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それでも彼女は這いずり進む



不思議でおそろしい嬢ちゃんが酒場に現れてから数日後、タスマニア南部から東部に抜ける街道、その脇でワシらフランチェスカ傭兵団は休憩を取っていた。

土を踏み固めたような道から外れ、草原に腰を落として干し肉をかじる。

ふと目を行き交わせると、例のあの子は干し肉をかみちぎっているところだった。


「よう嬢ちゃん。」


草の上に座るそいつの横、そこにあったちょうどよさげな岩に腰をおろして声をかけてみる。


「ん?あぁ、じいさんか。」


ミリミリと音をたてながらなかなかの早さで肉を胃に納める様子は、とてもこの年頃の女の子には似合わない。


「良い食いっぷりだな。」


「不味いもん食うのは慣れてっからな。昆虫とかサソリとかも食ったことあるし。ヘビやカエルは―――――生でもそこそこ旨かったからノーカンだな。」


さらりと言われたその台詞に顔をしかめる。

親に捨てられたのか?それとも飢饉か?

そんなことを聞いてみると、この子は軽く吹き出して


「――――ぷっ、くははっ。

違うよ。敵深部侵入中にレーションを食いきった時とかにな。あとはサバイバル訓練だ。じいさんはそーゆーの、経験無いのか?」


「いや、無くはないけどよ。」


この稼業をやって長くなるんだ、そりゃ山ん中で仲間に置き去りにされたり逃げる途中に仲間とはぐれたりしたこともある。

そういうときに、生き延びるためにヘビや兎を狩って食ったことも一度や二度じゃあない。

でも、こんな年端も行かないような少女がそんな風に戦で修羅場をくぐっていたというのは、信じがたかった。


だが


「戦場じゃあ敵とドンパチ切ったはったやってる時間よりも泥ん中で這いずり回ったり穴掘ったり…………ちょいと特殊な任務になると海やら川やらに潜ったり山の中を歩き続けたりつった時間の方が多いんだ。もちろんその間も襲撃が無いか気を張ってはいるんだけどな。」


だからこそ、と一拍間を置いて、


「まずは生き残らなきゃならねぇ。上手く敵を撃つことも大事ではあるが、その前に戦場の環境が殺しに来ることを忘れたら兵士は一瞬でお陀仏になる。腹がへった喉がかわいた、なんてのもそのうちだ。じいさんみたいな古強者なら俺が言う意味もないだろーけど。」


なにかを思い出すように遠くを見つめながら、ポツリと溢すその様は、昔死んだ馴染みの戦友に良く、似ていた。


「……………わかってるじゃないかお嬢ちゃん。戦さで人を殺すのはなにも敵さんの剣槍だけじゃねぇ。飢えでも病気でも、暑さ寒さでも人は死ぬ。うちの傭兵団、いやさ正規の騎士でもそれを理解できてきてるやつは一握りだがな。」


「あー、そりゃ経験不足だろ。こういうのは実際に戦場に出てみないと実感まではできないもんだ。又聞きして対策を練ることはできてもな。」


クスクスと笑いながら駄弁る。

大抵新人ってのは戦を怖がって青くなってるか、戦に夢を見て昂っていやがるもんだが…………この嬢ちゃんはそんなことは全くない。

手慣れた、それこそ数十年もいくさばに出てきたかのように、戦場を見据えている。

それがただの地獄だと理解してなお飛び込むような、ある種の“諦念“が見てとれる。

そして


「……………なぁ、嬢ちゃん。」


「ん?」


何より気になるのは、その諦念が


「なんであんたはそんなに死にたがってるんだ?」


自分の命に対しても発揮されちまっていることだ。


「…………やっぱりバレちまう?」


目の前の女の子が、悪戯っぽい年相応の表情を浮かべながら、どうしようもなく光を無くした目でおどける。


「そうだなぁ、一言で言うなら…………贖罪?」


たくさん殺してきたからな。気にくわないやつも、そうでないやつも。

けらけら笑いながらそう囀ずる様子は、まるで壊れた小鳥の玩具みたいで、見ていられなくなったワシは吐き捨てる。


「兵士が戦場で人殺すのは当たり前だろうが。」


嬢ちゃんはそれを聞いて、ストン、と表情が抜け落ちて


「あぁ、そうだな。当たり前だ。でも俺は強くないから、その当たり前が死ぬほど重いんだ。」


凍った声で呟いた。


「夢に見るんだ、救えなかった人質が首を落とされる瞬間を。脳にこびりついて離れないんだ、こっちに突っ込んでくる子供を撃ち抜いて肉塊にした光景が。話しかけてくるんだ、キョトンとした顔をして腹や頭から肉片を溢す敵兵の姿が―――――――次はお前だ、許さない――――って。」


――――――肉に刃を沈めた感触が手から離れない

そう、戦友に相談したのはいつだったか

いつのまにか慣れちまってたそれを、この子はずっと抱えてたんだろう。


「それでも………………それでも我慢ならない。理不尽に誰かが死んでいくのが、虐げられているのが。そんなクソみたいな状況を、クソみたいな俺がさらなる理不尽で叩き潰してやったあの快感が


――――――忘れられない。」


その快楽だけが、自分の罪科をいっときだけ、正義だと錯覚させてくれるんだ。

と、壊れた少女は吐き出した。


「…………ははっ、なーんてな。嘘だよ、嘘。俺は平和のために戦ってるからな。正義の味方ってやつだ、後悔も反省もなにも無いさ。」


そうして、パっと顔を笑顔に切り替えて、そんなふうに戯れ言を放るこいつに


「……………なんだ、騙されたぞ。殊勝な嬢ちゃんだと思ったんだがな。」


ワシは、全て無かったことにするほか無かった。













や、やっと書きたいシーンが書けた…………。

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