闘争の後で、片翼は思惑に耽る
遅くなりすみません。
タスマニア南部、リアーナたちの本拠点となる基地内に併設された軍病院。その一角が喧騒に包まれていた。
「受け入れ体制を万全にしておけ!!!」
「離脱は成功した、後は俺たちにかかってるぞ!!!」
作戦通り重傷を負った総司令の帰還に備え、輸血パックの確保や人員の選定、オペ室の用意が進められていたのだ。
「あの人にはトップとしての自覚がないのか…………。」
「担ぐ御輿は軽い方が良いとは言うが、自身の命を軽視しろって意味じゃねぇんだぞ!!」
悪態をつきながらも、彼らには止める権限も強制力なかった。
どこぞのメイドよろしく、忠義や信仰を捧げているわけではないが、それでも彼らはリアーナに仕事と給料を与えられている義理がある。
―――――ここで死なれては食いっぱぐれるかもしれない、なにより、寝覚めが悪い
それは、彼らにとっての総意であった。
――――――――南部辺境伯邸
「たぶん、ブリタニア、の王様、死んで、ない。」
私は自室でルーを抱き締めながらそんなことを言い放つ。
目の前に居るのは私兵の古参たち、中でも私やおねぇちゃんと関わったことのある人たち。
その中からす、と、マイクくんが挙手する。
「司令に随伴した部隊…………我々が爆撃後に確認したところ、パッケージの遺体は確認できませんでした。マリア様の推察はおそらく事実かと思われます。」
その言葉に私は頷く
「……………マリアさまはなぜそのように思われたので?」
「なぁ、マイク。お前ら爆撃の後に謁見の間をすぐ包囲して逃亡を阻止できなかったのか?お嬢が大怪我して目標に逃げられたなんざ…………コストとリターンが釣り合ってねぇぜ。」
アンが疑問をぶつけてくる。
セルゲイおじさんのほうは、これは少し怒ってる?何だかんだでおねぇちゃんを可愛がっていた最古参のこの人だ、おねぇちゃんが怪我したのがよほど腹に据えかねているらしい。
「……………王宮、隠し通路、が、ある。タスマニアでも、そう。」
皆があぁ、と納得した顔になる。
基本的にこの世界の城には敵にわかりにくく作られた脱出経路が備えられている。だから、よほど事前に情報収集していたならまだしも完璧な包囲はまず不可能。
ブリタニア王を殺すつもりなら初手で仕留めきれなかった、ら、ダメだったんだけど…………………。おねぇちゃんがなんとか生きてたってことは、その近くにいた王様が無事でも、おかしくない。ましてや、あっちは近くに、アリスさんがいたんだし…………。
…………マイクくんたちが、いくら包囲していても、どこにあるかもわからない隠し通路から逃げられたら―――――
「そもそも逃走阻止なんざはなから不可能ってわけか。悪い、マイク。八つ当たりしちまった。」
「いえ………………。自分自身あの場でもっとうまく立ち回れたらと思っていましたから。」
なんとか二人をとりなせたようで何よりだ。
…………アンが微笑んでるけど、これを見越しての質問だった?
………まさかね。
「セルゲイ様、マイク様、相手が生き残っているということは第二第三の襲撃が来る可能性があります。我々も、この屋敷の防備を固めようと思いますが―――――お二方は警護は必要でございますか?」
アンが済ました顔でそんなことを言うものだから、二人はあっけにとられたように固まった。
「自分は一応歩兵ですし、いつもハンドガンを携行しているので自衛くらいはできます。オヤジさんを優先してください。」
マイクくんがそんなことを言うと、おじさんは渋面を作りながらも受け入れた。
一応彼の前職的に、地上でも剣なり槍なりで戦えないこともないだろうが、さすがに近代軍隊のライフルやピストル相手だと部が悪いかなと思う。合理的な判断だ、私としても好ましい。
―――――そういえば、これはあえていってなかったが
おそらくおねぇちゃんは今回のアタックでアルトリアを殺す気は無かったと思う。
もし本気で仕留めるなら爆撃よりも自分の体に爆弾を巻き付けて自爆テロをやった方が確実だし、おねぇちゃんは必要ならそういうのをできてしまえる人だ。
もっと言えば、そもそも突入なんてしなくても王城の外から狙撃しても良かったのに。それなら殺せたかどうかも確実に確認できる。
隠し通路の場所を調べていなかったことといい、本気で追い詰める意思が感じられないのは、気になる。
………いや、まぁ何だかんだとガバの多いおねぇちゃんなら素でミスしていても驚かないけど、さすがにここまで致命的なものをするとは思えないし思いたくない。
だから、たぶん狙いは二つだった
明らかにいびつな、この世界で到達するはずの無い技術レベル――――――魔導を騙る科学の落とし子の数々
その出所を探るためにブリタニア王をわざと逃がしたんだ。
追い詰めれば、それらを供与した何者かの元へ訪れると見越して。
そしてもうひとつの目的、それは大国ブリタニアと近代技術の提供者を繋ぐパイプ役を表舞台から退場させること
そうすることで、おねぇちゃんは今確認できる唯一の近代国家であるブリタニアの発展に歯止めをかけた。
たぶん、そんなとこなんだろう。
「ストラテジスト、の、本領。一手、で、多数の目的を、達成する。」
退出する三人を見送りながら小さな声で呟く。
あの人は、自分を私よりバカだと言うが、私からすればそれは叡知の方向性が違うだけだ。
工学や農業、知識と計算でなんとかなる事柄だと当然私が勝つけど――――――こと、“効率的に敵対者に王手をかけること“ではおねぇちゃんには敵わない。
こうやって、おねぇちゃんがやったことを理解してあげるので精一杯だ。
「私、たちは、比翼の鳥。ふたり、で、ひとつ。私が創造し、おねぇちゃんが破壊する。」
どちらかが欠けたら機能しない。要らないものを壊さなければ創造しても置き場所が無く、新しく創造し続けなければ破壊するものが尽きてしまう。
私たちはそういう風にできている。
だから、
死なないでね、おねぇちゃん。