かくて殺戮者は求道者と成り果てし
タスマニア国内のとある酒場
大陸屈指と言われるフランチェスカ傭兵団のたまり場となっているそこに、一人の少女が現れた。
まだ10代であろう瑞々しさを感じさせる風貌。金糸のような紙につり上がり気味の目は勝ち気な魅力を醸し出している。
(誰かの情婦か?)
老年の傭兵がとっさにそう考える。この世界においては、女は銃後にいるものだ。
女王などが指揮官として戦争をすることはあるが、鎧を着て、武器を持ち前線に行くような例は珍しい。
彼がそう判断したのも無理は無いだろう。
幸運だったのは、彼がそれを口に出さなかったことだ。
もし口に出していたら――――――
「おいおい上玉じゃねぇか!!この売女を呼んだのは誰だ?俺にも味見を―――――ぐぺっ」
「誰が売女だぶちころすぞ。」
「殺すと思ったときにはすでに殺していろと言わんばかりの早業。さすがでございますマジェスティ。」
たった今下品に叫び散らして脳漿をぶちまけた傭兵団団長と同じ目にあっていたに違いないのだから。
「女を見りゃあすーぐ欲情しやがって。猿かよ気持ちのわりぃ……………………。」
「ですがマジェスティ、マリアさまを見るときあなた様も鼻を伸ばしていらっしゃいますよね。」
「はっはっはー。いや、あのな?俺たちは恋人だから、行くとこまで行ってる関係だから。誰彼構わず欲情するおサルさんと一緒にしないでくれます?」
殺気を霧散させて場にそぐわないような漫才を始めた彼女たちに、それでも、もはや声をかけられるものは誰も居なかった。
さて、なぜ少女がこんなところに訪れたか、それは数日前、彼女が昏睡から起き上がった日に遡る。
―――――――――――――――――右腕左足が吹っ飛んだ俺は、車椅子に乗っけてもらって屋敷に帰った。
「……………心配した。というか、心臓が止まりかけた。」
「あー、すまん。」
「今後、二度と無茶はしないで……………。」
明らかに不機嫌になり、目に涙を湛えたルーにタジタジになる。
どれだけ強くなろうと、子供の涙には敵わないものだ。
「悪い、おいてけぼりにした上にこんなことになっちまって。」
手足がふっとんだのは最初からほぼ折り込み済みみたいなもんだったが、それを言やぁルーはなおさら悲しむしキレる。
沈黙は金ってやつだろう。
「二度目………………。」
「ん?」
うつむいた彼女の口から漏れた言葉
意味が解らず聞き返して、後悔した。
「貴方が死んだら…………私は二度親を失うことになってたんだ、よ…………………っ?」
………………どこまでアホなんだ、俺は。
引き取って娘にしたこの子の気持ちを、なにも考えていなかった。
こいつは俺のことをこんなにも想ってくれていたのに、それに気づいていなかった。
親だと、想ってくれていたのに。
「…………………すまん。」
記憶にないほど久しぶりの、心からの謝罪。
ルーがぐっと何かを飲み下すようにして笑顔で許してくれたのが、尚更俺を苛んだ。
―――――――そんな一幕があってすこし。
「傭兵になろうと思うんだ、俺。」
古参メンバーたちが集まった我が家の応接室で、俺は彼らにそう宣言した。
「……………また学園がおざなりになるのでは?さすがに先生から叱られますよ?」
「試験はちゃんとパスしてる、問題は無いさ。」
なにかイベントごとも無いと面倒くさくて行ってられないし。
「王子はどうなされるので?」
婚約者さまかー。
どうもしないよ、なにかする必要もない。
前から見込みはあったが最近成長著しいようなので、生温かく見守ってやろうじゃないの。
なんせ初対面で猫を被ってた俺を傲岸不遜、なーんて言い当てたひとだ。少なくとも人を見る目は保証されてる。
王に求められるのは、実務能力よりむしろそっちだと思う
結局最前線で仕事をさばくのは王ではなく臣下や官僚。
政においては彼らが有能かどうか、裏切らないかどうかってのが大事だ。それを見いだす目は、王にとってなによりもの財産だろうさ。
そういう意味であれは名君の器だと思うよ、だからあのときも殺さなかったんだし。
あの件に関して彼が悪かったのなんて唯一、ケンカを売るタイミングだけだ。危険人物だと見破ったからこそ、最初は後ろ手にナイフを持ちつつも表向きには笑顔でいなきゃいけなかった。
(―――――あのときはまだガキだったし、見破っただけで十二分だよ。あれより優秀と噂の第二王子がどれだけヤバイのかって考えると恐ろしいけどな。)
そう思考を切り替えて、再度話始める。
「まぁ婚約破棄でも一向にかまわんし、王子は考えなくて良いだろ。」
「なぁお嬢、なんで今さら傭兵になろうなんて言い出したんだ?」
「んー?」
親父が変なものでも見るようなツラで聞いてくる。
たしかに不自然か。俺はすでに並の傭兵よりよほど強いし。
うぬぼれでもなんでもない事実だぞ…………?
「アリスに負けてアンを失望させた、ブリタニアでもアリスを突破できずにボコされて特攻じみたことを―――――なかば想定していたこととはいえ―――――やらされた。次はあいつに勝ちたい、刀でな。」
信じられないことに、あいつ銃弾を回避しやがるんだよ。弾丸みたいな直線の単調な攻撃じゃこっちの世界の人外級には効かないってのがよくわかったぜ…………。
だから、刀やナイフで組み打って仕留める。
「だからこそ、傭兵としての実戦経験と先達の助言が欲しかったのさ。」
「なるほどな。」
皆納得してくれたようで何よりだ。
「そのためにも、と。マリア、例のものは?」
「ん。」
マリアがフィンガースナップで音を鳴らした直後、アレン君が大型のスーツケースを持ってきた。ひさびさすぎる登場やね。
みんなの注目がそちらに集まり、彼がビクリと震える。
「い、言われたものを持ってきましたが…………。」
「あけ、て。」
シンプルな命令ひとつ。
アレンは怯えた態度を取りつつはい、と返事をしてスーツケースを開いた。
中に入っていたのは―――――――
「あ?なんだ、こりゃ。」
「義手と義足…………ですか?」
やたらとメタリックな、灰白色の義肢
マリアがそいつを取り出して俺の右腕に取り付ける
傷口に接続用の端子と固定具を取り付け、そこに腕本体を捩るように嵌め込む
すると
「……………動いた…………。」
「装着者の血液を燃料として動く人工筋肉駆動の筋電義肢、とりあえずは注文通りだ。後の問題は出力と精度だな。傷口から血液を吸い出される感覚は……………慣れるしかねぇか。」
血中のグルコースを分解して作ったエタノールを燃料とするこれは、人間の鼓動の続く限り充電の必要なく動き続けられる。
ただ、それで得られるエネルギーは極少量なので出力的な問題が拭いきれないため内部に小型バッテリーも備えられている。
「リハビリには、最低、一月。わたし、も、調整に、入るから、がん、ばっ、て。」
「おう。ありがとな。マリア。」
表皮から筋電を読み取るプログラムは当然のようにマリアが組んでくれた。
試しに手を握ってみる。精度も反応速度も前世のそれとは一線を画す動き
熱意とかかっている金が違うことをまざまざと見せつけられる。
「“パーフェクトだ、マリア“。」
「んふふ。」
ここからもう一度。
これからは同格と殴り会うつもりで行く。
できることはすべてやって、やつを叩き潰してやる。