だって好きなんだもん。
やっとこ男性陣の感情を書けたよ。
「アリッサ、話がある」
翌日、王宮から戻ってきた私を怖い顔をしたディーンやヴォルフ、そしてライル先生が揃って呼び出し、いつもの人気の無い中庭に集まった。
「話は聞いた」
なんの?と誤魔化したいが、無理そうだ。
3人がとてつも無く怒っている。
いや、焦っているようで、怖い。
「王太子殿下とアカデミー卒業後、婚約する事が決まったそうですね」
情報入手、早すぎでしょ。
「まだ候補者ですし、王家からの要請に、断ると言う選択肢は無いので」
「そこは理解してます」
ライル先生の紫紺の目が鋭過ぎて背筋がゾクゾクする。
「じゃあ聞くが。アリッサ、お前は王太子の事が好きなのか?」
「貴族の結婚には個人の感情は、さして優先されませんし」
「王太子はお前にベタ惚れだ、と聞いたぞ」
ディーンの情報収集能力の高さは、こんな時にも活躍するのね。
「王太子殿下への今までの対応で、何処に好意を抱いてもらえる要素が有ったのか、私が聞きたいくらいです」
これは偽りのない自分の疑問。
「ようは、アリッサはまったく王太子殿下に媚びを売ってない、と言うことか?」
「ヴォルフ、王宮での仕事の量と状況で売る暇があったと思います?」
「無いな」
あっさり言わないで欲しいな。
でも、段々、彼らが何故怒っているのか判ってきた。
「先に言って置きますが、私は王太子殿下に近づきたい為に王宮に行った訳じゃないです。今回の国王陛下との面会も、大公のクーデターを未然に潰す為に陛下が父様の将軍就任を提案して下さったことをお聞きする為であって、今回の騒ぎをお願いしに行った訳じゃありません」
他意など無かった。デュラン・フォルス王太子殿下の爆弾発言がある迄は。
「本当だな。なら、俺達がお前を口説いても問題はないんだな」
口説く!ちょっと待って。
何、3人ともほんわかしてるの。
「あ、あの」
「良かった。これで全力でアリッサに求婚出来る」
「安心しました。大丈夫です、王家に嫁ぐ事になっても、一妻多夫の制度は有効ですから、最初の子供だけ王太子殿下の子供だと証明すれば、他の夫の子を持っても問題はありません」
ライル先生、露骨に家族計画を言わないで下さい。
「避妊さえちゃんとしてたら、俺達との初夜だって問題ないしな」
ディーン、もっと言葉を選んでください。
顔が物凄く赤くなっているのが判る。
「なら問題はない」
ヴォルフ、問題は山積みでしょう。
この男どもは……。
頭が痛くなってきた。でも、こんなに素敵な彼らが私の事で焦ってくれた事が申し訳ないけど嬉しい。
「王太子殿下のお気持ちが何処まで本当なのか判りませんし、心変わりもあるでしょうから焦らずまずは目の前の問題を片付けたいです」
「王太子が心変わりすると思うか?」
「無いな」
「ありえないですよ」
「なんで!あんな、突発的に言ってきたのに?」
「お前、もう少し自分の事、理解しろ」
「無自覚とはな」
「それがアリッサらしいと言えますけど。自覚はして欲しいですね」
なんなんですか。自分の事くらいは理解してます。恋愛だってそれ程鈍くない筈です、多分。
「まぁいい。マリウス近衛騎士団長は将軍になったんだな」
自覚云々の話を切り上げ、ディーンが真面目な顔で父様の事を口にした。私も顔は赤いけど、姿勢を正し頷いた。
「はい。この就任を機に軍の意思統一と命令系統を再構築する、と言ってました。就任式は少し後にするそうですが、就任は昨日からです」
「これで軍は動かない」
ヴォルフの言葉に皆、頷いた。軍を動かせない者がクーデターを成功させるどころか起こす事すら出来ない。
「この件は決着が付いたようですね」
ライル先生の言う通り、クーデター騒ぎは机上の空論になった。
「後は、ベイレーン男爵の本当の狙いは何か、だけだ。何か思いつくか?」
ディーンの赤い目が、獲物を狙う肉食獣のような鋭さでアリッサを見る。
「此処まで大公のクーデターが杜撰だと、陽動作戦の気がします」
「陽動作戦?」
「本来の目的から目を逸らさせる為、仕掛けているのかもしれません」
