5話 蜂蜜酒とエロフ
「ここがいいのではないでしょうか?」
一つの建物を指差しながら、リリスが意見を求めてくる。
あの後、ユウも適当な服飾店で着替えをいくつか揃えた。そして次に訪れたのが宿屋街だ。
リリスが指差すのは木造の二階建ての宿屋だ。通りにも面していて、安全性もそれなりに高そうだ。
下手な安宿に泊まると防犯に問題がある場合があると、二人から情報は得ていた。アリスも「ここなら大丈夫だと思うよ?」と言うので、ここに決めることにした。
中に入ると、何ともいい匂いが漂ってくる。どうやら食堂も兼ねているらしく、一階ではいくつかあるテーブル席で食事をする客の姿が確認できる。
「いらっしゃいませ〜!」
ユウたちが店に入ると、給仕服姿の娘が近づいてくる。歳は十五くらいだろうか、アリスたちほどではないが、可愛らしく愛想がいい娘だ。
ユウは「三人で泊まりたいのですが……まずは食事をお願いします」と伝える。疲れもそうだが空腹感も限界だ。まずは座って何か食べさせてほしい。
「かしこまりました! それでは空いているお席にどうぞ〜!」
給仕の娘はユウの雰囲気を察したのか、とりあえず食堂へと通すことにする。
そして適当に三人分の食事を注文し終わったところで、アリスが「ご主人様、今のうちに部屋に荷物を置いてくるね?」と申し出る。
空腹で動く気力すらなくなっていたユウは、ありがたいといった様子で、彼女に任せるのだった。
少し経った頃――テーブルの上に食事が並ぶ。少し厚めのステーキにパン、スープ、そしてサラダだ。この店の中ではお高い部類に入るセットメニューだが、久しぶりの食事だ。少々贅沢をしてもいいだろうと、注文したのだ。
アリスとリリスは、自分たちはもっと安いものでいいと抗議したのだが……主人と奴隷であろうと食べるものは絶対に平等だと、ユウは譲らなかった。
(少し硬いな……けど美味しい!)
肉をナイフとフォークで切り分け、久しぶりの食事にありつくユウ。繊維が多いのか肉は硬めだ。しかし味付けはそれなりに良く、十分に食べられるレベルだ。
ユウが食べ始めたのを見て、アリスとリリスも食事を始める。
「う〜ん! 美味しい!」
「ありがとうございます、ご主人様!」
アリスとリリスが幸せそうに言う。何やら話を聞くと、奴隷商に捕まってからはここまでちゃんとした食事は与えられていなかったとのことだ。二人とも噛みしめるように、肉やパンを口に運んでいく。
そんな二人の嬉しそうな表情を見て、ユウは二人を命の危機から助け出すことができて、心から良かったと思うのだった。
「ところでご主人様、さっきギルドで使った新しい力ってスキルなの?」
「私も気になります。あんな武器は聞いたことも見たこともありません」
ユウが久しぶりの食事を楽しんでいると、アリスとリリスが目を爛々とさせながら質問してくる。それに対し、ユウは(どういうことだ……?)と疑問を覚える。
ユウのいた世界では銃は一般的な武器だ。錬成術で生み出せる者は見たことはなかったが、二人の質問からすると銃自体を見たことがない様子だ。
試しにユウが「アレは銃っていう武器なんだ、錬成術を使ったんだよ」と説明するのだが――
「じゅう?」
「ですか…?」
――と、アリスとリリスはキョトンとした顔をしてしまった。
(この反応……この世界、或いはこの地域には、錬成術どころか銃すら存在しないのかな?)
ユウはそんな憶測を立てつつ、もしそうなのであれば自分の力は異質なものだ。下手に目立たないようにした方がいいかもしれないと、考えを巡らせる。
そして二人には「ぼくは少し特殊な力を持っていて、色々な武器を作り出すことができるんだ」と、答えておく。
「特殊な力……ってことは、もしかしてご主人様は固有スキルを持っているの?」
「だとしたらあの強さも頷けますね」
ユウの説明を聞き、さらに質問をするアリスと納得顔のリリス。それに対し、今度はユウが質問をしてみる。ここに来るまで何度か出たスキルという単語が気になったのだ。
「え……っ、ご主人様、スキルを知らないの?」
「そういえば、ご主人様の見た目はこの国では珍しいです。もしかして遠い国の出身なのですか?」
「そ、そうなんだ。実はかなり遠くの出身でここら辺のことには疎いんだ。だから色々教えてくれないかな?」
まさか異世界からきたと思うんだけど……。などとは言えるわけもない。そんなことをいえば正気を疑われてしまう。なので、ユウは二人の質問に頷きつつ、この機会に色々情報を仕入れることにする。
「まず、スキルっていうのはね……」
そう言って、アリスがスキルという単語について説明を始める。人間の体の中には〝マナ〟というエネルギーが存在する。
そしてそのマナを使い、特殊な武技や魔法を使うことができる。それらの総称をスキルと呼んでいるということだった。
「スキルには特殊な例はありますが、大きく分け六つの種類が存在します」
今度はリリスがスキルの種類について説明をしてくれる。
スキルの種類は下から順に……。
下位スキル、中位スキル、上位スキル、超位スキル、神位スキル、そして固有スキルとなっている。
通常の人間が有しているのは上位スキルまでとなっており、超位以上は〝勇者〟や〝魔王〟などが有していることがほとんどだという。
(勇者に魔王……本気で言っているの?)
