現代軍隊
ワイバーンとドラゴンのスタンピートをオヤジの戦闘機部隊が撃退してから一月がたった。
そろそろ王子さまが訪ねてくる頃になって、俺たちは新たなフェーズに入っていた。
それは
「こちら開発部、無人ロケットの発射に成功、大気圏脱出まであと45秒。
衛星軌道まで観察を続けます。」
開発部からの通信。
そう、宇宙進出だ。
宇宙空間というやつは、空気がないため外部から空気を取り入れるジェットエンジンが使えない。
そのため、地球では内部に酸素―――まぁ正確には液体酸素などの酸化剤だが―――を入れたロケットエンジンによって大気圏外に飛び出していた。
液体酸素は空気をピストンで圧縮して急減圧をかけることによりジュール・トムソン効果と呼ばれる現象を引き起こし液体空気を作成、蒸留することで液体窒素と分離させることで作り出した。
うちの奴等もそのロケットを作り出し無酸素空間への切符を手に入れたのだ。
ここから試験を重ね実用レベルまで技術が達したらGPSシステムなどの各種ハイテク誘導兵器や各地の精密な地形把握に欠かせないシステム、並びに通信衛星などによる全部隊でのリアルタイムでの相互情報共有システムを構築する予定である。
俺と妹は屋敷のソファーで通信を聞きながら顔を見合わせる。一月ほど前からずっとこれに関するソフトを組んでたのがやっと実になりマリアもとても嬉しそうだ。
喜ばしいねぇ。
これを実現すれば、俺たちは効率化を突き詰めた、戦争機械のような軍勢へと進化する。
野蛮な前近代の軍隊から現代的な軍隊へ更に近づくのだ。
この他にも、艦艇や航空機によって俺らが居る大陸とは別の大陸を発見し、そこから俺たちの軍に志願する人間を集めてきたり、敵国で隔てられたこの大陸の南部から各種の香辛料など高値で貴族に売れるものを持ち込んだりした。
売り上げ落ちてきたガーランドの代わりにスパイスを売りさばきます、他より遥かに安価で。
しかし、あれだ、輸送路上にある敵国さん、地上とかせいぜい低空しか警戒しないから高度10000メートルを飛行する俺らの軍のC17大型長距離輸送機は補足すらできねーでやんの。
まぁ竜騎兵なんつー航空戦力があるとはいえあいつらはそこまで高高度は飛べんし、まだ制空権や航空優勢の概念すら確立されてないこの世界の軍隊に無理言うなって感じだけど。
あ、ちなみに海で隔てられた他大陸から人を輸送してくると防疫上の問題があり、今回だと新大陸の人たちに天然痘の免疫が無いことが問題になりました。
こっちの人間には多少の耐性あるけどそれでも流行起こるときは起こるもんな。
天然痘の病原菌に触れてこなかった彼らはなおさら症状も流行の速さもエグくなる。
アメリカ大陸の征服に手こずったイギリス人がネイティブアメリカンに天然痘患者の使用した毛布を渡してパンデミックを起こさせて滅ぼしたなんて話もあるくらいだ。
と、いうわけで、畜産家から牛痘という病気にかかった牛を購入し、その牛から出た膿を付着させた針を皮膚に刺す所謂“種痘“を彼らにはさせてもらった。
これはもっとも最初にできたワクチンとも言われ、天然痘への抗体を作るための処置だ。
これでいざ発症しても症状が軽くて済むだろうな。
これをきっかけにしてうちの軍では疾病対策部門が出来て、鶏卵などを使ったワクチンや青カビを使用した抗生物質などをマリアが教えて開発が進むのだが、それはまた別のお話。
ん?手洗い?
そんなもん俺が軍を作ってからはソッコーで徹底させたよ。苛性ソーダ作れるようになってからはそれと植物油を混ぜて石鹸も作れるようになったしな。
これは疾病対策の基礎の基礎となることだしやっておかにゃならん。
ただなぁ…………うちの奴等はすんなりやってくれたんだけど、善意で教えてやった他のとこの、特にプライドの高い医者や貴族とかが
「我々の手が汚いと言うのか!」
ってキレて反発してきてウザかった。
即座に射殺して死体を燃して隠蔽した程度にはウザかった。
残った遺骨は海にばら蒔きましたまる。
んでなぁ…………貴族をぶっ殺したせいでいくつかの家が相続問題で揉めたんよ。
兄弟の骨肉の争いが起きた。
基本的には長子が美味しいとこ総取りなので、弟が旨味をとろうと思ったらもっとも有効なのは暗殺で、カウンターとしてもっとも禍根が残らないのも、同じく暗殺だ。
そこに目を付けた俺は横から介入して、解決の手伝いと称してこちらに有利になる人間を次期当主に定め、政争相手は片っ端からぶっ殺して、その対価として土地とかいろいろな利権を掠め取った。
マッチポンプだぜ!いぇーい!
