出来る子は目を引くものです。
漸く王宮での任務も完了です。
「無いな」
「無いですね」
ロデリック殿下とヴォルフが同じ言葉を言う。
「良く知らない奴だけど、それでクーデター考えるなんて、そいつ、頭大丈夫か?」
ディーン、大公は、一応王族なんだから言葉は選ぼうよ。
私だってお姿を拝見した事無いけど、敬語は忘れないのに。
「でも、アリッサのお陰で、部下を大公の所に送り込めた」
レノンが抜けた穴を埋める為、ディーンが用意した影がメイドとして採用されたらしい。
「その方、大丈夫ですか?」
「何が?」
「怪我とか、嫌な思いとかされたら」
「あいつは強かで、口が上手いから可愛がられるかもしれないから大丈夫だよ」
「では、その彼女に大公の動向を探ってもらう事で、一応の目処は着いたな」
動き出してもいない事をこれ以上探っても意味がないので、クーデターの事は様子見になった。
「夏休みの論文の宿題、どうしよう」
ライルから今回の事もあるので、夏休みの宿題はある程度免除して貰っているが、無い訳じゃ無い。
「王宮の図書室に行ってみたらどうだ?」
ロデリック殿下の提案に思いっきり頷いた。
王宮の図書室って行ってみたかったのよ。
「アリッサは何が出された?」
「社会学の王政のメリット、デメリットと経済の推移についての論文です」
「また面倒な課題だな」
ヴォルフが夏休みの課題について聞いてくるから、答えたけどこれって人それぞれなの?
「ヴォルフは何が出されたの?」
「数学の問題がいくつかと、訓練生としての記録だ」
やっぱり人それぞれなんだ。
「ディーンは歴史学?」
「当たり。俺、歴史って苦手なんだよ」
「ライル先生の厚意で減らして貰ったのに、文句を言うのはお前くらいだな」
ロデリック殿下が苦笑いをする。
「あっ、そろそろ戻らないと」
休憩時間がそろそろ終わりだから、早めに戻らないと迷惑を掛けてしまう。
「目処が立ったのに、最後まで仕事すんのか?」
ディーンが呆れたような顔でアリッサを見た。
「当然です。終わったから帰ります、なんて言ったら王太子殿下に鼻で笑われます」
本当に、あの王太子なら鼻で笑うだろう。いや、もしかしたらまるで関心なさげだから、気にもしないかも。
「兄上の所は、仕事の量が多いから大変だろ」
「大変ですが、やり甲斐はたっぷりです」
冗談抜きで、彼処の職員は全員、毎日各部署へ走り回っているもの。
「アリッサなら大丈夫だと思うが、身体には気をつけろよ」
「ありがとうございます」
こういう、労いの言葉って大切よね。やる気が出る。
アリッサが退出の挨拶をすると、ロデリックは既に別の話題を持ち出していた。
潔いほどの切り替えの速さに、まだ慣れないヴォルフ達は戸惑いながらアリッサに手を振り、ロデリックの話に耳を傾けた。
仕事も図書館での資料集めも順調に進んで、残り1週間になった時、王太子殿下から明日からもう来なくていい、と言われた。
何かミスしたかしら?
