていない、と言うのなら、言葉では無く、実力で見返しなさい」


悔しそうにアリッサを睨み、唇を噛むレイチェルはどう見ても可愛くない。


「アリッサ、何があったの」


ソフィアが驚いた顔でアリッサ達の方に走って来た。 


「あんたの差し金ね。やっぱり、あんたがあたしをいじめろって命令したのね」 


凶悪な顔でソフィアを悪様に罵って来た。

ディーンじゃ無いけど、こいつ、馬鹿だって思っちゃったよ。


「今、会ったばかりの新入生の貴女に、何故ソフィア様が何かをする、と思うのですか?その思い込みの激しい所も直しなさい」


この女の攻撃の矛先を自分に向けておけば、対処しやすい、とアリッサは咄嗟に判断し更に厳しい言葉をぶつけた。


「あんたになんか聞いてない。モブのくせに煩い」


モブ?意味が解らない。でも、攻撃の矛先はこっちに向いたな。


「たかが男爵令嬢の貴女が、このアカデミーで何が出来ると言うの?」


アリッサは殊更馬鹿にしたような口調で、レイチェルを見下した。


「あたしを好きになる人達はみんな、偉いんだから」

「馬鹿馬鹿しい。いもしない恋人に何を望むのです?」

「あんたなんか、処刑台に送ってやる」


ほう、やれるものならやってみなさい。

レイチェルが叫ぶと、冷たい顔をしたヴォルフがスッとアリッサの横に立った。


「ならば、俺はアリッサを守る為、剣を抜こう」

「では、私はアリッサを法で護ります」


歩きながらライルが宣言すれば 


「俺はアリッサから離れないぜ」


人混みから姿を現したディーンがにやにや笑いながらアリッサの肩に手を回した。


「何で」


レイチェルが青い顔でディーン達を見る。 


「何で?当然だろ。俺達はアリッサの婚約者なんだから」


ディーン、私達はまだ婚約者候補なんですが、聞いてませんね。

ディーンの笑顔は目が笑っていない事をレイチェルは気が付いていない。


「婚約者?ありえない」


何を考えているのか、青褪めた顔が次第に怒りの為赤くなっていく。


「何をもってありえない、と言うのか判りませんが、事実は覆りません」


愛しい恋人達の真ん中でアリッサは毅然と顔を上げ、冷ややかにレイチェルを見据えた。


「今に見てなさいよ」


捨て台詞を残し、噴水の中の鞄を拾い、レイチェルはズンズンと寮に歩いて行った。


「騒がせてしまったようだけど、皆さんも寮に戻りなさい」


騒ぎに唖然としていた新入生達に声を掛け、アリッサ達もその場を離れた。


「アリッサ……」

「ソフィア様。お騒がせしました」

「どうして自分からあいつの敵になったの」


ソフィアの泣きそうな顔をアリッサは、優しげな笑みで見詰める。 


「一年前、初めてお会いした時、お約束しましたから」


あの中庭で私はソフィア様に約束した。

ソフィア様を守る、と。

ソフィアはポロポロと涙を流し、唇を噛む。

気が付けばヒロインが悪役令嬢ばりのキャラになってしまった。

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