騎士の時代、兵士の時代
諸君、加減は如何か?私はタスマニア近衛騎士団団長を勤める、アーダルベルト=シュヴァルツと申すものだ。
私の率いる騎士団は今、辺境伯領に向かう途中に出会った風変わりな少女と行動を共にしている。
彼女が耳に付けた器機に何やらボソボソと声をかけると、なにやら大柄な鉄製の馬車がやって来た。
いや、馬車というと語弊がある。
それは、馬に引かれていなかった。
どのような仕組みによるものか全くわからんがともかくこいつは馬車よりも性能がよい。
我が騎士団にもひとつほしいくらいだ。
………魔術じゃなかろうな?
と、そんな風なことを考えつつその車、ハンヴィーと言うらしいそれに乗って目的地に向かっていると、とんでもないことが起きた。
翼竜の大群が襲撃してきたのである。
彼らは仲間内の絆が強く、頭がよい。
仲間の血を嗅ぎ付けて死骸を発見し、そこに残った我々の臭いを追ってきたのだろう。
彼の少女が直前に彼らの仲間を殺していたことを思いだし、なるほどそれが原因か等と頭の端で考える。
自分は、すぐに同乗する騎士たちに弓で迎撃するように命令を出そうとする。
しかし、その前に、少女が動いた。
彼女はハンヴィーの天井に備えられた開閉式の扉を開けるとそこから顔を出し、轟音を立てる弩、彼女とその連れ合いがアサルトライフルと呼ぶものでワイバーンに攻撃を始めたのだ。
女性、それもまだ子供と言っていい歳の彼女に守られる形になったのは騎士として複雑な心境だが、そもそも彼女達は一瞬で最下級の翼竜とはいえドラゴンの一種を倒し、我々に護衛の名目で同道しているのだ。
とはいえ、これはさすがに驚く他ない。
少女の放つ攻撃は、その一つ一つが正確に、飛翔する竜の急所を捕らえているのだ。
熟練の弓兵かと言うような所業、否、我々が駿馬の全力疾走並の速度で動きつつ的もそれ以上の速度で動いていることを考えるとそんなものではこれを表すには足らぬだろう。
彼女の腕か?いや、もしかしたら彼女の使う弩に秘密があるのかと思い、それと良く似たものを使う彼女の相方に聞いてみたが
「ありえませんよ、あくまでアサルトライフルは銃口から直線軌道上を攻撃するもの、たしかに弩よりは直進性や弾丸速度は速いですが、それでもあんな速度で動き回っているものの頭部に、一撃必中で当てるのはハッキリと不可能です。ましてや相手は飛んでいて、上下の動きまであるのに。」
苦みばしった顔でそう言われてしまった。
その後言われたことによると、確かに彼女達が持つ武器であればワイヴァーンの大群に勝つことも可能だが、あくまでそれは広範囲に攻撃できる武器を使ったり、誘導性能がある遠距離武器を使ったり、連射して大量の“弾丸“をばらまくことで当てるというものだそうだ。
あぁ、そうだ、弾丸というのは彼女達に教えてもらって知った。小さな金属の礫だそうだな。
……………ともかく、今少女がやっていることはやはり尋常のことではないらしい。
それを理解した私が翼竜たちが落ちていくのを見ていると、女はさらに説明を続けた。
む、まだ続きがあったのか。彼女の話は私としても興味深い。一言一句逃すまいと耳を傾ける。
「マジェスティはいつもそうです、その兵器の正道の使い方をしない。今やっているようなマジェスティのやり方は確かに弾丸は無駄使いせずに済みますが、普通は真似できない所業ですからね。この状況なら、普通は弾を広範囲にばらまけるフルオートでの射撃を選びますよ。
…………そして、彼の御方はどちらかというと皆がそれをできる“普通の“やり方に価値を見いだします。」
皆がそれをできる?普通?
どういうことだ?
私は、マジェスティと呼ばれた少女が戦闘をする音を聞きながら問う。
「我々の使うこれらの、ライフルの強みのひとつはそれを使う際の技術錬成が容易なことです。なので、一定のレベルの兵士を万単位で量産でき、最悪農民ですらも戦列に立たせることができる。それこそ、騎兵すらも殺す、規格化されたひとつの部隊として。これは集団の、数の力を最も効率よく振るうのに適した武器なのですよ。」
侍女の格好をしたレディは、自らがもつライフルを私に見せつけながら言う。
それは…………なんというか………
「強兵の大量生産、そして画一されたそれの集団戦法か。恐ろしいことだな。」
個の武技に頼る戦いより、それは圧倒的に指揮しやすく、戦術を組み立てやすく、兵を強くしやすく、数の力を活かしやすくなるだろう。
「表面上、騎士と農民の混成軍であってもある程度の数を揃えることはできたように見えます。ですが、それのうちいくらが戦力となり得るのでしょう?技でなく誰でもすぐに扱えるようになる武器ですぐに強兵となれる。だから捨て駒の“農民“ではなく、戦力足る“兵“の数が揃えられる。そこに銃の、ひいては軍団の意味がある。
…………だから、誰もできないようなことが出来ても意味はない。自分のやっているようなことは、曲芸でしかない。
そう、マジェスティはいつもおっしゃります。」
それは、なんとも、達観しているというか――――
「空恐ろしいな。まともな人間の思考ではない。」
その思考は、徹底して効率化を是とするもの。
ただただ殺すために誇りも傲りも自らという“個“も切り捨てた戦争機械。
そんな印象を抱かせる。
ふと気づくと、ワイバーンと戦う少女、いましがたまで話題にしていた彼の者は笑っていた。
哄笑と言うべき様子で高らかに声をあげて、心底楽しそうに嗤う彼女は、私に底知れぬ畏怖を抱かせる。
それを見て、私は直感的に確信する。
…………この者は、危険だ。騎士にとっても、国にとっても。
その思想からなる戦術は農民、つまり彼支配階級に容易に力をつけさせる。
実際彼女達の軍は孤児出身で占められ、今やって見せられているように竜すら倒す力をもつという。それは、一人につき約三月も鍛練させれば可能になるのだとも。
剣や槍、弓を使っていてはそれこそ一生をかけてもなし得ぬことを、銃さえあれば資質に関係なく農民ですら可能となる。
それは、現体制を崩壊させうる。
とはいえ
――――こんなものを相手に、どう手をうったものか?
如何にリアーナが頭おかしいことをしているかというと
「単発のライフルで飛行する零戦のコクピットを狙撃している」
ようなものです。