余波
その日、タスマニア王国王宮は未曾有の喧騒に包まれていた。
原因は、とある知らせ。
「辺境の地に居座っていた龍が何者かによって討伐された」
元々それはドラゴンに悩まされていたその領主からの報告であった
ありえない。王宮で働く宮廷貴族、そして管領たちはその報を聞いたとき即座に欺瞞情報だと切り捨てようとした。
しかし、そんな情報を流して得するものはありや?
“誰が討ち取ったか“それが明確であればそれは出世欲や名誉欲を拗らせたものが名声を欲して流したのだと考える。
吟遊詩人が歌うなら、それは物語だ。
しかしそのどちらでもないその報は、王宮に混乱を引き起こした。
さて、領主が流すならそれは民を安心させるためのウソであったり交易が滞るのを防ぐためのものか?
とはいえそれならば王宮に報告するだけでなく巷に流すであろう。
そのような噂が市井に流れているという事実はない。
しかしそれが偽証であるならば犯罪である。
王国法では強大なモンスターの情報は国防上の重要事項とされ、政治に関わるものの公式な発言においてそれに関する嘘は許されない。
タスマニア国王ガリウス=アーノルド=タスマニアは真偽を確かめるべく、その領主を呼び出した。
その領主というのが、誰あろう、リアーナの父であるヴァイス=セレス辺境伯その人である。
「発端は、市場に流れたモンスターの素材でありました。」
セレス伯は王の御前で、君臣の礼と呼ばれる片膝をつき右こぶしを胸に当てるポーズを取り、促されるままに語りだした。
「誰も見たことがないそれは、深紅の巨大な鱗でございます。それは、凄まじい固さを持ち剣や槍を通さぬほどでございました。」
剣や槍を通さぬ深紅の鱗。
明らかに尋常の獣のものではない。南方の国には穿山甲と呼ばれる、それほどの固さの鱗を持った生き物がいるというが、伝え聞くその鱗とは色も違えば大きさも違う。かの獣は小柄なのだ。
「いったいこれは何者の鱗かと我々が思案していると、我が領地で学者をしている者がこれは龍の鱗に似ていると申したため確認を取りました。」
ヴァイスの領地の学者と言えば、中々に高名な学者である。
特にモンスターの生態に関しては王国でも屈指であるとか。
そのような者が見間違うだろうか?
「その確認というのは?何をもとにして確認した?」
王の側に侍る宰相が口を開く。
「は、先述の学者が所有する、古の英雄が撃退したと言われるファイアードレイクの鱗で。」
なるほど。少なくとも我々ができる中ではよき方法だろう。
そう考えてから宰相は続きを催促する。
「市場の鱗は、標本のものより瑞々しく、明らかに抜け落ちて何年、何十年とたったものではございませんでした。また、たまたま何者かが落ちていたものを拾って売ったと言うには、まとまった数が出回っていたのです。それだけであれば、撃退したものがいたのだろうと考えておりました。しかし………………おい」
辺境伯爵は部下に命令を出す。すぐさま彼は謁見の間から退出し、在るものを持ってきた。
はたしてそれは
――――――――巨大な結晶であった。
「これは、竜涎香!!!?龍の喉の奥に在ると言われる?これをどこで?」
宰相が興奮して声を荒げる。それは、10年に一度、龍が吐き出すと言われる貴重な結晶。王家の宝として、王冠の装飾にもなっているものである。それを、なぜ。
「は、これを得たのは、
―――――――龍の頭部からでございます。」
謁見の間が静まり返った。
その後、王宮には辺境伯領からの荷馬車が到着し、そこに乗せられた物を見て大臣たちは思い知った。
龍は本当に殺されたのだ、と。
それは、龍の頭。
それだけで特注の巨大な荷馬車を満載にする、至高の生物の頭。
なぜか舌と頬肉が切り取られていたそれは、左目がつぶれていた。
「なるほど、の。ここから脳を……………」
それを見て、王はこの龍、ファイアードレイクと呼ばれるそれがどう弑されたのかを理解した。
「ヴァイスよ、これは、お前が見つけたときにはすでに?」
「はっ、すでに頭部だけになっておりました。」
王の問いに辺境伯爵は答える。
しかし、果たしてこれを彼はどこで見つけたのか?大臣や官僚たちの視線がヴァイスを向いた。
「それが………………どこの誰がドラゴンを撃退したのか特定しようとしている最中のある日、我が家の庭にこれが急に出現したのです。」
「…………………」
荒唐無稽な話だ。だが、今目の前に在るこの龍の一部を見た後では、もはや何が起こってもおかしくないように思える。
「わかった……………ドラゴンが討伐されたというのは、真である。このような明確な証拠があってはな。ヴァイスよドラゴンの頭部は貴様の領地で保管し、学者に調査させよ。これで謁見は終了とする。皆のもの、ご苦労。」
「はっ。失礼します!」
王が許可を出して、ヴァイスは帰路へとつく。
そして、彼がドラゴンの頭部とともに帰った後で王宮は先述のとおりに騒がしくなるのだった。
主に、史上初のドラゴンスレイヤーは誰かという調査で。