これは前世で読んでいた小説の受け売りだけどね。
「確かにクーデターなど、王家の一大事になりかねない問題の方に人の目は行くものです」
「後はベイレーン男爵の娘が本当にアカデミーに入学して来たら、ベイレーン男爵も本格的に動き出す可能性があります」
「王太子殿下や第二王子殿下が恋に現を抜かし、脇を甘くすれば、大公のクーデターをちらつかせ、か」
軍の関係者であるヴォルフや大貴族のライルは政局を良く知っている。
「平和に慣れてしまっている貴族たちでは、内政外交より、自分の待遇をさらに良くする為、殿下達の行動により注意を向けるでしょうね」
「そこでクーデター騒ぎが起これば、浮き足立つな」
方向性は見えてきたけど、ベイレーンが何を計画しているのかは、やはり読めない。
「まだ、情報が足らない。これでは想像の域をいつまでも彷徨うだけです」
いくつか思う事はあるけど、仮定と推測ばかりだ。
「仕方ない。その女が入学する迄、この話は棚上げするか」
「警戒はしたままで、の方がいいな」
今はディーンやヴォルフの意見が正解だと思う。
「ベイレーン男爵の娘、ですね。名前は判りますか?」
「ソフィア様がご存知だと思います」
「では、試験の方は私に任せて下さい」
ライルが冷たい笑みを浮かべ頷いた。
「故意に落とさないでくださいね」
「成績が悪ければ、落としますよ」
そう言い残してライル先生は、先に中庭から颯爽と出て行った。
「じゃあ、そいつが入学する迄、俺達はアリッサを全力で口説くか」
ディーンの言葉に顔が更に赤くなってしまうが、一応文句は言おう。
「口説かれる前に聞きたいのですが、何故、私が王太子殿下に媚を売ったと思ったのです?」
私にはそんな気も暇もない事を知っているはずなのに。
「王宮でのアリッサの評判は凄かった」
「凄かった?」
つい、ヴォルフの言葉を繰り返してしまった。
「美人で仕事が出来るだけで無く、気配りや礼儀もしっかりしている、と」
「王太子妃の候補になりうる評判だった」
そんな事、初耳です。
「私、言われた事しかしてませんが?」
「ほら、やっぱり自分の事、解って無い」
だからなんで解ってない、と言うんですか?
「王太子殿下のすぐ近くにいるのに色目も使わず、直筆の文書を持っているのに、ひけらかしたりしないで、ってだけでも尊敬ものだぜ」
「そして、女嫌いだと噂されていた王太子殿下がずっと側に置いている」
「色目……。其処は無視して、王太子殿下の元で働かせて頂いてたのですから、直筆の文書も当たり前の事ですし、あそこは万年、人手不足なんです」
思い出しても、彼処は補佐官があと3人は居てもおかしく無い程多忙な部署だった。
「こっから認識が違うのかよ」
「君はそう言う人だったな」
呆れる2人の顔を、つい見詰めてしまった。
ディーンとヴォルフからお説教のように言われたのは、国の最高権力者の側に居ればその恩恵に預かれる、と考える者達は掃いて捨てるほどいる。
まして、女性であれば未来の王妃の位に手が届く。
独身の王太子の側に居れば、貴族の女なら媚を売り、王太子妃になろうとする者ばかりだ、と。
「権力欲、ってやつですか」
「アリッサにもあるかも、って思っちまったんだよ」
「成程。権力なんて要らないですけどね」
「焦ったんだ。そんな物を君が欲しがっていない、と思いながら」
ヴォルフが少し悲しげな顔をする。
とんでもない事が発端だけど、自分の気持ちと彼らの気持ちが解り、ほっとした。
「多分、こんな事が無ければ気付かなかったと思いますが、私はライル先生を含めた貴方方を本気で好きです。結婚に関してはまだ考えていませんが、疑われるのは悲しいです」
複数の男性を同時に好きになる、とは思わなかったけど、この気持ちは嘘じゃない。
誰かを選ぶなどは多分出来ない。誰一人欠けることなく、側にいて欲しい。
「俺達もアリッサが好きだ」
「ええ、誰よりも貴女が大切です」
真っ直ぐな想いに、涙が零れそうになる。
好きな子の行動はチェック済みって所かしら?




