その地平を目指して
ガァァァァン
と、黒の森に大音声が響き渡る。
それは、この世界ではじめての、実戦投入された砲火。
バレルに簡単な激発装置をくっつけただけの、フレームも給弾機構も備えない銃と呼ぶことすら烏滸がましいそれは、だが、数十と樹上に備え付けられたうち幾つかが爆ぜ飛んだり不発だったりしながらも、その大多数は役目を果す。
すなわち
「ギャッ」
「ギギィッ?」
グチャグチャと、熟れたトマトを潰すような音を立てて、モンスターどもの脳を潰し体を貫き―――――――――その軍勢を恐慌に陥れる。
砲火の恐怖は、兵子を押し留め、追い返すに足る威力を発揮した。
「ギイッ」
「グギャッ!」
耳障りな叫び声をあげながらも、ゴブリンやオークたちがほうほうの体で逃げ出す。
パニックに陥ったオークが逃げる途中で何匹もゴブリンを轢殺しているのが見える。うわっグロッまるでトマトソースをかけすぎたピザみてーだ。
「勝った…………のか?」
オヤジが生唾を飲み下し、こちらに聞いてくる。
うん、どうやらそうみたいね。あっけなさ過ぎて実感わかんけど。
「怪我したやつは?」
幾つかの装置は暴発して破片を撒き散らしてたはずだ。銃声とは違う炸裂音が轟いてたからな。職人たちが怪我してないといいが。
「あぁ、そっちは問題ない。みんな持ってた盾で防いだ。」
なるほどエクセレントだ。事前にジェラルミン製の盾を準備させといた甲斐があったな。ま、職人たちもこれが危ないもんだってのはわかってるだろうし。俺に言われなくても対策はしてたとは思うが。
「さって、これで対生物の殺傷力試験もクリアーだ。帰るぞ。」
バレルとアモはできた。あとは、給弾とフレームだ。
もうすこし、もう少しで、この世界の戦場が変わる。これまでの全てを否定して、“戦“が“戦争“に成り代わる。
兵士たちの誇りをかけた闘争は、機械的なプロトコルに、
前世の世界では、銃の登場によって戦争の犠牲者数は跳ね上がったらしい。ましてやいまだに騎士が前線で活躍するこの世界に俺が産み出そうとしてるのは現代火器。凄まじい火力と連射性能のアサルトライフルを、火縄銃もボルトアクションライフルも飛び越えて作ろうとしているのだ。
犠牲は数百数千倍に膨れ上がるだろう。
だが、そんなものは知ったことか。
ここからが、獣では到底真似できない、“人類の闘争“だ。特とごろうじろ、騎士ども。貴様らが農兵雑兵に食い尽くされる日は近いぞ。
さて、そこから数刻。あとのモンスターへの対処、遁走する生き残りの排除だったり死体のかたずけは、遅れてやってきた辺境伯軍に任せて俺たちは今鍛冶屋に戻ってきていた。
「こいつとこいつとこいつを組み合わせて、礫を連続で撃てるようにする。」
今、俺はオヤジに、クローズドボルト式アサルトライフルというものをレクチャーしていた。
アサルトライフルをはじめ、歩兵のメイン武器である連射可能な銃器には機構で分けて大まかに二つの種類がある。
それがオープンボルトとクローズドボルトとよばれる仕組みだ。
オープンボルトは、ボルトと呼ばれる、弾をチェンバー、つまり射撃待機位置に送る部品が後ろに下がった所から射撃を開始する。ボルトは下がることで撃った弾の薬莢を排出し、前に出ることで次弾を装填する。
具体的に説明すると、オープンボルトは、ボルトが下がり薬莢を排出し、スプリングなどよってボルトが前進しつつ弾丸をチェンバーに送り込むと同時に撃鉄が弾丸のプライマーを叩き発射する。その時の反動で後方に押し込まれたボルトが下がり……………と、以下繰り返しで連射する。
まぁ、つまり、このオープンボルトは弾がチェンバーに入っていない、ボルトによってチェンバーが閉じられていない状態からスタートするのだ。
そうなると当然、埃とかが入り込みやすい。信頼性を犠牲にする作動方式と言える。
また、撃針とボルトを一体化させ、次弾が装填された瞬間に撃発するという構造上、精度が落ちる。射撃時の部品ごとの動きが大きくなるため銃本体がぶれるのだ。
そのかわり、部品数は少なく構造も単純で済む。古いサブマシンガン、つまりは拳銃弾をばらまく銃器に使われている方式だ。
だが、今から俺が作るのはアサルトライフル。
構造が単純なことで知られるカラシニコフ小銃ですらクローズドボルト方式である。
こちらは、ボルトが弾丸を装填し、射撃開始位置に持ってきた状態から撃発する。
ボルトが下がり薬莢を排出し、ボルトが前進しつつ弾丸をチェンバーに送り込み、そして刹那の間を開けて撃鉄に叩かれた撃針がプライマーを叩き…………あとはオープンボルトと同じようにボルトが下がり、以下繰り返しで連射する。
ボルトが前後する仕組みはアサルトライフルであれば、薬莢がそのまま後退してその薬莢に遊底が引かれて給弾機構が動くシンプルブローバックではなく、ガス圧作動方式となる。
先述の通り、射撃時に薬莢は作用反作用の法則により後方への運動エネルギーを持ち、ボルトを押し下げようとする。
だがこの段階ではまだボルトは後退せずにロックがかけられている。弾丸発射時になって、銃身に開けられた開口部からのガスの圧力でピストンを動かし、そのピストンがボルトと一体化した棒、つまりボルトキャリアをプッシュすることでロック解除しつつ後退させるのである。
そして後退したボルトはブローバックで言うスライドと同じようにスプリングによって前進し、弾をチェンバーに送り込む。
これが、ガス圧作動方式。
ちなみに、このときボルトを直接ガス圧によって後退させるものをリュングマン式と言う。今回作るのはリュングマンではないので関係ないが。
今回はクローズドボルトのガス圧作動方式を使う。撃針とボルトを別々に作ったりと少し複雑かつ部品も増えるが、アサルトライフルにオープンボルトを使うような冒険をする気はない。トライアンドエラーを繰り返して作っていこう。あとはフレームがあるが、それに関しては、それこそ形さえかっちょよく作って、これらの仕組みを組み込めればあとは蛇足みたいなもんだ。細々とした機能拡張の、オプションを組み込める程度のもの。つまり、ここを越えればほぼ銃は完成と言っても良い。
――――――――もう少しで、俺の武器が出来上がる。
楽しみだ。
この話で主人公がフレームの形状はある程度できてればあとは蛇足と言っていますが、実際フレームやその他の外装部分の工夫であるフロートタイプのハンドガードだったりピカティニーレールだったりはアサルトライフルの必須条件ではありません。
とはいえ、あると無いとでは最終的な性能にかなり差が出てくるので、ガワも怠ることはありません。