令嬢の尾を踏むのは
このひとつ前の部分で、CICを指揮する役職にミスが発覚したため修正しております。
怪物が怪物を殺した
私、タスマニア王国東部を統べる貴族であるアルノルド=ヴァイツロイ公爵がそれを見た感想は、そんな捻りのないものであった。
それは、自らの意識を疑うような光景。
麗しき少女に率いられた艦隊。それは、私の目の前で、たった二回の砲撃で、数多の大国を飲み込んだ龍を、その口から炎を吐き出すことも龍の権能によって津波を引き起こすことも、何一つさせずにその身を千々に引き裂き沈めた。
ことの起こりは、つい昨日参加した夜会だ。
ドラゴンの討伐などと言う異常事態が起こった領地を管轄する南部辺境伯、怪しんだ私がネズミを送り込んでも一切尻尾をつかませないその男の、娘がその夜会に参加するという報を得たことだった。
私は、貴重な情報源となるその娘と接触し、その様子に興味を持った。
そこで、私はその子と、辺境伯を試してみることにしたのだ。
彼女が挨拶をしてきたときに、私はあくまでポロリと言ってしまった風を装って、彼女が初めての夜会であることを私が知っていると匂わせた。それは、よくよく考えを巡らせれば不自然なひと言。
さて、気づくだろうか、どんな返しをしてくるかと思って。
そうして私はその結果に驚愕した。
彼女は私の言葉の不自然さを看破し、あまつさえ私の方が彼女の手勢に潜り込まれていると返してきた。
それは、今朝私の護衛隊長が消えて、なぜか辺境伯邸で再会したことをかんがみるに、すべて事実であったのだろう。
彼女の父、辺境伯であれば、まだそこに不自然さを感じても納得できる。
だが、それを、まだ幼い令嬢がやってのけたのだ。
並のことではない。私はさらに深く彼女を探るため、今日この日彼女の元を訪れた。
これは只の令嬢ではない。私が気を引き締めて彼女と話していると、彼女の使用人は私の度肝を抜くような所業に及んだ。
彼女は手を触れず、よくわからない機械を使って私の目の前のコップを粉砕してのけたのだ。
どうやら彼女の口ぶりから察するにマグプルと呼ばれるそれは、普段は鞄にしか見えないその形状ゆえに暗殺や警護にとんでもない威力を発揮するだろう。
なんとかあれを手に入れられないかと思案していると、辺境伯令嬢は私を船に乗らないかと誘ってきた。
何やら耳元の器機に手を当ててそこに注意を傾けていたと思ったら、そんな突然の申し出である。
私は少々面食らいつつも、情報を逃すまいと誘いに乗った。
そうして私が見たものは
――――――――神話の一幕であった。
たった1隻の船が、本来であれば大きな街を呑みこみ壊滅させるに足るドラゴンの群れを一瞬で滅ぼし
神話に語られる怪物リヴァイアサンまで刹那の間に弑してしまった。
しかもこれは、少女が自由に動かせる戦力のほんの一部でしかないと彼女に、リアーナに侍るもう一人の令嬢、辺境伯の次女であるマリア=セレスは語る。
その顔には、ありありと己が姉と己が艦隊を誇る色が浮かんでいた。
「出鱈目だ……………。」
辺境伯令嬢たちに聞こえぬように、小さく呟く。
おそらく、これを見せられたのは威嚇だ。
――――――もし、貴様らが牙を向くなら、神話を屠るこの業火が貴様らを襲う――――――
そういう威嚇だ。
これは、後に確認してわかったことだが、どうやら彼の令嬢は武器の売買によって隣国とのパイプを繋いでいるらしい。
なんてリスキーな…………同盟国とはいえ、他国に勝手に武器を売るのは下手をすれば反逆の罪に問われかねない。
いかなここが他国との国境を領地とし、戦の時には真っ先に前線となるという特性上武力の保持を許される辺境伯領とはいえ、下手をすればこれだけの戦力を保有しているだけでもアウトなのに。
まぁ、この子の場合それを理解しているからこそ今までこれらを隠してきたのかもしれないが
これは、報告せねばならない。一刻も早く、王に。
決してその尾を踏まぬよう。決して敵対せぬよう。
我が王国が、この怪物の敵に回れば、この国は
――――――――日も跨がずに滅びてしまうだろうから。
リアーナの軍の戦力ですが、タスマニア程度なら火力のゴリ押しで一日もあれば滅ぼせます。
だから彼女は自重しません。
すぐに潰せる相手に気を使うような殊勝さは彼女には無いです。