コンバットオープン
南部辺境伯領にある邸宅。
そのテラスで、俺とその筆頭メイドはピクニック的なことをしていた。
飯はスモークしたドラゴン。俺が少し前に討伐したやつのほほ肉を、燻製にしたしろものだ。
味に関しては糞ほど心配してたがなかなかうまい。確かに脂は少なく霜降りとは言えないが良質な筋肉は柔らかく歯を押し返し、噛めば噛むほどに肉汁が出てくる。
この他にも生ハムとか作ってるからな。そっちも熟成が終わるのが楽しみだ。
「なぁ、アン。」
「はい、なんでしょうマジェスティ」
なんぞ不思議な呼び方をするようになってしまった側近である。
わりと手遅れ感はあるが優秀なこいつに俺は悩みを打ち明ける。
「俺、全く令嬢らしいことしてない。」
そう、俺は令嬢なのだ。
そろそろ皆に忘れ去られてるかもしれんが、貴族令嬢なのだ。乙女ゲームの。
と、いうわけで。
「まぁ、ちょうどいいし。今度行く初の夜会は気合いを入れていこうと思う。」
デビュタント、貴族令嬢の社交デビュー。
来週に控えるそれに、我が軍は全力出撃します。
「承知いたしました。では部隊のものにアラクネを狩らせて参りましょう。あれの糸は最高級の服の材料になりますから。
デザインはどなたに頼まれますか?」
「お任せで」
よく知らんので頼みますよ。アンさん。
「畏まりました」
よし。これで大丈夫。後はちょちょいと仕込みをして、本番を頑張ろう。
そして、やって来ました夜会当日。
さすがにハンヴィーやら戦車やらで乗り入れるわけにもいかず、普通に馬車。ケツふっかふかだった。
デビュタントの常識に沿って父さんにエスコートしてもらう。入り口に立つと、ちょうどネームコールマンと呼ばれる、出席者の名前を読み上げる人の声が聞こえてくる。
父さんと一緒に招待状を見せて。中へ。
「南部辺境伯ヴァイス=セレス閣下、ならびにご令嬢、リアーナ=セレス様!」
名を呼ばれて、中に入る。
纏うのは、深紅のバッスルスタイル。アラクネの糸で織られた布で、メイド部隊のヤツがコネクションを作っていた王都の最高級オートクチュールに作らせた逸品だ。
尻の部分に詰め物をして、大きく膨らませたそれは、今の流行りであるパニエと呼ばれるスカート全体を広げたものよりスマートで、洗練されている。
当然、目立つわな。重畳重畳。
顔をあげて、堂々と。しかし淑やかさも滲ませて。
高いヒールを鳴らすことすらなく、静かに。
ニコリと俺が微笑みかければ。貴族の子息が頬を赤らめる。
ここは、貴族の、貴族が鎬を削る戦場。
嘗められてはいけない。目立ちすぎて礼を失してもいけない。
まずは主賓にご挨拶、
父さんの手慣れた挨拶の後で。
「本日はこのような素晴らしいパーティーにお招きいただき感謝いたします、公爵閣下。
私は南部辺境伯令嬢のリアーナ=セレスと申します。浅学非才の身ではありますが、以後お見知りおきくだされば幸いでございます。」
そこまで花開くような微笑みでするりと言い切って。片方の脚を後ろに下げて、少ししゃがみつつスカートをつまんでちょっと持ち上げる淑女の礼をキメる。
背筋は伸ばしたままね。ここでお辞儀するのは論外。
こういうパーティーはあっちでの護衛任務で慣れてる。緊張はあんまないし場の雰囲気に飲まれることもない。
まさかこっち側に立つ日が来るとは思わなかったけど。
公爵と父さんは一瞬目を見開いてから
「素晴らしいお嬢さんだね、初めてなのにこんなに素晴らしい挨拶ができるとは。辺境伯。君は果報者だ。」
「…………いえ。」
そんなことを言ってくれる。ありがとさん。
父さんは俺のそれを見て固まったあと、公爵の言葉で再起動して、しきりに恐縮していた。
なんかペース崩れてるなこの人。
まぁいい。コネ作りやら、なにやら。
魍魎が跋扈するここで、全力で戦い抜いてやる。
さぁ、コンバットオープンだ。