おとぎ話やゲームの中でしか聞いたことのない単語が、リリスの口から出たところで、ユウはそんな疑問を抱く。だが、彼女の表情は真面目そのものだ。決してユウをからかっている様子は見られない。
ところで……最後に出た固有スキルという単語だが、固有の名の通り、それは世界に一人しか所有する者がいないスキルとなっているらしい。
アリスとリリスは銃というものを初めて見た。そんな武器を生み出し、操るユウのことを固有スキルの所持者だと考えたのだ。
(よし、今度から錬成術は、この世界で一般的に使われる力に合わせて使うことにしよう)
二人の話を聞き終わったところで、ユウはそう決める。錬成術も固有スキルということにして運用するつもりだ。
その上で金儲けし、二人を奴隷状態から解放するための生活を送りながら、元の世界に戻る術を探していく。これで決まりだ。
他にも情報を聞きたいところだが、きっと二人とも疲れているだろう……ユウはそう判断し、今日のところは宿の浴場で汗を流し、部屋で休むことにする。
◆
「なん……ですと……?」
湯浴みを終え、部屋へとやってきたユウ。そんな彼の視界に、とんでもない光景が飛び込んできた。
部屋はそれなりに広いものだった。木の壁や床は掃除が行き届いており綺麗な印象を与える。
そして部屋の真ん中に、特大サイズのベッドが一つだけ置かれており、その上にアリスとリリスが頬を赤らめながら腰掛けている。
……そう、ベッドが一つしかない。それはまだ良いとしよう。だが何故二人がここにいるのだろうか?
部屋は別々で用意されるものだと思っていたのだが……。
そんな疑問をユウが投げかけると――
「ふふっ……まぁいいから、ご主人様もこっちに来て?」
「お風呂上がりに飲み物を用意してもらったんです。一緒に飲みませんか?」
――そんなことを言いながら、アリスが立ち上がってユウの手を引き、二人の間に座らせてしまう。
リリスはサイドボードに置かれた飲み物を手渡しながら、ユウに向かって微笑みを浮かべる。
「リリスさん、これは何でしょう……?」
「ご主人様、これはミードという飲み物です。疲れに効くとてもいいものですよ」
「ご主人様は疲れてる様子だったから、宿の人に用意してもらったの♪」
みーど……初めて聞く単語だな。栄養ドリンクみたいなものかな? だとしたらありがたい――そんなことを思いながらユウは一口飲んでみる。
(甘くて美味しい! これなら何杯でも飲めそうだ!)
ミードを口にした瞬間、ユウは感動を覚えた。濃厚な蜂蜜の甘みを味わい、その香りが鼻の中を抜けていく。今まで飲んできたものの中でダントツに美味しかったのだ。
「ふふっ……気に入ってもらえて良かったです」
「おかわりもできるから、どんどん飲んでね〜」
ユウがミードを味わっていると、二人が小さく笑いながら左右から距離を詰めてくる。ユウの肩や頬に二人の豊満なバストが……むにゅん! 当たってしまう。
「え……ちょっ……っ!?」
困惑した声を漏らすユウ。まさかこの格好で二人が密着してくるなんて思わなかったのだ。二人は今、肌の露出が多いネグリジェを着ている。
アリスは漆黒、リリスは純白だ。二人ともよく似合っているのだが、少々……というか、かなり刺激が強すぎる。
なので、ユウは二人の方をあまり見ないようにしていたのだが……ここまで密着されてしまっては意識しないのは無理だ。
(あれ……? なんだか頭がクラクラしてきたような……それに体が熱い……?)
二人の柔らかさ、それに甘い匂いに包まれる中で、ユウはそのことに気づく。意識がボーッとし、体が熱を帯びている。その上何だか脱力感が……。
「あっ、もうお酒が効いてきたのかな?」
「ふふっ、ご主人様はお身体が小さいので酔いやすいのかもしれませんね……」
ユウの様子を見て、アリスとリリスが笑い合う。そんな彼女たちのやり取りを聞き、ユウは「ふぇ……? お酒……?」と、虚ろな表情で問いかける。
そう、ユウが飲まされたのはミード――つまり蜂蜜酒だ。幼いユウはそれが酒だと気づかずに、一杯まるごと飲んでしまったのである。
そんなユウの顔を覗き込みながらアリスが……ちゅ――っと、その唇を自分の唇で塞いでしまった。
(〜〜〜〜〜〜……――ッッ!?)
キスされた。いきなりの出来事にユウの頭の中は大混乱だ。だが、驚いているヒマはなかった。
今度はリリスがユウの頬に手を当て、アリスと同じように啄ばむようなキスを交わしてきたのだ。
「ご主人様……いきなりこんなことして、ごめんね……?」
「でも、どうしても我慢できなくて……命を救ってくださったご主人様のことを思うと、私たち……」
困惑するユウに、アリスとリリスは太ももをモジモジと擦り合わせながら、濡れた瞳で語りかけてくる。そしてそのまま……ユウの肩や太ももに、指を這わせ始めてしまう。
「ま……待って……! 二人とも何するの……?」
幼いユウには二人が何をするのかわからない。不安感のあまり瞳を潤ませながら声を絞り出す。
「あぁ……! ご主人様ったら、そんなことも知らないなんて……可愛いっっ! 大丈夫だよ、〝色々〟教えてあげる……♡」
「大丈夫です、ご主人様……私たちも初めてですが知識はあります。任せてください。ふふ……♡」
ユウの初心で愛らしい反応を見て、アリスとリリスは妖艶な……そして嗜虐的な笑みを浮かべるのだった――