一難去ってまた一難
不正事件が終わったのに、問題発生です。
「えっ」
アリッサが絶句してディーンを見詰めた。
ちょっと話がある、なんて言って人気のない中庭に来たが、今すぐ回れ右をしたくなった。
「ハリスが掴んだ情報だから、信憑性は高い」
前理事長のアカデミー追放の件が終わって、ほっとしていたところに、またもハリスからとんでもない情報がもたらされた。
ディーンの部下であるハリスは、前理事長が逮捕される前にディーンの元に戻り、別件の調査に就いていた。
「今度は何処から?」
「前理事長の不正を調べていた時、妙な動きをする男爵がいて、その家を調べたら」
「例の暗号文が出てきて、解読したらって。何考えてるの、その男爵は」
その情報は、一介の学生が対処できる問題では無い。
しかも情報源は影が盗み出した文書一枚だから、司法省に丸投げも難しい。
「大公がクーデターを計画しているかもなんて、学生の私達が知っていい情報じゃ無いですよ」
「だけど、俺は影だから、学生だから知らない、とは言えないぜ」
「なら、私を巻き込まないでくれませんか?」
「それは無理だ。俺より遥かに優秀な君を頼りにしてるんだから」
悪びれた様子もないディーンを睨んでも無駄だ。
「ライル先生に相談しましょう」
「俺の正体がバレるのは仕方ないか」
「ライル先生は口が堅いから、大丈夫だと思いますが」
司法省に太いパイプを持ち、自身も侯爵と言う大貴族のライルなら打開策を持っているかもしれない。
「これから、平穏な学生生活を満喫しようと思ってたのに」
「無理無理。あの暗号文を解読した時点で、アリッサは重要視されてるよ」
あっけらかんと笑うディーンを本気で殴りたくなった。
ただの学生である自分が、国家の危機になりそうな問題の解決に駆り出されるなんて、考えた事もない。
「まったく……」
ディーンから話を聞いたライルも頭を抱えた。
だが、噂でも黙殺できる問題では無い。
「今回は、証拠の出所が不味いから司法省に丸投げは無理だが、見過ごすには危険すぎる」
「俺の部下達も証拠を探しているが、痕跡が無さすぎて」
実際、クーデター計画が何処まで進んでいるのかもわからない。
まして、相手が大公ではすぐに影を潜入させる事も難しい。
「仕方ない、ロデリック殿下に相談してみるか」
「確かに、王家の問題には王族が関与してもらった方が調べやすいですね」
ライル達の話を聞きながら、アリッサは様々な可能性を考えていた。
計画がかなり進んでいるのなら軍部にそれなりの動きがあるはずだし、軍部の協力が得られていないならば、穏便に潰せる可能性もある。
ただ、大公がどんな人物かは知らなすぎる。
カリスマがあり、大公に心酔している貴族や軍人が多ければ水面下で計画は、思っているよりも進んでいるだろう。
「大公がどのような方なのか知れば、計画の進捗状況が把握出来るかもしれませんね」
「大公の人柄か」
「下手に騒がず、そこから探るのか。案外、見当外れじゃ無いかもな」
平凡な学生生活が遠のいて行く気がするが、全力で潰しに行かなければ、学生生活どころでは無くなる。
当然、今回の件もロデリック殿下とヴォルフとも情報を共有することになった。
話の内容が外に漏れると不味いため、アリッサ達はロデリックの部屋に集まった。
この場合、自分が男子寮に居る、と言う規則違反には目を瞑ってもらおう。
「今この話を知るのは、この部屋にいる者だけにする」
ロデリックの決定で、ソフィアやランスには知らせない事になった。
ソフィアの父親、レーベンブルク侯爵は筋金入りの国王派。噂の段階でも大公を糾弾しかねないし、ソフィア自身も生粋の大貴族のお嬢様だ。
彼女が裏の事情を知る必要はない。
そしてランスは平民であるから、優秀であっても学生の身分では王宮に入るのは難しい。
「大公の人柄か。私も良く知らないが、王太子である兄上なら、知っているかもしれない」
「では、王太子殿下に面会を申し込みます」
「その面会、アリッサに頼みたいが、如何だ?」
「私ですか?」
「ディーンが王家の影である事は兄上も知っているが、大公に知られるのは避けたい」
「そして私達が動くのは、他の貴族達に良からぬ噂が流れる可能性がある」
ロデリック殿下とライル先生の言葉に皆、頷いた。
つまり、まだ学生で爵位もそれ程高くないが、近衛騎士団長の娘なら王宮を彷徨いても怪しまれない、と言う事だ。
「解りました。具体的にどうすればいいかは、王太子殿下と面会した時決めて下さい」
夏休みは潰れたな。
アリッサは会ったことがない王太子殿下に振り回される予感を感じ、渋々頷いた。
多忙な王太子との面会がすんなり出来るとは思えないが、ロデリック殿下が間に立つのだから、他の者達が申し込むより早いだろう、と覚悟はしていたが、決定から3日後に、王宮で面会するとは思わなかった。
一山超えても山は続くんですね。




