リアーナの我が儘
「3年ほど前にドラゴン…………ワイバーンのスタンピートが有ったのは知ってる?」
3年前といえばオヤジの戦闘機部隊がぶっ潰したあれか。
たしか200体以上のワイバーンがうちの領に殺到したが…………あぁ、そうか、そういえば
「うちの領地はね、そのときの竜の通り道だったの。」
唇を噛み締めるようにアデリーナが言葉を溢す。あいつらが来たのは南部から、それはこの子の国のある方向だ。
つまりこの子もあのときのスタンピートの被災者であり、俺たちと違ったのは
――――――この子の領地には数百の翼竜を撃退する力がなかったと言うこと。
「あんな量の飛竜を見たのは、あとにも先にもあのときだけよ。
あれは、まさしく災害だったわ。一体でも脅威になるワイバーンが数百だもの、たくさんの人が食われ踏みにじられ死んでいった。」
悲痛な彼女の顔を見て、すぐにわかった。
この子は公爵令嬢として、民を守れず死なせてしまったことの責を背負っている。
アホくせぇ
まだアディはガキだろうに、周りの奴等はなにやってんだ。
と言いたくなるのをすんでのところで押さえる。
俺たちにとっては実弾演習のいい的であり、食肉の補給であり、クソ暇なタイミングで来てくれたレクリエーション。
それは、対抗策を持たない、純粋なこの世界の人間にとっては絶望の顕現でしかなく――――――悪夢のようなものだっただろう。
「そりゃあまた…………なんといっていいか。」
さすがの俺もなにもしてない災害被害者を馬鹿にしてなぶれる精神構造はしてないし、軽々しく気にするなとか大変だったねとか慰めていい案件ではないのはわかる。
俺はあのとき大変でもなんでもなかったのだから、「気持ちはわかる」なんて安っぽい慰めは最悪の侮辱ってもんだろう。
と、答えに窮していると彼女の方から助け船が来た。
「ふふ、ごめんなさい、困らせたわね。慰めとか、そういったことが欲しいんじゃないから大丈夫よ。」
そうか。
俺は心の端でホッとしている自分に気づきつつ、話の続きを待つ。
「問題はね?そのあと。
ワイバーンが去って、人の死体がそこらに散乱して、うちの領地はそこらじゅうがひどい臭いだったわ。」
そうなるとなにが起きるか、あなたならわかるんじゃない?
アディはいたずらっぽい、けどどこか無理した笑みを浮かべて聞いてきた。
「疫病と、飢饉か。」
それだけ大勢の人間が死ぬと、死体の処理が追い付かずにたくさん放置されることになる。
そうやって残った死体そのものが腐敗してヤバい菌の温床になるのはもちろん、肛門の筋肉が弛緩したり腹が破けてたりして流れ出した糞尿が雨で流れて川や池に入り込み、水を汚染する。
この世界の田舎なら水道も通ってないか、あってもスタンピートで壊れされたか。
なんにせよ川の汚染された水を生活用水として使うしかなく……………パンデミックのいっちょあがりだクソッタレ。
飢饉の方は、そうやって起こった人口が減少による人手不足と、死体の血が土地を汚染することで作物が育ちにくくなることのコンボだ。
さぞひどいことになったろうよ。
と、ここまで俺が言い当てると
「正解よ、でも、私もそこまで詳しくは知らなかったんだけど、…………ね。」
アディは苦笑気味にそう言いながらも。目のはしに涙を浮かべていた。
くそっ、そんな顔するんじゃねぇよ。そんな顔されたら
――――――出会った頃のマリアを思い出すんだよ。
マズったなぁ、俺のもこの子のも纏めて悪い記憶を掘り起こしちまった、ちくしょう。
「大丈夫?リアーナ、辛そうな顔してるわ。」
ふと、気づくとアディの顔が視界のど真ん中にあった。
うわ、覗きこまれてたのか。
てか、こんだけヒデー目に会った子供に逆に心配させんなよアホか俺は。
「大丈夫だ、ありがとうよ。」
口の端を持ち上げて笑うと、そう、とそっけない返事が返ってきた。
アデリーナはふふっと笑って、顔に諦念を浮かばせる。
話したはいいが俺が助けてくれるなんて端から思っちゃいないって表情だ。
「うん、話したらすこしスッキリした、ありが「助けさせろ。」……………え?」
俺は話を切り上げようとする彼女の言葉に無理矢理割り込む。
話してハイ終わりだ?ふざけんなよ。
こっちにも支援してやる理由があるんだ。
具体的には恩を売りたいとかコネ作りとか
――――――情が移っちまったとか、な。
さっき、お前が昔のマリアと重なったあのときから
とうにお前は俺の庇護対象なんだよ。だから
「俺にお前を助けさせろ。
拒否権は無い、お前の意思なぞ知らん。だから―――――お前の領地に案内しろ。」
俺が、俺の、本心からのド級の我が儘に
アデリーナは
「~~~~っっはいっ。」
ボタボタと涙を流して頷いた。