1話 双子のエルフ姉妹
「ふぅ……ようやく森を抜けられた――けど……」
数日間のサバイバル生活の後に、ようやく森を抜け出したユウ。
しかしその表情は優れない。まぁ、それも当然か。何せ森を抜けたかと思えば、今度は草原がどこまでも続く光景が目に飛び込んできたのだから……。
「あぁ、早くマトモなものが食べたいよ……」
疲れ切った表情でユウは思わず言葉を漏らす。この数日間、ユウは獣たちとの殺し合いに明け暮れた。
獣〝たち〟……というのも、あれから何度も化け物に遭遇したのだ。虎型以外にも狼型や鳥形のものまで様々だった。
その全てを、ユウは錬成術で作り出した〝錬成武器〟を駆使して撃破してきたのだ。そして錬成術で大気中の魔素から水を生み出し、喉を潤した。
食事は……化け物の肉を魔素から変化した炎で焼いて食べることも考えたが、万が一毒があってはマズイと思い、食べるのは控えていた。
「まぁ、歩くしかないよね。正直疲れが限界だけど……」
いつ化け物に襲われるかわからなかったので、ユウは一度に数分あるかないかの睡眠しか取っていなかった。それに歩き続けて足も悲鳴を上げている。
それでも歩き続けなければならない。せめて人のいる場所にたどり着かなければ、マトモな睡眠すら取ることができないのだから。
歩き始めて数時間――
「あれは……馬車……?」
ユウは草を伐採しただけの簡単な街道のようなものを見つけ、その上を歩き続けていた。その街道上を、馬車がこちらに向かって進んでくるのだ。
この時代に何で馬車……? と思うも、とりあえず人と接触できそうだ。ユウは大きく手を振って止まってほしいとアピールするのだが――
「どけッ! 轢き殺すぞッッ!」
御者台に座った男がユウに向かって怒鳴りつける。馬車は速度を落とすことなく突き進んでくる。
「……ッ!」
これは無理だと、ユウは諦めて横に飛んで道を開ける。その際に、馬車の窓からまんまると太った男が何やら喚き散らしている姿が見えた。
「何だったんだ……。いや、それよりも人がいた――ということは、近くに町みたいなものがあるかもしれない……!」
止まってくれなかったものはしょうがない。この数日間のサバイバル生活で、若干ストイックな考えに染まりつつあるユウは、考えを切り替えると馬車の来た方向へと再び歩き始める……のだが――
「うぅっ……ここまでなの……?」
「くっ、せめて武器さえあれば……」
街道の坂を登る途中、そんな声が風に乗って聞こえてくる。女性の声が二つ――声の若さからすると恐らく少女であろう。
再び聞くことのできた人の声、そして切羽詰まった様子の声色に、ユウは坂を駆け登る。そして彼の目に、二人の少女とそれを取り囲む三体の虎型の化け物の姿が飛び込んできた。
「いけ! 【アロンダイト】ッ!」
ユウは咄嗟に【アロンダイト】を錬成した。本数は全部で九本だ。白銀に輝く剣が風を切る音を響かせながら、各一体に三本ずつ襲いかかる。
今まさに少女たちに飛びかかろうとしていた虎型の化け物の体に、次々と【アロンダイト】が突き刺さり、傷口から鮮血を散らし……その命を奪った。
「えっと、大丈夫で――っ……!?」
三体の化け物の討伐に成功したところで、ユウは地面にへたり込んだ少女二人に「大丈夫ですか?」と声をかけ……ようとするのだが、その途中で言葉を失う。二人の少女の――あまりに可憐な容姿に目を奪われたのだ。
一人は砂金を思わせるような腰まである長髪と、透き通るような白の肌、そして幻想的な碧の瞳を持つ美少女だ。
もう一人は氷雪を思わせるような同じく腰まである銀の髪と、艶のある薄っすらとした褐色の肌、こちらも幻想的な紫の瞳を持つ美少女だった。
二人とも十六〜八歳くらいだろうか。身長も小柄なユウよも高いし、彼よりも年上なのは明らかだ。
「け、剣が現れたと思ったら〝ライオタイガー〟が一瞬で……」
「銀に輝く剣を呼び出し操る……まさか、あなた様は魔剣使いなのですか……?」
金の髪を持つ少女が呟き、それに続き銀の髪を持つ少女が質問をしてくる。二人とも心なしかユウを潤んだ瞳で見つめ、頬がピンクに染まっているような……。
「えっと……魔剣使い、という言葉はよくわからないのですが、とりあえず二人とも無事そうで何よりです」
二人が怪我をした様子はないことを確認し、返答しながらホッと息を吐くユウ。そのまま状況整理に移ろうとユウは口を開こうとするのだが――
「ああ、なんて優しいの……」
「私たちを救ってくださっただけでなく、体まで心配してくれるなんて……」
ユウの言葉を聞くと、二人とも蕩けきった表情で彼に近づき――そのまま左右からユウの腕に自分たちの手を絡ませてくる。
ユウは「え……ちょっ……!?」と困惑の声を漏らすのだが、金髪の少女が右から、銀髪の少女が左から……手を絡ませたかと思ったら、そのまま密着し始めてしまう。
二人とも金属の首輪を嵌められ、ボロボロの貫頭衣のようなもの身に纏ったのみだ。そして圧倒的なボリュームを持つ二つの果実が、貫頭衣を下から押し上げていることがわかる。
わかりやすく言えば、二人とも巨乳――否、爆乳に分類される果実を持っているのだ。そんな二人に密着され、むにゅんっ! とした柔らかな感触が肩や顔を襲う。
恥ずかしさのあまり、ユウは顔を赤らめ「あぅ……」と情けない声を漏らしてしまう。そんなユウを見た少女二人は――
「や、やんっ! 可愛い……っ♡」
「あぁ……なんて愛らしいのでしょう、食べてしまいたいです……♡」
などと甘い声を漏らしながら、さらに体を密着させてくる。それにより、二人の体から甘い匂いが漂ってくる。女性に免疫のないユウは意識がクラッときてしまう。
(な……何なの、このお姉さんたち……? い、いや、それよりも状況を……!)
