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国家というのは、生き物のようなものだ。

頭脳たる中央の意思決定機関、エネルギーや身体を構築する材料となる資源、消化器官がごとくそれを加工して機械や建物を作る工場群。

なにより――――――そうしてできた諸々を結ぶための血管たる交通網

馬匹よりトラック、トラックより鉄道

量を求めるなら船舶輸送で、速度が必要なら航空輸送。

そういった物資運搬、その最中に劣化させないための保存技術というものは、国力軍事力に直結すると言っても過言ではない。


………………極論を言ってしまえば、設計や製法を㎜単位で暗記している人間と、槌と鉄床による金属加工ができる鍛治職人さえいれば、銃の一挺や二挺は作れるのだ。

だが、問題はそれを量産し配備すること

そのためには工作機械が必要となり、機械を揃えた工場が必要となり、作り上げたものを運ぶ道路や港、そこを走る車両船舶が、そしてなによりそれらを運用するための人手がいる。


先程言った血管(・・)だ。



リアーナとてなにも考えていなかった訳ではない。

旋盤から始めて、大型プレス機やデリッククレーンといったわかりやすい製造機器は作り上げた。

トラックや船舶も内燃機関を含めて完成させた。


だが、その製造過程はどうしようもなく―――手作業と職人芸の―――お世辞にも近代的とは言えないものだったということは、彼女がこちらで産まれ直して直後の動きを見れば理解できることだろう。


それがここまでの規模の現代軍隊を構築できるようになったのは、ひとえにマリアのお蔭と言える。


度量衡………………原器の製作に始まり、それを用いた共通規格の策定―――――――規格に関しては前世地球のアメリカのものを丸暗記(・・・)して、それをそのまま使っている。――――――――によって大量生産の萌芽を芽生えさせた。

現代と近代を隔てる電子技術に関しても、構造や材料、製法に至るまで全てを脳に収めるマリアがいなければ本当の意味で現代兵器を作るのは不可能だったと言っていい。

なんせ、F35の中枢足るソフトウェアに使用されるプログラムコードは10万行。位置から構築するなど土台無理な話である。

それを覆したのは――――――マリアによる力業。ソースコード全てを空で暗唱する(・・・・・・)という人間の域を遥かに越えた神業によって、彼女たちの銀翼が完成した。

極短期間で兵器を揃えることができたのも、この反則じみた頭脳によるものが大きい。

彼女の功績はそれだけではない。

10年、彼女たちがこちらに来てから今に至るまでずっと続いている鉄道網及び道路網の構築。

少ない資源と人手で重機を製造し、それによって手早く舗装された道路を作り、道路を作ったことによって物流が活性化し、さらに資源が運び込まれることでより多くの重機が作られる。

海路であっても、まず機械動力船を一隻作り、それで資源を運び込んでさらに多くの輸送船を作り上げる、というふうにねずみ算式に海上輸送網を拡大していった。

貴族の資金力と権力のゴリ押しを初期投資とし、こうしたループを作り上げることで、彼ら彼女らの戦力は維持拡大されている。

むろん、それらを現場で実行するセルゲイら現地住民の優秀さもあるだろうが。


リアーナに、今彼女たちが有する武力を作り上げたのは誰か、と聞けば間違いなくこう答えるだろう。


「俺以外の全員、特にマリア。」


と。








だが

この世界に天才が彼女たちだけなどとは

どこにも定められていない。


「帰還中の部隊が襲撃を受けた?」


「はい、進行方向に妨害を置かれ、退路を塞がれました。死者は出ていませんが数名が重傷を。」


「……………予備役の中から補充を。敵に与えた損害はどうなっていますか?」


「一名を狙撃で射殺、身に付けていた装備品はこちらで保管しています。」


横目でマリアがルーの髪を鋤くのを眺めつつ、アンは報告に耳を傾ける。


「これが…………。」


「はい、襲撃者の使用していた兵装です。開発部の連中いわく…………明らかに我々と同等以上の技術レベルが伺える、だそうです。」


「……………………まごうことなき現代軍隊のそれですね。迫撃砲まであったとなると、我々でも死人が出かねなかった。腕に装着されているのは、ウェアラブル端末ですか?」


「えぇ、回線は切断されてこちらから繋ぎ直すのも不可能ですが。」


厄介な―――――

アンは内心、そうぼやく。

兵士一人一人にここまでの装備を持たせられるということは、相手は明らかにこちらと同等の後方支援、兵站能力を有している。

それは今回の行軍ルートに先回りされていたことからも明らかだ。高次の兵員運搬能力を持っていなければリアーナの軍に先んじることなど不可能だから。


「相手のデポ(集積所)か、できれば基地を把握しておきたいところですが。」


無理だろうな、と思う。

世界全土を衛星で監視してきた彼女たちが、今の今まで違和感に気づかなかったことから、相手は行軍ルート、輸送ルート、資材運搬ルート諸々を相当慎重に隠蔽していると思われる。