「首、ですか?」
「違うよ。学生の君が夏休み中働いたら、宿題が終わらない、と申し上げたんだ」
サイラス筆頭補佐官が、柔和な笑みを浮かべて教えてくれた。
良かった、仕事でミスした訳じゃ無くって。
「ありがとうございます。資料は集まったので、これで論文が書き上げられます」
つい満面の笑みで頷いてしまった。
「礼は私にでは無く、王太子殿下に」
「はい」
完全に此方を無視していた王太子殿下に一応、お礼を言いに行こうとした時、要らない、とばかりに手を振られた。
でも、お礼は言わないと。
「デュラン・フォルス王太子殿下、お気遣い、ありがとうございます」
「素人の相手をするのが、面倒になっただけだ」
まっ、そうでしょうね。頑張ったけど、私は此処の仕事に関しては素人だもの。
何を言われても、気にはしないけどね。
「では、お世話になった方々へ、お別れのご挨拶したいので」
退室の礼をして部屋を出ようとしたら、サイラス筆頭補佐官が小さなプレゼントをくれた。
仕事を始めてからずっと使っていた、書類を押さえる文鎮だ。
「これは……」
「ゴードウィン嬢が仕事の時に使っていたもので、記念になるかと思ったから」
小さいけど、手の込んだ細工物で、なんとなく愛着もあったから餞別に渡されて、仕事が認められた気がして嬉しかった。
「ありがとうございます。大切にします」
ぎゅっと握りしめ、嬉しそうに笑うアリッサを、王太子の執務室にいた者達は目を細めて見送った。
アリッサが出て行った後、私は用意されていた紅茶を口にして違和感を感じてしまう。
いつもの茶葉なはずなのに、味が違う。
「サイラス、今日の紅茶は?」
筆頭補佐官に声を掛けると、寂しそうにゴードウィン嬢が出て行った扉を見ていた彼が、不思議そうに此方を見る。
「紅茶が何か?」
「いつもの茶葉か?」
「はい。メイドが用意しました」
ならば問題など無いはずなのに、気に入らない。
「そうか」
言い表し辛い違和感が、気に入らない。
「ゴードウィン嬢は紅茶を淹れるのが上手でしたから」
だからなんだ、とは思うが言葉にはしなかった。
思えばゴードウィン嬢は、初日から淡々としていた。
彼女がここに来た理由を知っているから、余り関わらないようしていたが、仮にも自分の側に置くのだから、人を見る目が確かな内務省のサシェに、彼女の事を見るように指示した書類を渡した後、彼は楽しげにその時の様子を話した。
「面白い子ですね。まだ若いのに態度は落ち着いているけど、父親の名前を出したら嬉しそうに目を輝かせたり、子供らしい所もある」
「それだけか?」
「王太子殿下の直筆の手紙を持って来たのに、まるで普通の書類を持って来たかのような態度は、好感が持てました」
王太子である私との接点を持ちたがる輩はごまんと居るが、それを態度に出さないのは珍しい。
「今まででしたら、尊大な態度を取ったりする者がほとんどでしたが、彼女はそれが無かった」
私と些細な接点を持っただけで、自分は特別だ、みたいな態度を取る者が多かったのに、そんな態度を取らない彼女。
目的に目が行っているからなのか、と思っていたが、1ヶ月過ぎた頃、此処での目的はある程度目処が立った事はロデリックから聞いていた。
それなのに彼女の態度は変わらず、礼儀正しいが淡々としていた。
皆に対してもそうなのか、と思っていたが騎士見習いのヴォルフとは冗談を言って笑顔で話していると職員達が話していたし、メイド長のリリアとは嬉しそうに仕事をして、サイラスには子供のように懐いていた。
必要以上に此方に関わらないのに、短期間で私の好みを把握し、執務室の補佐官や職員への気遣いはさり気なくしていた。
不可解な彼女をこれ以上側に置くと、その存在が苛立ちになりそうになった時、サイラスが彼女は学生であるからそろそろ家に帰しては?と提案して来た。
提案にのるのも癪だが、家に帰る事を許した。
許した筈なのに、苛立ちが無くならない。
媚びた態度も甘えた目もしない彼女の姿が、瞼の奥から消えないのは何故だ。
「ゴードウィン嬢が進路を決める時、内務省だけで無く、多くの部署が彼女を勧誘するでしょうね」
「ゴードウィン嬢は武官になるつもりだろ」
彼女の立ち居振る舞いで、武術が優れている事は判る。
「マリウス近衛騎士団長はそれを望んでいるようですが、あれだけ見込みが有る者は、何処も欲しいですから」
サイラスの言葉に、別の苛立ちが生まれた。
「良く知りもしないで、噂に振り回されるとはな」
「彼女の有能さは事実ですから」
「サイラス、君はどうしたいのだ?」
「勿論、勧誘します。ゴードウィン嬢は欲しい人材です」
さらりと決定事項のように言う。
此処は、入りたくても入れる部署では無い。
「好きにしたまえ」
頭を持ち上げていた苛立ちが薄れている。
接点が切れた訳では無い、と思っただけで気分が良くなった。
デュランの独り言も入れてみました。




