ドラゴンスレイヤー
「グルゥオオオオオオ……………!」
ドラゴンが吠える
それは、猛る暴龍の咆哮
ではない
死にかけた獣の、断末魔のような弱々しい声だ。
それもそのはず、目の前で地面に横たわるこのドラゴンは左目から血を流し、体内ではすでに脳に深刻な損傷を負っているのだから。
「呆気なかったな」
俺はそいつ、全身を深紅の鱗で覆われた、長い首に蜥蜴のような顔、空を覆うような、巨躯と比べてなお巨大な翼と、それとは別に体から延びる後ろ足前足。そして5本指に巨大な鍵づめを備えた、空の王者
……………だった死体を見ながら独りごちた。
時は少し前に遡る。
領地から街道をハンヴィーで走ること数十分、トレシュと通信を取り、俺たちは龍を補足した。
俺は車から飛び下り、地面を転がることで衝撃を分散しつつ着地、その瞬間に俺を認識したドラゴン、アン曰くファイアードレイクという種類らしいそいつがその体に比して長い鎌首をもたげ、息を吸い込んだのを見てとると、全速でそいつの方に駆け寄った。スリングで脇にぶら下げたHKのグリップを掴んで体の前に。
セレクターはセミオートに切り替えて――――
直後、先程まで俺がいた場所に超高圧の火炎が襲いかかった。
ドラゴンブレスだ。
たぶん火炎放射器のように粘性の液体タイプの燃料を吐き出し、それに着火しているのだろう。着弾した場所は草が燃え尽きた後も燃えている。
炎の燃焼には燃やすものが必要だ、草が無くなっても燃えているなら、それは燃料ごと飛ばしているということ。
ブレスを回避した俺は、奴さんの腹に潜り込む前に走る軌道を変え、そいつの左側面まで走り抜けた。
デカイ破砕音が聞こえてそっちを見ると、自分の方に直進してくる俺を見て、死角に潜り込まれたと思ったのだろうドラゴンが前足で腹の下にストンピングをしたところだった。
初手、読みあいは俺の勝ち。
普通に考えてそこに突っ込だろう。お前にとっての死角なら、こっちは狙うと思うだろう。
そんな当然の読みを外してやれば、側背を取るなんて容易い。
一瞬、隙とも呼べない隙を見せて、そいつはこちらを視認する。
今度はたぶん、溜めのあるブレスじゃなく、素早く繰り出せて広範囲を攻撃できるために狙う必要のないティルバッシュ――――――ここまで近づかれて、攻撃範囲に入ってて、隙のデカイ攻撃を選ぶのは愚策だろうさ。
とはいえ、いくらやつの反射が速くても、やつが反応する前に行動を決めてれば
「―――ははっ、間に、あったぞ――――クソトカゲ。」
俺は今度はやつの懐、薙ぎ払いの回転軸であり、セーフティゾーンであるそこに逃げ込み、腹に弾丸を一発お見舞いする。
弾かれて、効かない。
となれば後ろ足の爪で抉る攻撃が来るので、さっさと退避、今度はドラゴンの体の右斜め前へ。
そしたらやつが後ろ足で爪の一撃を放った。
半拍遅いよ、オオトカゲくん。
いかんせん、こいつ30メートルはあるから死角とかでかそうだよな。いつもなら問題ないんだろう、相手の攻撃は弾いて、当たるまで大火力の攻撃をばらまきゃいい。
それにしては
――――戦いかたに風格がないけど。
そのとき俺はドラゴンの右前足を回避しながら思っていた。
いや、なんか狡っ辛いというか、なまじ知恵があるというか、最初の方の相手の行動を見て予測して腹の下に爪の攻撃を放ったのとか、さっきの俺の位置を推測しての爪撃とか、あれ攻撃食らったらダメージ食うやつの戦いかただろ。
まぁ、最初にこっちを認識したとき、やけに反応が良かったからそうなんだろうとは思っちゃあいたが…………
こいつはわりと臆病だ。
