邂逅直前
四日ほどたって、王子さまはうちに到着した。
窓から見ると、父さんが王子さまご一行をお出迎えに上がっている所だった。
この世界の貴族の女子の価値というのは、家が出せる持参金とその家の権力や軍事力に由来する。
貴族の中ではそこまで裕福とは言えない生まれの俺が彼の婚約者になったのは、国内で唯一常備軍の所持を許されている辺境泊に反乱を起こされでもしたらたまったもんじゃないから、というとこだろうな。
あ、ちなみにですが彼は王太子じゃない、つまり王の嫡男じゃないっすよ。
うちは俺が継がなきゃ血筋とかに問題が起こるため俺が嫁に行くことはできないんですわ。
だから、自然俺と結婚イコールあちらが婿に来ることになり、王の跡継ぎをくれる訳にもいかんのです。
第一王子なのになんで跡継ぎじゃないかと言うと、端的に彼の弟の方が有能だからっすね。
タスマニア王国の王はわりかし実力主義で継承され、一部貴族からは前時代的と批判されてるらしい。
この世界の文化、技術レベルのベースがあっちの14世紀後半くらい、実力主義の相続が行われてたのは同12世紀くらいなことを考えればそういうことなんでしょうね。
まぁここら辺の歴史知識は前世で軍の同期だったやつの受け売りだが。
俺からすれば実力が足りないやつが長子だからと相続できるのは国が穏やかで平和な証拠なんだけど。
揉め事も“実力で勝ち取れ“よりは起こりにくいしね。
ただ、ちょっとでも平穏が崩れたらドボンやんけと思うのでタスマニア王家式のが好みですが。
相続の間にどーしても争いが起こってそのときに国営に隙ができるのはともかくとして。
まぁ、そんなふうに第一王子さまはタスマニアンラプソディーの攻略キャラの一人ではあるんですが人気は第二王子の方が高かったし、その件の第二王子とやらが王太子なんすよね。
というわけで、弟に次期王の座を奪われてしまった哀れな王子さまを観察する。
おぉ、ブルネットに碧眼、ドイツ系のキリッとした顔立ちの美少年だ。
前世の俺は金髪碧眼で、顔立ちは北欧系だったなーなんて思い出す。
……………みなさん、忘れてるかもしれませんが俺の前世はジャパニーズでは無いですよ。
王子の話に戻そう。
んー、なんかこう、生意気そうなツラしてるし立ち居振舞いが傲岸で、隙だらけ。
第一印象は微妙かな。
王子の観察を切り上げ、今度は彼の周りを見ることにする。
彼が乗ってきたのはキャリッジとよばれる、客室を吊り下げることでサスペンションの役割を持たせた乗り心地の良い馬車だ。
王子さまに加えて付き添いも居る、ダンディーなおっさんだ。
護衛には騎兵がついている。
前にも会ったことがある、近衛兵と呼ばれる連中だな。
とはいえ今来てるやつらは見覚えのない顔をしているが。
「彼らは貴族の子息たちで構成された部隊です」
俺に侍るアンが解説してくれる。
なんでも、この世界では戦の際には高位貴族が総大将となるのが基本らしく、王からしたら彼らに裏切られてはたまったもんじゃないので貴族の子息が人質兼護衛騎士として王族直属の騎士団になるのだとか。
これはタスマニアも例に漏れず、近衛は貴族子息たちで構成されているらしい。
特に辺境泊は常備軍を持たされてるからほぼ確実に子供が近衛に入らされるそーな。
公爵、つまりは領地を持った内地の貴族なら戦のときは辺境泊が持ちこたえてる間に傭兵を雇って後から加勢する感じになるので、常備軍も持ってないし王からの警戒は緩めらしいけどね。
「辺境の、実戦経験を積まざるを得ない環境で子供時代を過ごし、近衛に入ってからは高度な訓練を続けた彼らは騎士の中でも精鋭です。」
あぁ、そいやそーだったね。
「国王陛下や王太子様であれば、王室の役人たちを侍らせてかなりの大所帯になりますが、そうではない王子の場合はそこまでではないようですね。護衛としてついているのは近衛20騎ほどでしょうか。」
そっだね。そもそもこの世界は封建制で王っても貴族と絶対的な権力差ある訳じゃないし、王太子じゃない王子とかマジで予備以上の価値ないんだろね。
だからこそこんなふうに、絶対王政、王族の権威がことさら大きい世界観ならあり得ないような“王族の側から出向く“こともまかり通るわけで。
ちなみにアンによると、タスマニア国王が直属として動かせる騎士団が150名ちょい、それとは別に竜騎兵が100ちょいほど。
それで足りなければ徴兵で集めた農兵を銃兵や槍兵として使ったり各地の領主に傭兵を雇わせたり。
まぁ、基本的に国王自ら軍を指揮することは無いらしいので近衛は戦場ではあんまり出番ないらしいけどね。彼らの主任務は各地が落とされて敵が王都まで迫ったときの防衛と王族護衛です。
「なるほど、ありがとな、アン。で、だ」
ふと、気になったのは
「お前一人で、HKアサルトライフルと予備マガジン3つ、あとグロック18装備。
これであの護衛たち潰せる?」
「グロックと予備マガジン3つでも、最大限長く見積もって一分と半ほど頂ければ。」
恭しくカーテシーをしながら答えてくれる。
ひゅーっ。たのもしーぃ。
で、まぁこいつには少しだけ劣るとはいえこのレベルの兵士が我が家の中には10名いる。どいつもこいつもメイドに擬装した鬼神どもだ。
もし、万が一、いや無量大数の彼方の確率でそれでも足りないと判断したら、すぐに基地に連絡を取って戦闘機なり攻撃機なりが五分で発進、そこから一分もしないうちに爆撃と機銃掃射が行われる。
さらに時間をかければ後続の歩兵なり戦車なり自走砲なりが続々終結し、城塞都市ひとつを焦土にできるのに充分以上な戦力だって整えることができる。
これらの一連の動きは俺が耳元の通信機に向かって一声かけるだけで無条件かつ即座に行われるのだ。
それに対し、あちらさんは騎兵が25ちょい。
…………………王子よ、もし俺があんたを害そうとしたら護衛の数と質が絶望的に足りないんだがどうするよ。
………………いや、まぁわかってますよ。うちに対しての対抗策じゃなく道中の盗賊とか獣に対してなんでしょうねってのは。
言ってみただけです。
「マジェスティ、もう少しで呼び出しがくるかと、ご準備はよろしいですか?」
アンの問いに
「クソめんどくさい以外はオールグリーン」
サムズアップと爽やかな笑みを返してやった
さて、淑女としての戦場に行きますかね。