柔らかさや甘い匂いの中で朦朧とする意識の中、ユウはなんとか自我を保って状況を聞き出そうと切り出す。すると――
「あ、ごめんね? あまりに可愛かったからつい……。わたしの名前は〝アリス〟っていうの! 種族は見た通りエルフで、今は奴隷なの」
「私からもお詫びします。あまりの愛らしさに衝動を抑えられませんでした……。私の名前は〝リリス〟です。ダークエルフでアリスと同じく奴隷です。それと、アリスとは双子で、私が妹になります」
金髪の少女、それと銀髪の少女の順に、いきなり抱きついたことを謝られ、続いて自己紹介をされる。それに倣い、ユウも自己紹介をするのだが……その視線は二人の〝耳〟に釘付けだ。
エルフにダークエルフ……神話やおとぎ話に出てくる妖精族と同じ名だ。そして二人の耳は長く、少し尖った形状をしている。まさに神話の登場人物エルフと同じ特徴を持っているのだ。
(特殊メイク……ではなさそうだな)
二人の耳がピコピコと上下する様子を見て、ユウはそれを理解する。そして薄っすらと考え始めていたことが確信に変わっていく。
(ここって〝異世界〟なんじゃ……)
と――
ありえないほど豊富な魔素、見たこともない化け物の数々、そして極めつけはエルフだ。その上、彼女たちは自分たちのことを奴隷だと言った。ユウがいる世界には奴隷制度というものは、現在は存在しない。
「ユウ様……名前まで可愛いよぅ……♡」
「そうですねアリス。本当にお可愛いです……こんな方が私たちの〝ご主人様〟になってくださるなんて……♡」
ユウの名を聞いたところで、二人がまたもや蕩けた表情で言葉を漏らす。それを聞いたユウは思わず「――今何て言いました?」と聞き返す。
確か今、銀髪の少女……リリスがご主人様なんて言葉を呟いたような……。
それに対し、アリスが「あれ? もしかしてご主人様って、この辺の人じゃないの?」と返し、リリスが「ご主人様、奴隷は持ち主を失うと、最初に保護したお方に所有権が移るんです」と説明を始める。
ダメだ、訳がわからないよ……と、いうわけで詳しく話を聞くと――二人はとある目的のために旅をしていたこと、そしてその旅の途中で奴隷商人に騙され奴隷落ちしてしまったこと、そして売りに出されるために馬車で輸送されていたことがわかった。どうやら二人に出会う前に、爆走していた馬車がそれらしい。
しかし、二人を輸送していた馬車が先ほどの化け物――アリスの口からライオタイガーという単語が出ていたのから察するに、そういう名の生き物なのだろう――に襲われた。
そしてあろうことか、奴隷商は二人を囮にするために馬車から蹴落として、走り出してしまったという。
「あのままだったら、わたしもリリスも〝魔物〟の餌にされてたよ。本当にありがとね、ご主人様っ」
「アリスの言うとおりです。心から感謝いたします、ご主人様」
アリスとリリスは改めて礼を口にすると、そのまま再びユウに密着してきてしまう。
「ち、ちょっと待ってください! ぼくは二人を奴隷にする気なんか――」
奴隷にする気なんかありません。ユウがそう言おうとした直後だった。アリスが「え……?」と言葉を漏らし、リリスが「そんな……!」と小さな悲鳴のような声を上げる。それとともに二人の顔色がどんどん悪くなっていく。
一体どういうことだろうか。よくわからないが、奴隷になんてならずに済むのだから万々歳ではないのだろうか? ユウがそんな質問をすると――
「ご主人様、奴隷は主人なしでは町の中に入れないの……」
「仮に入れたとしても、所有者のいない奴隷は捕まり、奴隷市場に引き渡され売りに出されてしまいます……」
――そんな衝撃の答えが返ってきた。その答えを聞き、(なるほど、だから二人は奴隷になるっていうのに嬉しそうな顔をしてたのか……)と察する。それと同時に、二人に言う。
「わかりました。アリスさん、リリスさん……しばらくぼくと一緒に行動しましょう」
「ご主人様……!」
「本当によろしいのですか……!?」
ユウの言葉を聞き、アリスもリリスもパッと表情を輝かせる。ユウはそれに優しく微笑みながらしっかりと頷いてみせる。
ユウは元の世界で「能無し」と蔑まされていた。弱者の気持ちは痛いほどよくわかる。そして何より、ユウは危機に立たされた二人を何の損得も考えずに助け出すほどの正義感の持ち主だ。
そんな正義感を持った心や優しき少年が、行く宛のない、か弱き少女たちを見捨てることができようか。
(まぁ、ぼくも迷子みたいなものだけど、何とかなる……よね……?)
多少の不安感を抱きつつも、ユウは二人を連れてこの先にあるという都市に向けて歩き出すのだった。
「はぁん……! 恥ずかしがるご主人様、可愛いっ♡」
「ふふふっ……顔を赤くするご主人様、見てるだけでキュンキュンしちゃいます……♡」
――二人に左右から腕を組まれて歩く姿は、何とも締まらなかった。