破滅の足音
「白兵戦において一番怖い武器はなにか知ってるか?」
「…………ナイフ、ですか?」
腕が鉄製に換わり、十全に扱えるようになって暫し。ガラの悪い傭兵のたむろする酒場の中でアンと俺は雑談に興じる。
「違う。たしかにナイフは取り回しが良く、ゼロ距離で組み付かれたときには他の追随を許さない脅威だが、如何せんリーチが短い。」
「では、マシェット…………もしかしてバヨネットですか?」
思い付く限りの刃物を上げていくような有り様だが、なかなか正解にはたどり着かない。
「どちらも違う、たしかにバヨネットはリーチこそ延びるが銃の取り回しを悪化させる上、それを嫌って必要なときにだけ着けようにも着剣に時間がかかる。銃剣突撃は……………突っ込む前に撃ち殺されるのがオチだな、いくら撃ち込もうが砲爆で耕せる敵には限度がある。それのみで全滅なんてできない以上、突撃阻止の銃撃は来るものとして考えた方がいい。」
まぁどこぞの紅茶野郎どもはアサルトライフルの時代になっても二桁回数銃剣突撃かましてたが…………あれは例外、信用性の無い無印やA1A2のL85よりはマシだからってのも有ったろう。
撃つより刺す方が早い距離ってのもかなり限定的だしな。そこまで近距離なら狙うのにゼロコンマも時間なんてかからない―――――まともに訓練してればの話だが。経験則上、ホルスターに収めた状態でも5、6メートルくらい距離があれば突っ込んで来られるより早く撃ち込める。銃を抜いた状態からなら言わずもがなだ。
逆にそれより近いと厳しいけど。
「だからこそ某戦争国家でも予算が不足した折りには真っ先に銃剣が削られたんだ。」
戦闘だけでなく、サバイバルや工作のためと考えればナイフ自体は必須だけど、な。
「マシェットは、惜しいが違う。もっと役に立つのがある。」
それは、兵士の必需品
壕を掘ったり土嚢に土を摘めたりと大活躍のそれ
「スコップだよ。柄が長くて折り畳めて、端を研ぎあげたスコップだ。切って良し、突いて良し、リーチも長い。かっての塹壕戦ではこいつとショットガンとサブマシンガンが猛威を振るったそうだ。」
特殊作戦では一般兵に比べて壕を掘る機会は激減するが、防護陣地を築くならスコップでタコツボ壕を掘るのは基本だ。俺も一般兵時代はアホみたいに穴を掘った。
「なるほど…………。」
ここまで聞いてアンはなにかを考え込み始める。
もしかしたら自分も近接戦でスコップを使おうと思い始めたんかもしれん。
「まぁ、何事も状況次第だ。その時その時で適した武器なんて変わってくる。」
そうやって無難に締めてグビリとエールをあおった時、後ろから足音が聞こえてきた。
―――――誰だ?
「仕事だ。お嬢ちゃんたちも支度しろ。」
顔に皺の目立つ長身の男
俺たちがこの酒場に入ったときに目敏くこちらを観察していた覚えがある。
立ち居振るまいにも隙がない――――手練れだ。
「ん、りょーかい。しかしさっそく初陣とはせっかちなんだな。訓練とかねぇの?」
残りの酒を一息で干して立ち上がる、酔いは無い。
「騎士さまやどこぞの辺境貴族の軍でもあるまいし、そんなもんは無い。不安なら自分で自由に鍛えればいい。」
なるほど、まさに消耗品だ。人的の無駄使い甚だしい。
まぁあれだ、傭兵なんてゴロツキみたいなもんだからお偉いさんからしたら死んでくれりゃあそれはそれで良いんだろう。こいつら自身もそこまですストイックに鍛える奴等じゃねぇだろうしな。
「へいへい…………で?誰を殺しに行きゃ良いんだ?」
「タスマニア東の蛮族からの侵攻だ。東部辺境伯さまからの召集だよ、代金ははずむそうだ。」
ふぅん、蛮族…………ねぇ。
「そりゃいくらつまれても割に合わねぇな。ここにいる奴等の何割生き残れるかもわかったもんじゃねぇー。」
うちの国の東部に住む異民族といえば、平原を移動式住居と共に遊牧によって生計を立てる所謂遊牧民族だ。
そういうのは得てして、生まれてからずっと馬に乗り続け、人馬一体の境地に至ったやつらがゴロゴロいる。土地にすがり付いて生きる農耕民族と違い、奴等の生活基盤は家畜、移動できるし増やせる。
つまり補給線の概念の根本が違う。
こちらは細々とした現地調達とか細く遠大な補給路を維持してやっとこさ戦っているというのに、やつらは生活基盤と生産基盤そのものごと突撃してくるのだ。
兵士や軍ではなく、国そのものを敵に叩きつけるいちユニットとする―――――――有史からディフォルトで国家総力戦をやっていたような狂った代物だ。
だからこそ、モンゴル帝国はアンゴルモアとすら称され、天災のごとく扱われた。
「嘗めて良い相手じゃねぇぞ。」
「お嬢ちゃんに言われなくてもわかりきってるさ。」
現在絶賛縛りプレイ中の俺からしても、初戦で当たりたい相手ではない。
………………仕方ない。早速ではあるがちょっと縛りを解くか。
――――――数分後、タスマニア南部、私兵団本部
「ボスからの命令?」
「あぁ。」
腰元にククリナイフを帯びた男と、褐色肌の女が自販機の前で駄弁っていた。
「フギンの精鋭でもって遊牧民族の動きを把握し、逐一報告せよ、とのことだ。俺の部隊もそのバックアップとして動く。」
強面で日に焼けた、アジア系の大男がぶっきらぼうに言い捨てる。
大陸東部の山岳地帯に住む少数民族の彼は陸軍の特殊部隊に所属する兵士であり、名だたる大国すらも恐れる強力な戦士であった。尚武の気風を持ち、宗教的な制約の緩い彼の民族―――――牛守の民と呼ばれる彼らはリアーナと酷く相性が良く、彼女に協力することを決めた。
「久々に君の白兵戦が見られるんだね。戦場が山岳地帯ではなく平原なのが惜しいけど。」
そんな彼と話すのはクスクスと笑う中性的な雰囲気を纏った女。
彼女は流浪の民の一人であり、コミュニティの長の娘として産まれた。
他の民族に逐われ、食料不足もあって旅を始めた流浪の民たちは、薬学に精通し、聖十字教からの苛烈な迫害の中を生き延びるため盗みや詐術を身につけて行った。
そこに目をつけたのがリアーナである。
毒薬の生成にも通じる薬学の知見、相手を騙す話術や人間から大切なものを抜き取るスリの技術は諜報や暗殺にとかく役に立つ。
かの武田信玄公が擁した忍者集団“歩き巫女“よろしく各地を放浪し定住することなく村村を周り、リアーナの求める情報や物品を気づかれずに抜き取る。
むろん警戒はされるし門前払いされることもあるが、それでもいつのまにかいなくなっていても気にされない、いきなり町を訪れても不自然ではないというアドバンテージは絶大であった。
「前線になるのは東部だよね。無人機を展開させつつ事前に潜入して土地の警備状況とかを抜き取ってくるよ。」
「頼む。」
主に情報を届けるため、気まぐれなワタリガラスが動き出す。
侍るは牛守、誇り高き山の民。
アンゴルモアに抗う人理の化身がその腰を上げた。