腹を満たすもの
「製造部門から報告です、塗装用の大形スプレーが故障したので整備に出したい、と。」
「ご苦労。」
開発部から独立した製造部。その本部ビルの一室で二人の男が言葉を交わす。
この製造部はリアーナたちの使用する兵器、武器、装備、その製造を一手に担ういわば一大軍需企業だ。
巨大な工場を持ち、その中には多くのオートメーション化された製造ラインが存在している。
今回上がった報告は、戦闘機などの塗装に使うスプレーの故障であった。
この塗装機械はピストンによって圧縮した空気をタンクに溜め、それを閉じ込めるバルブを解放することで空気の噴流を生み出し、塗料を噴流にのせて吹き付けるというものなのだが、その空気を圧縮する装置が破損したらしい。
「パッキンか………すぐに交換させてラインを復旧しろ。」
「copy」
報告から即座に原因を見抜き、部下に指示を出す40歳前後の男。
彼は元々鍛冶屋の一番弟子だった人間で、師匠がパイロットになってしまうという意味不明な事態の後は開発部門のトップを努めあげていた。
暖簾分けにより現在は製造部の長だが、開発部とは元々部下たちであったこともあり良い関係を築いている。
「ん?」
と、胸元の通信端末に着信が入る。
「もしもし?こちら製造部。」
すぐさまタッチパネルの通話ボタンをタップする。
その相手は
「よぉ。リアーナだ。元気してる?」
「っつ!ボス!!?」
自らの敬愛する、軍の最高指令官であった。
ちょうど今日、学園に入学するので忙しいはずの彼女が如何なる用件でかけてきたのかと思い話を促すと、こういうことらしかった
曰く、レーションの製造に関して、その材料となる食料を増やしたい。
ついては、隣の大陸や新大陸にある海沿いの砂漠地帯を農地化できないか。
方法としては海水を真水に変えるために大型の蒸留施設を設営し、作った真水をパイプラインを引いて灌漑用の水とする。
温度は温室によって管理し、化学肥料とオートメーション化した生育作業によって生産力を上げる。
砂地なので保水性はすこぶる悪いが、それに関しては軽石や吸水性の樹脂を撒けばなんとかなる。
困難な事業ではあるがこれにより砂漠地帯を農地とすることができる、と。
「まぁ、あれだ。わざわざ砂漠に作るのは他国やら他の領地やらと競合、干渉が起きにくいからだな。」
この世界では砂漠で食料生産など夢物語でしかない。
そのため人もあまり住んでおらず、砂漠であれば広大な土地が安値で手に入るのだ。
環境の悪さなど技術と物量でねじ伏せられるリアーナ達からしたら、土地の広ささえあれば良い。
誰も見向きもしない広大な砂漠地帯は最高というわけだ。
だが、このリアーナの提案には問題がある。それは
「えー………、リアーナ司令。それ、もうとっくにやってますが。」
「…………ほわっと?」
そう、すでにその設備は実用段階まで入り、条件に合致する砂漠の60%近くがすでに軍の胃袋を支える農地と化しているのだ。
そこでは新大陸から種を持ってきたトマトや、ジャガイモ、その他にも様々な作物を栽培し、牛や豚などの畜産も育てている。
また、ボディアーマーのために数が必要であったアラクネーの繁殖施設もここに敷設され、対弾繊維を生み出し続けているのだ。
オートメーション化されているとはいえ最低限の人手は居るので、現地住民を勧誘したりタスマニア国内の奴隷を買って研修を施し、しかるべき福利厚生と給金で作業してもらったりしなければいけなかったが…………。
二年がかかったこのプロジェクトはマリアの助言と命令を受けて、三年前からの軍の部隊も借り受けての開発計画となった。
すでに完成して一年が経っているはずだ。
「………長い道のりだったがまさか最高司令官に話が回ってなかったとは。
そういえばマリア氏がこの事は秘密にしておこうかとかなんとか。
おねぇちゃんきっと驚くぞとかって嬉しそうにしていたが、マジでやりやがったのか。」
ボソリと呟いたそれはリアーナにも聞こえていたようで、彼女の声に動揺が混じる。
「あ、えっ………そうなの。なんかごめんな?
あ、そうだ。生産した資源の輸送路ってどうなってる?護衛は?」
「資源輸送路の護衛であれば近くの基地に任務が割り振られているはずですが………施設にも部隊を駐屯させ防衛に当たっていると聞いております。」
生産した物資の輸送経路は軍隊にとっての生命線だ。防備はしっかりとされていると彼は聞かされていた。
「そうか…………そっかぁ……………。
うん…………お疲れ様。しかるべき報酬を出させて貰うわ。」
製造部の長は頭を抱えた。
内心では
司令官困惑してるじゃないか。なにも聞かされてなかったのか?
部下どもは報告を上げてなかったらしいな。
本当に、連絡は密に取り合えとあれほど言われていただろうに…………。
などと思っているのだろう。
彼は自らのボスの優しさに助けられたような思いを抱きつつ、恐らく開発者としてのマリア氏への尊敬と軍属としてのリアーナ司令への忠誠心で揺れたであろう部下たちを、さてどう叱ったものか、というかそもそも自分も共犯か………などと考えつつ書類の整理を行い始めた。
単純計算ではありますが、8000万人を賄うのに必要な農地が16万平方キロメートル。
ナミブ砂漠が80万平方キロメートル、その60パーセントである48万平方キロメートルを本文中の方法(現実に成功したプロジェクト)で農地化すれば、恐らくリアーナの軍くらいは余裕で賄えるはずです。
あくまで単純計算なのでかなりの差分が出るかとは思いますが。
あと本文中にタスマニア国内の奴隷を国外へ流出させたとさらっと書いてますが、これものすごい国の生産力落ちますね。