(……………秘匿するということはその重要さに気づいているということ)


考えれば考えるほど敵の驚異度を上方修正せねばならなくなる。


「失礼、ウルス(遊牧民国家)との戦線にいらっしゃるリアーナ様に連絡を、結論としては敵の重要拠点の割り出しまで直接的な接触はなるべく避けるように、と。」


「それが良いでしょう。」


そして、リアーナたちが静観を選んでいるうちにも、彼らは蠢く。


「壮観だね。」


ヘルメスを名乗る男が嬉しそうに、しかしどこか乾いた声で呟く。隣には二人の美女、片方は上機嫌に眼下を睥睨し、もう一方は顔をしかめている。

彼らの前にあるのは大規模な道路を失踪する大型トラックの群れ。

寸分の狂いなく同じ形、同じ大きさで揃えられたそれは、道を走るもの全て会わせれば1000台は下らない。

これでも、まだ、一部。


全体では10000台を下らないトラックの数は、彼らの本拠たる南洋大陸―――――この惑星の南半球に存在する大陸―――――の豊富な資源と、工場や道路の敷設に向いた平坦な地形が実現したものだ。


「相手は“わかってる“人間が上に立ってるらしい。これを見せれば戦艦などよりよほど威嚇になるだろうね。まぁ、やらないけど。」


戦場の陸路においてもっとも輸送力を発揮するのは鉄道である。戦略輸送機よりも遥かに多量の物資を一度に運べる。

だが、鉄道はレールを敷設する必要があり、移動ルートが一定である。

堅牢に防護され、平時から好きに弄れる自国内であれば問題ないが………………これが戦時、敵勢力健に侵攻するとなれば話は違ってくる。

日本軍が大陸の広軌鉄道に規格が会わず、鉄道を使いがたく苦労したように。

ドイツ軍がかつてソ連の鉄道を使えず地獄を見たように。


敷設する隙を狙われ、敷設できたとしてもルートを特定されやすいが故にすぐに破壊される鉄道は、なかなか使えないものである。


だからこそバルバロッサ作戦では独軍はトラック輸送を行ったのだが―――――――――


「数が足りない、規格が揃ってない、そんなものでは良い兵站戦略とは言えない。だろう?アルトリア。」


「さんざんお前に聞かされておるからな。肯定以外の選択は許してくれんだろう?お前。」


そもそもの数が足りなければ兵站はか細くなり、トラックの種類が多くなればそのぶん必要な補修部品の種類も莫大になる。

こちらのトラックに使う部品が余ったから、足りてないそっちのトラックに融通を、などということもできなくなる。

読者の皆さまも経験はいだろうか?

友達と電子機器などの貸し借りをしようとしたときに、普段使いのものと違うから四苦八苦したことは。

そもそもプラグなどのタイプが違うから使えなかったことは。

そして、そもそも充電器がなければ充電ができなくて困るのは誰でもわかることだろう。

それが軍団規模で、命のかかった戦場輸送で起きればどうなるか



敗北以外の結果はない。




一部の半端者は共食い整備―――――他の機体から部品を取ってきて整備する方法――――――をバカにするが、共食い整備をできるということは兵器間の規格がしっかりと揃っているということ

共食い整備も(・・・・・・)できないような(・・・・・・・)代物(・・)は近代軍隊とは言えないのだ。


はっきりと言ってしまえば、「いっぱい兵器の種類がある」ということは、軍組織にとって最大の恥だ。

各用途に合わせた必要最低限の種類の兵器を、なるべく共通部分を多くして大量に作る。

それこそが前線を支える物量(・・)を“実質的に“増やす手法の、基本の“き“

どこぞの島国は輸送機と哨戒機で、どこぞの超大国は三軍に供給する戦闘機でこれを行った。


それを兵站面で行うと


「目の前のこれになるわけじゃな。」


「そのとおり。」


空ではAn225超大型戦略輸送機が雁のような群れをなして、遠く離れた海に目を向ければ10万トンを越えるタンカーが物資を運ぶ

この世界において唯一、リアーナたちと互する怪物は虎視眈々と彼女たちの喉笛を噛みちぎらんとしていた。





















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