ボルトアクション
呼ばれるまでの間はのんびりしてて良いとのことで、俺は結納に際しての王子からの贈り物を見ることにした。
「基本的には女の側から持参金を用意するって聞いてたが、王子の方からもらえるのか。」
俺の疑問にアンが答える。
「花嫁代金と呼ばれるものですね。こちらの実力を知っている公爵か国王辺りがゴマを擦ってきたのでは。」
公爵に様をつけないのとか王に陛下をつけないのとかゴマ擦るとかほんと不敬罪な、こいつ。
でもまぁ納得はできたわ。
いろいろ来てるので一つ一つ見ていく。
と、そのなかに、ひとつ、やべーもんを見つけた。
「……………アン、これは?」
俺が指さす先にあるもの、それは、単眼式の望遠鏡。
覗いてみると、結構倍率が高そうだった。
「それは少し前に他国で開発された遠眼鏡、望遠鏡です。」
アン曰く、レンズ型の透明なものが物を拡大して見せることは百年ほど前から知られており、水晶のレンズを組み合わせて遠方を見ることができないかと言う研究が続けられていたそうだ。
そこに、つい半世紀前ガラスを透明につくる技術が実用化され、安価で出回り始めた。
航海術に使えると目されたその研究はガラスレンズを豊富に使えるようになったお陰で、より活発になり五年前に望遠鏡が開発された、と。
あっちの歴史じゃあ15世紀ごろに開発されたが、だいたい14世紀くらいの技術レベルのこの世界でお目にかかれるとはね。
いや、それよりも。
「輸出する銃をM1903じゃなくM1にしといて良かったね。セミオートじゃともかくボルトアクションとスコープの組み合わせは下手すりゃ俺らにも痛打を与えられる。」
ボルトアクションライフルと言うやつはかなり古くからあるタイプのライフルで、一発射撃するごとに手動でボルトを引く。
M1ガーランドの前に使われていたのもこのタイプのライフルだ。
この作動方式は連射性能がおおよそ考えうる全てのライフルの作動方式の中でもっとも悪い。
だが、このボルトアクションという機構は、今なお最前線で使われるくらいには、その火力の不利を補ってあまりある程度には
――――――精度が良い。
これはセミオートに比べて射撃時のレシーバーの動きが少なく、そのため銃のブレが最小限であることが原因だ。
光学照準機、つまり遠くを拡大する機械と組み合わせれば旧式のM1903ボルトアクションライフルでもかなり使えるだろう。
そして、この望遠鏡はその光学照準機の代わり足り得る。
望遠鏡を覗くと、しっかりと十字線が入っていた。
大きさも十分ライフルに乗るだろう程度には小型だ。
もし、これを乗せたボルトアクションライフルを腕の良い猟師に持たせたら?
こっちの世界の猟師に主流で使われている弓とは射撃感覚こそ違うだろうが――――――そこの違いさえ乗り越えたら、獲物との距離や風速などの射撃に必要な情報を理解するカンや弾がどれ程落ちるかに合わせてどれくらい上を狙うかということを銃より直進安定性が悪い弓でやりこんできた経験は、恐ろしい効果を発揮するだろう。
高精度のライフルと、光学照準機、そして熟練の射手
その極致ともいえるのがかのシモ・ヘイヘだ。
これらのことを理解しているのだろう、アンも俺のセミオートにしといて良かったとの言葉にコクリと頷いた。
まぁ、他国でもいろいろガーランドライフルを改造してるうちにボルトアクションにたどり着くかもしれんが、それまでの時間くらいは稼げるでしょうよ。
ガーランドを狙撃のために使おうとしてスコープ乗せても俺が販売してたのは精度に問題がある初期型ライクだし。そーそー中たらん…………と思う。
ん?父さんに見せた試射じゃあ精度良しと言われてたろって?
使ってたのが俺な上に父さんの遠距離武器の基準は射撃時の弾が思いきり山なりの軌道を描く弓矢だからな……………。
まぁ、それは置いといて、望遠鏡があるって知れたのは収穫だな。警戒すべきことを知れるのは軍略で大いに助かる。
今あるのがガーランドだけだからといって誰かが改造したりして精度の良いやつを作らないとも限らないし。
ちなみに、うちじゃ狙撃銃はL115A3を使っている。
イギリスのAE社製のこのライフルは機関部は直方体型で、ボルトとエポキシ樹脂によってポリマーフレームに固定
バレルはフォアエンドに接しないようなフロートタイプとなっている。こういう類いのバレルはHK417にも採用されていて、あれもバレルとハンドガードが接しないようにしてある。精度の向上っぷりは……………AKと同じ作動方式でM4並の命中率を叩き出せる、と言ったらわかるやつにはわかるか。
作動方式はもちろん高精度で知られるボルトアクション。
使用する弾薬はラプアマグナムと呼ばれる、8.6㎜の大口径かつ火薬量を増やした弾。俺たちの軍はこいつのスチールコアタイプを使っていて、1.5キロを狙える
いや、これまでで最高だと2.7キロ超えの狙撃記録も残っているので、下手したら2キロでもいけるかもしれない。
これより上の記録となると口径12.7㎜の、コンピュータ制御を噛ませた対物ライフル――――チェイタックを使わないと無理だ。
スコープはマリアがコンピュータで試算した結果を参考にレンズを組み合わせて、6倍の倍率で口径が42㎜の物を作った。
元のAWMはシュミットアンドベンター社製のものを使っていたが、こちらではニコン製のものを参考にレティクルに入る目盛りを重力に引かれてどれだけ弾が落ちるかを試射を繰り返して計測、無風状態での50メートルおきに目標との距離を合わせた場合の着弾点にミルドットをふった。
シュミットアンドベンダーのはスコープを除いてみたらミルドットが等間隔に入っているが、俺たちのは下に行くにつれてミルドットの間隔が広くなるのだ。
後者の方が狙いやすく即応性に優れるのは言うまでもない。
これに風向きやら風速やらを加えて計算して弾着点を予測して撃つのだ、スナイパーは。
閑話休題
すわ狙撃仕様のライフルが出張ってきた際のスナイパー対策にかんしては今のうちに考えておくとして、今は王子との会合に集中だ。
使用人が呼びに来ると、俺は検分を切り上げて応接室に向かった。