彼が何者でも気にしません。
問題発覚。学生生活がピンチになるかも。
この世界の文字は、前世の文字とはまるで違うが数は英語と同じ26文字。
前世で恋焦がれたイギリスの某探偵様、貴方のお陰です。
貴方が解いたのは、踊っている人形だったですが。
この手紙だけで理事長が不正入学をさせていた事が判る。
だが、学生の自分達では理事長の不正を立証し、罪に問えるとは思えない。
いくらなんでも司法省に掛け合ってもらえる知り合いなんて居ないよ。
「やっと尻尾を掴んだ」
デラローン先生の絞り出す様な声に、アリッサ達が振り返る。
「ずっとおかしいと思っていた。本来ならもっと優秀な筈なのに評価が低い生徒や、その逆の生徒が何故こんなに居るんだ、と」
デラローン先生はこのアカデミーに赴任した数年前から不正を疑っていたようだ。
だが、証拠が無く個人で出来ることの少なさに無力感を持っていたらしい。
「これを私に貸してくれ。これで司法省も私の言葉に耳を貸す様になるはずだ」
「では、その一枚はお持ち下さい」
「一枚では……」
「それはある人が命懸けで見つけたもの。必ず司法省が動き出す確約が無い今の段階では、握り潰される事も視野に入れて置かないと」
不正の証拠としては信憑性は高いが、司法省の様な大きな組織が動く可能性は判らない。
動かない、と分かった時は別の方法も考えなければ。
「動かして見せる。その為の司法省なのだから」
デラローンの強い決意に、アリッサはディーンを見た。
ディーンも便箋を見ながら何かを考えていたが、ゆっくりと頷いた。
「感謝する」
そう言い残して、デラローン先生は一枚だけを大切に胸のポケットにしまうと生徒会室を出て行った。
「帰りましょうか」
便箋を片付け、まだ何かを考えているディーンに声を掛けると、女子寮まで送ると言う。
「でも、此処から女子寮を回ると随分遠回りになりますけど」
「少し君と話がしたい」
弱々しく笑うディーンの態度が心配になり、考えるより先に頷いてしまった。
夕陽が白亜の校舎を温かなオレンジ色に染める中、ディーンはポツリと話し始めた。
「俺さ、影なんだよ」
影、という言葉が意味している事は、なんとなく理解した。
ディーンの父親であった前伯爵だけで無く、カナン伯爵家は、代々王家の影として、王家や王国に害のあるもの達の監視や粛正を請け負っている様だ。
前伯爵が病死したのは半年以上前で、ディーンがその任務に着いたのもその頃だ、と言う。
「この半年、俺は何も出来なかった。父の様になりたい、と努力しても未熟な俺に力を貸してくれる部下は皆無で」
項垂れるディーンの顔は真紅の髪が隠し表情が見えない。
「皆無ですか」
「ああ。皆、俺に何も言わない、何もさせなかった」
「ディーン、当主としての決断が必要な事はあったのですか?」
「いや、多分無かったのかも。だが……」
「じゃあ、本当に仕事がなかったか、報告できるほどの調査が進んで無かったのかもしれませんね」
可能性としては現段階では、概ね穏やかで急ぎの仕事や切羽詰まった状況では無く、今は準備段階や待機時間なのかもしれない、と思う。
実際、毎日、影の様な王家や王国の危機に対して対処する特殊な存在が走り回らなければならない国だったら、とっくにこの国は荒れているに違いない。
「だが……」
「それにディーン、貴方はまだ学生なんですよ。焦る必要はない、と思います」
「学生でも、俺は父上の仕事を引き継いだ」
「確かに。この国や王家を脅かす存在が在れば学生でも責任者として、嫌でもその重責を背負わされるでしょうね」
言いたいこと分かるよね。
貴方の部下達は貴方に仕事をさせなかったのでは無く、仕事の無い今のうちに心の準備をして置いて欲しい、と思っている事を。
「それにちゃんと貴方の部下は、貴方に決断を託したでしょ」
ディーンの言葉で、やっとハリスさんが何者なのか分かった。
「ハリスが影の1人だと」
「多分ね。ハリスさんは数年前から理事長の秘書をしていたって事は、確証はないけど理事長は王国にとって害をもたらすかもしれない、と考えられていたのかも」
「それで証拠を見つけたから俺達に」
「可能性大ね。でも、あんな危ない方法を取るなんて、余程ディーンを信頼しているのね」
気が付かず燃されてしまうかもしれない方法でも、ハリスはディーンを信じて、大切な証拠を渡してくれたのだ。
「自分は未熟だ、と言うなら努力すれば良い。部下の人達もそんな事、貴方がお父上から仕事を引き継いだ時から分かっているんだから」
ディーンは部下の信頼に応えられるよう一歩ずつ努力するだけだ。焦ったら見えるものも見えなくなる。
「今は準備期間か」
「多分ね。ただ、この事で司法省が動き出したらそんな暢気なこと言ってられなくなるかもね」
「動き出したらハリスを手元に戻して……」
切り替えたのか開き直ったのか、ディーンがぶつぶつ何かを呟いているが、気にしないでおこう。
イギリスの某探偵様が好きなので、ちょっとだけ案をお借りしました。