同格とやりあった経験があるんだろう。王者なら、本当に本物の最強なら、こうならない。
相手の攻撃をそのまま泰然と食らって、気紛れに潰す。そういう戦いになる。
こいつみたいに神経質に、攻撃を食らわないように相手を執拗に排除しようとするのは、半端者のやり方だ。
俺のような、スピードと精度をどこまでも高めた予測と先読み、そして強力な後付けの牙といった、弱者の武器も
本当のバケモノの、それこそ核をピンポイントで目に当ててすら傷ひとつ付かない防隔やら、吐息ひとつで空間を粉々にし爪の一撃で大陸を割るような神域の火力といった、強者の武器も
どっちも中途半端に備えたがゆえに、どっちにも届かない、哀れな生き物だ、こいつは。
そんなことを考えながら、ドラゴンのケツにつく。俺が視界から消えたドラゴンは、点や線での攻撃、つまりブレスや爪じゃなく、
「ガァッ!!」
今みたいにティルバッシュを選ぶ。なので俺は懐にすでに移動している。
そしたら手応えの無さを悟ったやつは俺がここに入り込んだことを予測して、こうなる
「飛び上がっての尻尾のでのカチ上げか。温存して機会を伺ってたんだろうけど、尻尾と翼に起こりが見えたらそりゃそうくるだろうな、っと」
やつの尾は地面を抉り、翼の風圧で広範囲の土や草が舞い散る。
風圧で動けないところに、サマーソルトの一撃を入れる気だったのだろう。
もし尾が外れても隙は作れるし当たれば大ダメージ。
やっぱり、美しくない。狡っ辛い。
そいつが来る直前、即座にドラゴンの前足の鱗に銃を保持するスリングを引っ掻け、一緒に飛び上がった俺は、そうぼやく。ここなら風圧もしっぽも当たらないから、ねっと。
手を離し、転がりながら着地
したところでドラゴンは俺が引っ付いてた前足をものすごい勢いで振るった。
残念、着地狩りされる前にもう離れてるよ。
今度は逆にドラゴンが着地して、隙を見せる。
今なら、この位置なら。
「狙えるからな。」
コスタで構えて、
バン、バン、バン、と三回射撃。
狙うは眼球、一発目はそのときたまたま展開していた駿膜に弾かれてノーダメージ。
後の二発は駿膜が収納された瞬間の、むき出しの左目に刺さり脳にダメージを食らわせる。
「ガッ」
あーぁ、ドラゴン君よ。そこで怯んじゃダメだろ。
バン、バン、バン、バン、バン、
五発、ほぼ同じ位置に撃ち込んで、眼球は完全にミンチに。四発目と五発目が脳にさらに損傷を負わせて…………ファイアードレイクの体がぐらつく。
すでに、もう立つのは限界なのだろう。
こちらに攻撃する余裕もなく、とうとう一際大きな揺れの後で、肘と膝を折って崩れ落ちた。
「ゥルルルルル……………」
四発、脳天に叩き込んでもいまだに足掻くそいつに、一歩一歩近づく。
HKのサイトは、ずっと左目に合わせている。
歩いて、歩いて、歩いて、
ほぼゼロ距離まで来た。
狙わなくても外さない距離。ドラゴンに動きは―――――無い。
銃口を、そいつの目、すでに眼球を失った左の眼孔に向けて、セレクターをフルオートに。
俺のHK417はロングタイプの、容量が通常の1.5倍のマガジンを使用しているので、9発撃ってもあと21発が残っている。
こいつを殺すには、充分だ。
「byeーbye」
俺は、トリガーを引いた。
―――――――そして、場面は冒頭に繋がる。
と、こんなとこかね。
な?呆気なかったろ?ドラゴンスレイ。
そこそこ退屈は紛れたし、これでちょっと憧れてたドラゴン肉も手にはいったし、ということで多少は満足して
「さて、狩りも終わったし、帰るべ。」
俺がアンの方を振り向くと、そこには完璧表情が抜け落ちてまっ白な顔のアンがいた。