私の堪忍袋の緒は切れやすくないですが
乙女ゲームの王子様って、俺様系だけど傲慢じゃないはず。
デラローン先生が無事、司法省を説得出来たとしても動き出すのはまだ先の事だろう。
女子寮の前で足を止めてディーンが手を出した。
「証拠の便箋は2人で分けて持っていた方が安全だな」
「そうね。不測の事態もありえるから」
纏めて持っていた便箋を半分ディーンに渡すと、ディーンがぎゅっと手を握った。
「アリッサ、君が居てくれて本当に良かった。ありがとう」
大きくて温かなディーンの手。
照れくさかったけど握り返し頷いた。
「私は事実しか言ってないよ」
「それでも俺は、君が居てくれて嬉しい」
あんなに気怠げで、何処か諦めにも似た空気感があったディーン。
照れながらアリッサの手を握る顔には晴れやかさと、読みきれない感情の揺れがある。
「送ってくれてありがとう」
「ああ。また、明日な」
名残惜しげに手を離し、男子寮へと戻って行くディーンの後ろ姿が少し逞しく見えた。
やはり昨日の今日ではデラローン先生の方は、なんの動きもない。
平穏な授業が終わり、放課後、アリッサはクラス担任に仕事を頼まれて、他の者たちより遅れて生徒会室に向かった。
「何をしていた」
外にまで響くロデリックの怒鳴り声に、部屋に入ろうとしていたアリッサがのけぞった。
恐る恐る部屋に入れば、怒鳴り散らしているロデリックと蒼白な顔で俯くマイル先輩をソフィア様達が不安げな顔で見ている。
「何があったの?」
ディーンにそっと聞くと、夏休み明けの芸術祭の事で、資料が揃っていない事を叱責している、と言う。
準備を早めに始める事は悪い事ではないが、新学期が始まってまだ1ヶ月経っていないこの時期に揃っていない事を叱責する必要がある、とは思えない。
「まだ早くない?」
「思い付きが断られた事に腹、立ててるみたいだ」
怒鳴り声を聞いているうちにロデリックの理不尽さに腹が立ってきた。
「だからお前は役立たず……」
私の堪忍袋の緒はぶっちぎれた。
「殿下。殿下はご自分のお立場をご理解なさっていらっしゃいますか?」
「なんだと」
ロデリックが突然、口を挟んできたアリッサを睨みつけた。
「もう一度伺います。ご自分のお立場をご理解なさっていらっしゃるのですか?」
声を荒げているわけでも大声でもないのに、アリッサの声は、ロデリックを黙らせるだけの迫力がある。
「自分の事は解っている」
「その態度で?」
サファイアの瞳が、鋭い刃物のように見える。
「私はこの国の第二王子。全てにおいて完璧でなければならない」
「そんな、外の立場など、今は関係ありません」
日本刀のような切れ味で、バッサリとロデリックの主張を切り捨てる。
「どう言う意味だ」
「言葉通りです。殿下としてのお立場はアカデミー内でも考慮されるものですが、最優先されるものではない」
ソフィアはオロオロしながらアリッサとロデリックを見ているが、ディーンやヴォルフは眉間に皺を寄せ沈痛な顔をしていた。
「なんだと」
肩を震わせ、怒りを抑えようとしているロデリックに更に追い討ちを掛ける。
「その傲慢さで、貴方は人の上に立つおつもりですか?」
うっ、と言葉を詰まらせるロデリックにアリッサはゆっくりと近付いて
「立場が上の年長者には、人として敬意を払うべきです」
先程と打って変わって、諭すように、宥めるような優しさがこもる声にロデリックの目が泳ぎ出している。
「マイル会長は3年間、生徒会役員としてこの場に在籍されております」
実績と成績で決まる生徒会役員。
3年間連続して在籍している、と言う事はそれだけ有能だ、と言うことを示しているのだ。
「だ、だが彼は会長として、一度も人前で発表してこなかった」
「では、貴方が発表してきた様々な提案や報告の資料を不備なく揃え、原稿を書いたのは何方です?」
反論する言葉が見つからないのだろう。
ロデリックは床に目を落とし、唇を噛み締めていた。
「と、言うふうに殿下の行動に苦言を呈した者は居なかったから、ある意味仕方ないのかも」
ふっとアリッサの態度が柔らかくなった。
「えっ?」
下を向いていたロデリックが驚いたように顔を上げ、アリッサを見詰めた。
「身分の高い方が陥る罠、みたいな物です」
「身分の高い者が陥る罠?」
戸惑ったロデリックがキョトンとした顔でアリッサの言葉を繰り返した。
「相手の為を思う言葉は時に厳しく、怒らせてしまうこともあります」
15歳の少女とは思えない、慈愛のこもる目が真っ直ぐロデリックを見詰める。
「相手を怒らせて自分の地位を失いたくない者は心を閉し、全面的に相手を肯定し、賛美する事で自分を守るんです」
「間違ったことをしていてもか?」
「はい」
「愚か者になれ、と」
「自分の方が大切ですから」
ディーンやヴォルフが痛そうな顔で2人を見詰め、ソフィアは今にも泣き出しそうだ。
「ですから上に立つ者は自分を律し、助言と甘言を聞き分ける耳が必要なのです」
「聞き分ける耳が」
無意識にロデリックの手が自分の耳を触った。
「幸い、アカデミー内では腹の中が真っ黒な、甘い毒を吐く者は少ないので、今から鍛えれば殿下でしたらきっと良き指導者になれます」
ロデリックに対して暴言、とも取れる言葉なのに耳から入って来る言葉は厳しい中にも彼を思いやる清々しさに溢れている。
「ロデリック殿下。私も同じでした」
泣きそうになりながらソフィアが、そっとロデリックの側に立つ。
書いてて何故か王子様が俺様では無く傲慢系になったので、軌道修正中。