バレたらお家ごと取り潰しされてもおかしくない所業だが、そんときは徹底抗戦してやる。ナパームとクラスター爆弾で王都ごと法執行機関を焼いてやる。
この世界の法執行機関、具体的にどこか知らんけど纏めて燃やせばそん中にあるでしょたぶん。
んで、だ。そうやって得た土地と友好関係を結んだ領、少し前まではもて余してたんよ。
でも最近兵員や兵器も増えてきて、ひとつの基地じゃ足りなくなってきたので
基地を増やすことにしました。
その結果掠め取った土地に基地を建造し、タスマニア国内でなにか起こった際の即応力を上げることになったので良かったね。
そんで味を占めた俺は軍事上の重要な地域で、そこの領主家に潜入させたスパイを通じて当主暗殺からの介入そしてマッチポンプの流れを行い、同じように土地を得た。
うーし、これで要所にうちの基地を置くことに成功したぞ。と思ったねあんときは。
俺の真意に気づいて嗅ぎ回ってたタスマニアの貴族や役人も居たが、そういう人たちは永遠に黙ってもらうかスパイス等の安価での納入やうちの戦力でその人たちの領や土地を防衛することを対価にしてこちらに取り込むかすることで、基地を建てるための土地やら金やらを融通してもらった。
……………まぁ、俺らがそこを守ることで俺らの評判や支持が高まり、そこの領主は守ってくれないという印象を領民に与えていざというときにそこに侵攻しやすくする狙いがあるのは俺とマリアしか知らない極秘事項だ。
軍隊がどこかを攻撃するときは進攻する相手国の民衆のヘイトコントロールできなきゃ厄介なことになるからね。
これトチると相手の一般市民がどんどん反乱軍とかゲリラになるから。
某米国もイラクでやらかして面倒なことになってたから。
逆にそこの一般市民に支持されてると、あちらから望んで物資を融通してくれたり施設設営とかの人夫として雇う際の交渉がスムーズにいったりするからお得。
基地については、各地域にひとつづつ、その地域一帯を管轄する統合軍の本部として、陸空軍で使う施設を統合した基地を置きその基地のトップを統合軍指揮官兼基地司令として運用する。
海辺の地域だとそこに海軍が追加される。
その下に、空軍やら陸軍やらの部隊ごとに個別の基地が置かれるわけだ。
これは、現代戦のセオリーである、陸海空の各軍を別々に運用するのでなく、担当地域や担当任務によって分け、それぞれに各軍を纏めて運用する統合軍ドクトリンをよりスムーズに行うためだ。
また、このように基地が増え、総司令本部と前線基地が明確に別れた結果
「開発部からHQC、ロケットが衛生軌道に乗った、追って知らせる」
「HQC copy out」
前までは前線指揮だった俺のコールサインが、HQC、つまりはヘッドクォーターコマンダー、つまり総司令官に変更された。
出世だーわーい
……………前線から遠退きそうで少し複雑な気分だ。
っと、通信だ。今度は誰だ?
「王都軍からHQC、王城監視部隊と王城に潜入中のオルトロスより緊急の報告があった。」
王都軍、つまりタスマニア王都付近を担当する統合軍の本部基地は東部公爵様を通じて国に交渉して土地を買い取り、タスマニア王都近くに建築された。
モジュラー工法による工期の短縮と職人の執念によって一月たたずに建てられたのだ。
…………うちの人材はバケモノです。
本来なら一国の首都近くに自国の直轄軍以外の軍隊を置くなんざ気が狂った所業だが、まぁ逆らったら焦土になるのはあちらさんも理解してるだろうし、ね?
あ、ちなみにそこが俺の軍の基地だと知ってるのは直接こちらとの接触を担当した公爵と、あちらの最高責任者であるタスマニア王だけだ。
民衆に知られたら混乱が起きるだろうしあちらさんにもメンツがあるし、情報統制はしっかりやられてる。
そんなことを考えながら、俺は通信相手に報告とやらの内容を聞く。すると
「そちらに向かって馬車が出発した。そちらの婚約者殿―――――王の子息と見られる。」
なんと、王子さまがこちらに向かってるらしい。